第165話 一回戦、後半
一回戦――六回表。
東鶴間高校は、先発の田中三郎から夏目海へと継投した。
海にとっては、県大会初登板。
だが、その表情には緊張が見えていた。
無理もない。
県大会という舞台。
しかも接戦の中での登板。
プレッシャーがないはずがなかった。
海は必死に腕を振る。
ノビのある直球。
鋭く落ちるフォーク。
だが――。
緊張からか、制球が甘くなっていた。
相手打線に捕まり、2イニングで二失点。
試合は次第に、乱打戦となっていく。
打線が点を取れば。
投手陣も点を取られる。
そんな苦しい展開だった。
そして七回終了時――。
スコアは7対9。
東鶴間高校の二点リード。
だが、安心できる点差ではなかった。
八回表。
三番手として、伯方歩夢が登板する。
「歩夢、落ち着いて行こう」
捕手の中山太郎が声をかける。
「は〜い……頑張ります」
歩夢はいつもの穏やかな口調で返事をした。
だが、相手打線もしぶとかった。
一点を返され、スコアは8対9。
接戦のまま、試合は終盤へ進んでいく。
しかし八回裏――。
東鶴間高校打線が、貴重な追加点を奪った。
スコアは8対10。
二点差。
ほんの少しだけ、ベンチに余裕が戻る。
そして九回表。
九条咲は、最後の勝負に出た。
「広志、行けるか」
白石広志は静かに頷いた。
「はい、監督」
「雪夜、お前もだ」
「分かりました」
ここで――。
レフトの高柳龍二郎がセカンド。
レフトに早田士郎。
捕手を中山太郎から高橋雪夜へ変更。
そして投手は、白石広志。
伯方歩夢と中山太郎がベンチへ下がった。
県大会初登板となる白石広志。
だが広志は、不思議と落ち着いていた。
いや――。
高橋雪夜のリードを信じていたからこそ、迷いなく投げられていた。
ツーアウト。
あと一人。
最後の打者を追い込み、ツーストライク。
雪夜はサインを出した。
広志は頷く。
そして投げたのは――。
桜桜花高校戦で見せた、“カーブに見える変化球”。
打者は完全にタイミングを外された。
バットが空を切る。
空振り三振。
試合終了――。
東鶴間高校野球部の初陣は、勝利で終わった。
その瞬間、ベンチから歓声が上がる。
「よっしゃあ!!」
「勝ったぁ!」
「ナイスピッチ!」
喜ぶ部員たち。
そんな光景を見ながら、九条咲は静かに思っていた。
(やはり……雪夜は頼りになるな……)
雪夜がマスクを被ると、空気が変わる。
それを、咲は誰より感じていた。
部員たちも、それぞれ安堵していた。
「勝ててよかったよ……」
「一回戦で負けたら、先輩たちに申し訳ないからな……」
「この調子で、次も勝とうぜ」
そんな声が飛び交う。
こうして――。
東鶴間高校野球部の面々は、それぞれ帰路についた。
今日は、一回戦を勝った。
それだけで十分だった。
“万年一回戦負け”だった東鶴間にとって――。
一回戦突破は、まだ特別な意味を持っていた。
そして、それは。
野球部のみんなが、同じように思っていたことだった。




