第200話 城南ヶ丘戦、一回裏、前半
一回裏。
城南ヶ丘学園高校の攻撃。
一番、泉田陽一郎が左打席へ入った。
マウンドには田中三郎。
そして、ホームには中山太郎。
東鶴間高校の三年生バッテリーが、城南ヶ丘打線と向き合う。
中山はミットを構えた。
初球。
外角低めのストレート。
田中は丁寧に投げ込んだ。
だが――。
泉田は最初から狙っていた。
ヒッティングではない。
セーフティバントだった。
泉田は素早くバットを寝かせる。
打球はサードとキャッチャーの間へ転がった。
「しまった!」
中山がマスクを外して飛び出す。
捕球し、一塁へ送球。
だが――。
「セーフ!」
泉田の足が勝った。
城南ヶ丘は、いきなりノーアウトのランナーを出した。
二番、坂口拓真。
右打席へ入る坂口を前に、田中は一塁へけん制球を投げた。
だが、泉田は大きなリードを取っていなかった。
当然のようにセーフ。
その瞬間、スタンドから小さなブーイングが起きる。
「今のは牽制する必要あったか?」
「リード取ってなかったぞ」
その声が、中山の耳にも届いた。
(……盗塁しないのか?)
中山は疑問を抱いた。
泉田のリードは小さい。
普通なら、盗塁を仕掛けるような構えではない。
だが――。
城南ヶ丘は普通ではなかった。
田中の初球。
高めのストレート。
その瞬間、泉田が走った。
「なっ――」
中山は捕球すると同時に二塁へ送球する。
決して悪い送球ではなかった。
しかし、泉田のスタートが速い。
そして、足も速かった。
「セーフ!」
盗塁成功。
中山は歯を食いしばる。
(マジかよ……あのリードで盗塁を決めるのかよ)
ノーアウト、ランナー二塁。
城南ヶ丘は、早くも東鶴間バッテリーを揺さぶり始めていた。
坂口は、続く球で送りバントを決めた。
ワンアウト、ランナー三塁。
きっちりと仕事をこなす二番打者。
城南ヶ丘の攻撃は、無駄がなかった。
そして三番、若田部安高。
右打席へ入る若田部を見て、中山は警戒を強める。
(こいつはキャッチャー……なのに三番か)
捕手でありながら上位打線。
それだけ打撃にも信頼があるということだった。
田中の初球。
低めのストレート。
若田部はバントの構えを見せた。
スクイズ。
中山の頭に、その言葉が浮かぶ。
だが、若田部は途中でバットを引いた。
「ボール!」
(……スクイズ狙いか?)
中山は迷った。
一塁の浮田総二。
三塁の進藤竜也。
二人もスクイズに備え、少し前へ出ている。
城南ヶ丘が何をしてくるのか分からない。
その迷いが、少しずつ東鶴間の守備に広がっていった。
二球目。
外角のカーブ。
田中が投げ込んだ瞬間、若田部は再びバントの構えを見せた。
だが――。
次の瞬間、バットを引く。
そして、そのままヒッティングへ切り替えた。
バスター。
打球は一塁と二塁の間を鋭く抜けていく。
ライト前ヒット。
三塁ランナーの泉田は、悠々とホームへ帰ってきた。
「セーフ!」
城南ヶ丘学園高校、先制。
スコアは1対0。
中山は唇を噛んだ。
(くそっ……バスターかよ)
セーフティバント。
盗塁。
送りバント。
スクイズの構え。
そしてバスター。
城南ヶ丘は、最初から中山を揺さぶりに来ていた。
捕手としての判断。
守備の指示。
配球。
そのすべてに迷いを生ませるために。
東鶴間高校は、初回のチャンスを逃した。
そしてその裏。
城南ヶ丘は、わずかな隙を突いて先制点を奪った。
まだ一点。
だが、その一点は重かった。
中山太郎の心に、小さな亀裂を入れるには十分だった。
そして――。
ここから城南ヶ丘の恐怖の攻撃が始まろうとしていた。




