第183 不穏
四回戦を突破した東鶴間高校野球部は、準々決勝へ向けて練習を続けていた。
去年を超えた。
それは間違いない。
だが、誰一人として満足してはいなかった。
まだ終わっていない。
次の試合がある。
そして――。
高橋雪夜だけは、少し複雑な気持ちを抱えていた。
準々決勝の相手。
城南ヶ丘学園高校。
その名前を聞いた瞬間からだった。
(城南ヶ丘か……)
バットを握りながら、雪夜は空を見上げる。
そこには、一人の少女の姿が浮かんでいた。
桐原礼里。
幼馴染。
そして宿敵。
中学時代、一度も勝てなかった相手。
さらに――。
高橋雪夜。
新井元気。
小山唯。
三人の前から突然姿を消した幼馴染でもあった。
今さら何を話せばいいのか。
そもそも会うことになるのか。
雪夜自身にも分からなかった。
一方その頃。
城南ヶ丘学園高校野球部。
マネージャーの桐原礼里は、東鶴間高校の偵察へ行く準備をしていた。
そんな妹を見ていた桐原礼二が声をかける。
「大丈夫か、礼里」
礼里は振り返った。
「何がだい?」
「東鶴間には、新井元気がいる」
礼二は遠回しな言い方をしなかった。
礼里の表情が、一瞬だけ曇る。
だが、すぐに笑顔を作った。
「心配してくれてありがとう、兄さん」
礼里は静かに言った。
「でも、兄さんの力になれるなら……私は大丈夫だよ」
礼二は納得していなかった。
「無理しなくていいから」
妹の顔を見る。
「つらいなら、行かない方がいい」
礼里は少しだけ視線を落とした。
そして。
「……私はマネージャーだから」
小さく呟く。
「チームのために動くのは、当然のことだよ」
礼二はしばらく黙っていた。
そして大きく息を吐く。
「分かった」
「兄さん?」
「俺も一緒に行く」
礼里は目を丸くした。
「……いいの?」
「礼里を一人で行かせる方が心配だからな」
礼里は思わず笑った。
そして少しだけ目を潤ませながら言う。
「……ありがとう、兄さん」
礼二は肩をすくめる。
「今さらだろ」
礼里は小さく首を振った。
「本当は……少し心細かったから」
こうして。
桐原礼里と桐原礼二は、東鶴間高校の偵察へ向かうことになった。
だが、この時はまだ知らない。
その先で待っている再会を。
高橋雪夜。
新井元気。
小山唯。
かつて共に過ごした幼馴染たちとの再会が、すぐそこまで迫っていることを。




