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第17話 練習試合

 練習の日々が続いていたある日。

 東鶴間高校野球部に、思いもよらぬ報せが届いた。


 部員たちは、部室に集められていた。


「お前たち」


 九条咲監督が、腕を組んで言う。


「うちみたいな野球部に、練習試合を申し込んできた物好きがいるぞ」


「どこからですか、監督」


 キャプテンの渡辺貴明が尋ねた。


「東栄高校だそうだ」


 ――その瞬間。


 部室の空気が、凍りついた。


「……おい、どうした」


 九条が怪訝そうに言う。


「監督……」


 渡辺が、声を絞り出した。


「そこ、去年の全国大会出場校ですよ」


「なに?」


 九条は眉をひそめた。


「そうなのか?」


「よりにもよって……なんで、うちみたいな弱小野球部に」


 部室がざわつく。


「なんでもな」


 九条は続けた。


「高橋雪夜が野球部に入ったかどうか、確認の電話があった。

 入ったと答えたら……なぜか、こうなった」


 その言葉に、全員の視線が一斉に雪夜へ向いた。


「……え?」


「高橋……?」


 雪夜は、一瞬迷ったあと、静かに言った。


「……もしかして、電話の相手、佐藤秋一郎って言っていませんでしたか」


 空気が、一段と張り詰める。


 佐藤秋一郎。

 世代ナンバーワン。

 “本物の天才”と呼ばれる男。


 そんな名前を、ここで聞くとは誰も思っていなかった。


「ああ……確か、そんな名前だったな」


 九条が頷く。


「高橋」


 渡辺が、信じられないという顔で聞いた。


「佐藤秋一郎と……知り合いなのか」


「知り合いというか……」


 雪夜は、少し困ったように言った。


「中学の時の、チームメイトです」


「しかも」


 夏目が、補足する。


「雪夜君と佐藤君、バッテリーを組んでいたんですよ」


「……昔の話ですけど」


 雪夜は、そう付け加えた。


「昔って……」


 渡辺は目を見開いた。


「世代ナンバーワンと組んでたのかよ」


「全国の中学大会で、優勝もしてるんですよ」


 夏目の言葉に、部室がどよめく。


「全中の……優勝?」


「高橋、お前……」


「いや」


 雪夜は首を振った。


「優勝できたのは、あの三人の投手がいたからです。

 僕は、たいしたことしていません」


「……話を戻すぞ」


 九条が、空気を切り替えた。


「監督」


 渡辺が、思い切って言う。


「今からでも断りましょう。

 この試合、勝負になりません」


「……だから、お前たちは万年一回戦負けなんだよ」


 九条の声が、低く響いた。


「他の部に舐められて、試合にも勝てない。

 それで『楽しく野球がしたい』?

 そんなの、勝てない言い訳だろう」


 部室が静まり返る。


「少しでも、強くなりたいと思わないのか。

  ……お前たちは!」


 沈黙の中、九条は雪夜を見る。


「おい、高橋。

 相手はお前を指名してきた。

 お前は、どうしたい」


「……僕は」


 雪夜は、はっきりと言った。


「この試合、受けたほうがいいと思います」


「ほう……」


 九条は、口元を歪めた。


「やる気はあるようだな」


「この野球部が強くなるには」


 雪夜は続ける。


「練習試合を重ねるしかありません。

 それに……あいつから逃げたって思われるのは、癪なんです」


「分かった」


 九条は、即断した。


「この試合は受ける。

 そう返事をしておく」


 そう言い残し、部室を出て行った。


「……どうするの、雪夜君」


 夏目真衣が、不安そうに言った。


「今の野球部じゃ、勝てないのは目に見えてるよ」


「夏目さんは」


 雪夜は聞いた。


「試合、しないほうがいいと思うかい」


「……私は、したほうがいいと思う」


 夏目は、正直に答えた。


「でも……みんなが」


 部室には、沈んだ空気が漂っていた。


「……まあ、こうなるか」


 雪夜は、苦笑した。


「相手は強豪だからね」


「……こんなチャンス、滅多にないのに」


 雪夜がそう言うと、部員たちが顔を上げる。


「佐藤の真意は分かりません」


 雪夜は続けた。


「でも、強豪校と試合ができる機会は、そう多くありません。

 相手は勝って当たり前。

 こっちは、負けて当然」


 一度、息をつく。


「……でも、いい経験になると思うんです」


 その言葉に、部員たちの表情が少しずつ和らいだ。


「そうだよな……」


「負けて当たり前だよな」


「だったら、当たって砕けろだな」


「俺、佐藤秋一郎を生で見てみたい」


 口々に声が上がる。


「みなさん……」


 雪夜は、頭を下げた。


「僕のせいで、試合をすることになってしまって……」


「謝るなよ、高橋」


「こうなったら、やってやる」


「野球部の底力、見せてやろうぜ」


 その時。


「気にするなよ」


 高柳龍二郎が、静かに言った。


「高橋」


「……高柳」


「俺もな」


 高柳は、前を見据える。


「復帰戦で強豪校とやるとは思わなかった。

 でも……いい経験だ。

 俺は、この試合に賛成だ」


「……ありがとう」


 雪夜は、深く頭を下げた。


「高柳……みなさん」


 こうして――

 東鶴間野球部は、東栄高校との練習試合を迎えることになった。

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