第182話 四回戦、その後
四回戦を終えた東鶴間高校野球部は、帰り支度を進めていた。
まさか大王高校に勝つとは――。
試合前には誰も想像していなかった結果だった。
選手たちも、まだ現実味がないまま荷物をまとめていた。
そんな時だった。
「少し、いいですか」
不意に声がかかる。
振り向くと、そこに立っていたのは大王高校のエース――外藤祐吉郎だった。
九条咲が目を細める。
「君は……外藤君か」
「はい」
外藤は軽く頭を下げた。
「高橋君と高柳君に、少し話がありまして」
呼ばれた二人は前へ出る。
外藤はまず雪夜を見た。
「高橋君」
「はい」
「見事にやられたよ」
雪夜は首を傾げる。
外藤は苦笑した。
「ずっと送りバントばかりしていたのに、あそこで打ってくるとは思わなかった」
七回裏。
あの適時打のことだった。
雪夜は少し困ったように笑った。
「いえ……あれは監督の指示です。あの場面で打てと言われなければ、多分バントをしていました」
「そうか」
外藤は小さく頷いた。
「少しもったいないな」
「え?」
「君は思った以上に打てる捕手だ」
その言葉に、雪夜は目を丸くした。
県内屈指の投手からの評価だった。
「……ありがとうございます」
次に外藤は龍二郎へ視線を向けた。
「高柳君」
「はい」
「正直、参ったよ」
外藤は苦笑する。
「二本もヒットを打たれるとは思わなかった」
龍二郎は表情を変えない。
「それが俺の仕事ですから」
短い返答だった。
だが外藤は満足そうに頷いた。
「君は将来、プロになると思う」
周囲が静まり返る。
外藤は真っ直ぐ龍二郎を見た。
「だから――先にプロで待っている」
龍二郎は少しだけ口元を緩めた。
「その時は、負けないからな」
「望むところです」
外藤は最後に軽く頭を下げた。
「それじゃあ、失礼します」
そう言って背を向ける。
その後ろ姿を見送りながら、東鶴間ナインは思っていた。
(……なんか)
(監督と全然違うな……)
(同じ大王高校なのに……)
誰も口には出さなかったが、全員が同じことを考えていた。
やがて東鶴間高校野球部はバスへ乗り込んだ。
窓の外には、夕暮れの球場。
去年。
四回戦で大敗した場所。
5対17。
五回コールド。
あの日の悔しさは、今も忘れていない。
だが――。
今年は違った。
東鶴間高校は四回戦を突破した。
準々決勝進出。
それは同時に、去年引退した渡辺貴明たちとの約束を果たした瞬間でもあった。
――来年は、今年より勝ってくれ。
その願いは、確かに届いたのだ。
しかし。
喜びに浸る時間は長くなかった。
天宮真十郎は限界まで投げ抜いた。
次の試合で登板できるかどうかも分からない。
そして――。
準々決勝の相手。
城南ヶ丘学園高校。
そこには、高橋雪夜にとって因縁の相手がいた。
桐原礼里。
あの少女が待っていることを。
まだ東鶴間高校の誰も知らなかった。




