第162話 県大会、前日
県大会前日――。
東鶴間高校野球部の面々は、今日もグラウンドに立っていた。
だが、いつもとは少し違う。
県大会を明日に控えていることもあり、練習は軽めの調整が中心となっていた。
ノック。
キャッチボール。
バント確認。
連携プレー。
どの選手も、どこか緊張している。
それでも、その表情には去年とは違う自信があった。
練習終了後。
監督の九条咲が、部員たちを集めた。
夕陽がグラウンドを赤く染める中、咲は静かに口を開く。
「みんな……とうとう県大会が始まる」
部員たちは、真剣な表情で聞いていた。
「それでは、スタメンを発表する」
空気が張り詰める。
咲は一人ずつ、名前を読み上げていった。
「一番、レフト、高柳龍二郎」
「二番、セカンド、高橋雪夜」
「三番、センター、新井元気」
「四番、ライト、天宮真十郎」
「五番、ファースト、浮田総二」
「六番、サード、進藤竜也」
「七番、キャッチャー、中山太郎」
「八番、ピッチャー、田中三郎」
「九番、ショート、六条遊人」
そして最後に、咲は言った。
「以上が、明日のスタメンとなる」
誰も文句は言わなかった。
それぞれが、自分の役割を理解していたからだ。
こうして――。
県大会前日の練習は終わった。
部員たちは、それぞれ帰路につく。
笑う者。
緊張している者。
静かな者。
だが全員が、同じ方向を見ていた。
――勝ちたい。
その夜。
高橋雪夜は、自宅の自室で日記を書いていた。
机に向かい、静かにペンを走らせる。
正捕手になれなかったこと。
悔しさ。
そんなことは、一言も書かなかった。
ただ――。
『四回戦を勝つ』
その一文だけが、ノートに残された。
去年の県大会。
四回戦。
5対17。
五回コールド負け。
あの屈辱を、雪夜は忘れていなかった。
いや――忘れられなかった。
だからこそ。
正捕手かどうかなど、今の雪夜には関係なかった。
試合に勝つ。
それだけだった。
そして――。
県大会一回戦当日。
東鶴間高校野球部の戦いが、再び始まろうとしていた。




