第184話 偵察、桐原兄妹
準々決勝を控えたある日。
桐原礼二と桐原礼里の兄妹は、東鶴間高校を訪れていた。
目的はもちろん偵察である。
二人はグラウンドから少し離れた場所に立ち、練習の様子を見ていた。
一方、その頃。
東鶴間高校野球部はいつも通り練習を続けていた。
だが――。
高橋雪夜だけは落ち着かなかった。
(……なんだろう)
誰かに見られている。
そんな感覚があった。
何気なくグラウンドの外へ目を向ける。
そして――。
雪夜の動きが止まった。
(……っ)
そこにいたのは。
桐原礼里だった。
心臓が大きく跳ねる。
身体が強張る。
視線を合わせられない。
いや。
合わせたくなかった。
雪夜は反射的に目を逸らした。
まるで、その姿を見なかったことにするかのように。
そんな雪夜の異変に気づいたのは、高柳龍二郎だった。
「雪夜」
「……ん?」
「どうした」
龍二郎は眉をひそめる。
「顔色が悪いぞ」
雪夜は少しだけ黙った。
そして小さく答える。
「外に……会いたくない人がいたから」
龍二郎も視線を向ける。
「ああ……あの二人組か」
雪夜は黙って頷いた。
「関わりたくないんだ」
その言葉に、龍二郎はそれ以上聞かなかった。
「なら、少し離れた場所で練習するか」
雪夜はほっとしたように微笑む。
「うん……そうするよ」
龍二郎の気遣いのおかげで、雪夜は少しだけ落ち着きを取り戻していた。
だが。
運命というものは時に残酷だった。
数分後。
なぜか桐原兄妹がグラウンドの近くまでやって来た。
最初に気づいたのは新井元気だった。
「あっ!」
元気は驚いたように声を上げる。
「礼里ちゃん! 礼二さん! お久しぶりです!」
礼二は軽く手を挙げた。
「ああ、久しぶりだな」
礼里もぎこちなく笑う。
「ああ……久しぶりだな、元気」
続いて小山唯が近づいた。
「礼二さん、礼里ちゃん。お久しぶりです」
礼二は頷く。
「そうだな」
礼里も小さく笑った。
「唯も元気そうで良かった」
元気。
唯。
礼里。
かつての幼馴染たちが再会していた。
だが。
そこに雪夜はいなかった。
加わらなかったのではない。
加われなかったのだ。
礼里と顔を合わせたら。
何を言うか分からない。
何を思うか分からない。
自分自身ですら分からなかった。
龍二郎が隣で呟く。
「雪夜」
「……なんだい?」
「冷や汗がすごいぞ」
雪夜は無理やり笑った。
「いや……大丈夫」
そう言うしかなかった。
そして。
その時だった。
礼里がこちらを見た。
雪夜の姿を見つける。
そして――。
ゆっくりと歩き出した。
真っ直ぐ。
雪夜の方へ。
動悸が激しくなる。
呼吸が浅くなる。
逃げたい。
だが、足は動かない。
桐原礼里が近づいてくる。
高橋雪夜は立ち尽くしていた。
かつての幼馴染。
そして宿敵。
二人の因縁が――。
今、再び動き出そうとしていた。




