第198話 城南ヶ丘戦、一回表、後半
一回表。
ノーアウト、ランナー三塁一塁。
東鶴間高校に、いきなり先制のチャンスが訪れていた。
打席には三番、新井元気。
マウンドの桐原礼二は、静かに元気を見つめていた。
(お前に恨みはないが……)
礼二は胸の奥で呟く。
(打たれるわけにはいかない)
初球。
若田部安高のサインに頷き、礼二は内角へストレートを投げ込んだ。
鋭く食い込む球。
元気は思わずのけぞった。
だが――。
「ストライク!」
審判の声が響く。
スコアボードには、球速が表示された。
149キロ。
(えっ……いきなり149キロ?)
元気の表情がわずかに強張る。
ただ速いだけではない。
内角にしっかり投げ込める制球力。
これが城南ヶ丘のエース、桐原礼二だった。
二球目。
外角高めのストレート。
元気はなんとかバットに当てる。
だが、打球はファウル。
ツーストライク。
あっという間に追い込まれた。
その時、礼二は一瞬だけベンチへ視線を向けた。
そこには、妹の桐原礼里がいた。
礼里もまた、マウンドの兄と打席の元気を見ていた。
(兄さん……元気……)
礼里の表情は複雑だった。
その視線を受けた礼二は、再び元気を見る。
(礼里の前で、元気に打たれるわけにはいかない)
三球目。
低めへ落ちるフォーク。
ストライクからボールへ消える球だった。
元気は反応してしまう。
バットが空を切った。
「ストライク! バッターアウト!」
空振り三振。
礼二は小さく息を吐いた。
(ふう……なんとか三振か)
だが、ここで終わらなかった。
この三振をきっかけに、桐原礼二と若田部安高のバッテリーは本領を発揮し始める。
四番、天宮真十郎。
礼二は速球とフォークを組み合わせ、最後は空振り三振に仕留めた。
五番、浮田総二。
浮田はなんとかバットに当てたが、打球は高く上がる。
キャッチャーフライ。
若田部が落ち着いて捕球する。
「アウト!」
スリーアウトチェンジ。
ノーアウト三塁一塁。
絶好の先制機。
しかし、東鶴間高校は一点も取ることができなかった。
ベンチへ戻る東鶴間の面々には、悔しさが滲んでいた。
一方、城南ヶ丘ベンチでは、礼二が静かに戻ってくる。
礼里が声をかけた。
「兄さん、ナイスピッチング」
礼二は少しだけ表情を緩める。
「ありがとう」
そして、小さく続けた。
「元気だけは抑えると決めていたからな」
「……兄さん」
礼里は、それ以上何も言えなかった。
自分のために兄が投げたことは分かる。
だが、それが元気を相手にしたものだと思うと、胸の奥が少しだけ痛んだ。
かつて好きだった人。
今は敵チームの打者。
そして、兄が全力で抑えた相手。
礼里は複雑な想いを抱えたまま、グラウンドを見つめていた。
そして一回裏。
城南ヶ丘学園高校の攻撃が始まる。
マウンドへ向かうのは、田中三郎。
マスクを被るのは、中山太郎。
東鶴間の三年生バッテリーが、この強豪打線へ挑むことになる。




