第160話 信頼
昨日の一件以来――。
高橋雪夜と九条咲が、一緒にいる時間は少しずつ増えていた。
練習メニューの確認。
試合の分析。
選手の起用法。
話す理由はいくらでもあった。
そして、その様子を見ていた野球部の面々の中には、
(……あの二人、仲がいいのか……?)
と思う者もいた。
もちろん、本人たちは気づいていない。
いや、気づかないようにしていたのかもしれなかった。
一方、グラウンドでは激しい競争が続いていた。
天宮真十郎と高橋雪夜のバッテリー。
田中三郎と中山太郎のバッテリー。
どちらがエースナンバーを背負い、どちらが正捕手になるのか。
東鶴間高校野球部は、確実に強くなっていた。
だからこそ、ポジション争いも簡単ではない。
そんな練習の日々は、あっという間に過ぎていった。
そして――。
県大会まで、あと少しとなっていた。
去年は四回戦敗退。
今年はどこまで行けるのか。
部員たちは、それぞれ胸の内で考えていた。
そんなある日。
部室には、九条咲と高橋雪夜の二人だけが残っていた。
静かな空気の中、咲が口を開く。
「雪夜……エースナンバーと正捕手は、田中と中山でいくことにした」
雪夜は少し驚いたように目を瞬かせたが、すぐに頷いた。
「分かりました……僕はセカンドでしょうか」
「セカンドと……天宮とバッテリーを組んでもらう」
「分かりました」
雪夜は静かに答えた。
「他の選手は……?」
「それは、その日の試合で決めることにした」
「そうですか……」
雪夜は少し考えるように目を伏せたあと、顔を上げた。
「僕は、作戦参謀として監督を支えます」
その言葉に、咲は小さく笑った。
「そうしてくれると、助かる」
雪夜は少しだけ間を置いてから、聞いた。
「……先に、僕に言ったのは、信頼している……ということでいいのでしょうか」
咲は、迷うことなく頷いた。
「ああ。雪夜が一番頼りになるからな」
――言ってから、咲は少しだけ後悔した。
(これって……監督として、なんか違うことを言ったのか……?)
だが、雪夜は嬉しそうに微笑んでいた。
「監督の信頼に、こたえてみせます」
「ああ……頼むぞ」
咲はそう返しながら、胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じていた。
雪夜がいてくれる。
それだけで、安心できる自分がいる。
そして雪夜もまた、咲に頼られることを嬉しく思っていた。
こうして――。
県大会が迫る中で。
雪夜と咲の距離は、ほんの少しだけ近づいていた。
それが恋なのか。
それとも、ただの信頼なのか。
まだ二人には、分からないままだった。




