第195話 準準決勝、雰囲気の違い
試合前。
両校のベンチでは、それぞれ監督の話が始まっていた。
東鶴間高校ベンチ。
監督の九条咲は、選手たちを見渡した。
「みんな……これから準々決勝が始まる」
選手たちは静かに聞いていた。
高柳龍二郎。
高橋雪夜。
新井元気。
天宮真十郎。
そして、三年生の進藤竜也、田中三郎、中山太郎。
誰もが、これから始まる試合の重みを理解していた。
咲は続ける。
「相手は強豪校だ」
その言葉に、誰も反論しない。
城南ヶ丘学園高校。
去年の県大会ベスト8。
桐原礼二という絶対的なエースを中心にした強豪校。
東鶴間にとって、簡単な相手ではなかった。
「だが、試合が始まる前から負けることは考えていない」
咲の声は、静かだった。
しかし、その中には確かな強さがあった。
「みんな、悔いのないようにしてくれ」
一瞬の沈黙。
そして――。
「はいっ!」
東鶴間高校野球部の声が、ベンチに響いた。
一方、城南ヶ丘学園高校ベンチ。
監督は選手たちを前に、落ち着いた口調で話していた。
「お前たち、相手は格下だ」
選手たちは黙って聞いている。
「だが、油断はするな。東鶴間は四回戦で大王高校に勝っている」
その言葉に、城南ヶ丘の選手たちの表情が引き締まった。
東鶴間高校。
万年一回戦負けと言われていた学校。
だが、今年は違う。
大王高校を倒し、準々決勝まで勝ち上がってきた。
ただの弱小校として見ることはできなかった。
すると、エースの桐原礼二が静かに口を開く。
「大丈夫ですよ、監督」
監督が礼二を見る。
「高橋雪夜が捕手でなければ、うちが勝てます」
その言葉に、監督は少し眉を上げた。
「礼二。その高橋雪夜は、それほどにすごい選手なのか?」
礼二は迷わず答えた。
「肩が弱い以外は、ナンバーワンの捕手だと思いますよ」
その瞬間、若田部安高の表情がわずかに変わった。
「礼二さん」
「ん?」
「俺よりもですか?」
若田部の声には、わずかな動揺があった。
彼は二年生ながら、県内ナンバーワン捕手と呼ばれている。
自分の実力には自信があった。
だが、礼二は短く言った。
「……そうだ」
若田部は何も言い返せなかった。
肩が弱い以外は、自分よりも上。
そう言われた。
しかも、それを口にしたのは、城南ヶ丘のエースである桐原礼二だった。
若田部の胸に、複雑な感情が生まれる。
悔しさ。
疑問。
そして、捕手としての対抗心。
(高橋雪夜……)
若田部は東鶴間ベンチへ視線を向けた。
(そこまで言われる捕手なのか)
その横で、滝橋蓮次郎は静かに東鶴間ベンチを見ていた。
視線の先には、高橋雪夜がいる。
(……雪夜)
胸の奥が、少しだけ熱くなる。
(やっと会えたね……)
小学生の頃。
自分が野球をやめようとしていた時、雪夜がいてくれた。
あの頃、一緒にバッテリーを組んだ捕手。
その雪夜が、今は敵として向こうのベンチにいる。
すると、礼二が蓮次郎へ声をかけた。
「蓮次郎」
「はい」
「俺が降板した後は、お前に託す」
蓮次郎は背筋を伸ばした。
「はい、頑張ります」
そう答えながらも、胸の中では別の思いが揺れていた。
(本当なら、雪夜とは戦いたくなかった)
けれど。
(でも……僕は城南ヶ丘の選手だから)
蓮次郎は拳を握る。
(投げるよ)
やがて、審判の声が響いた。
両校の選手たちがベンチを出る。
東鶴間高校。
城南ヶ丘学園高校。
因縁と覚悟が交差する準々決勝。
その試合が、いよいよ始まろうとしていた。




