第157話 雪夜の本音
マネージャーが三人に増えたことで、東鶴間高校野球部は以前よりも活気づいていた。
グラウンドには声が響き、部員たちの表情もどこか明るい。
そんな中――。
打撃練習を終えた高橋雪夜は、ベンチ横で高柳龍二郎と話をしていた。
汗を拭きながら、雪夜は小さく笑う。
「龍二郎、冬美さんを勧誘できたんだね」
龍二郎は壁にもたれながら、軽く肩をすくめた。
「まあ……俺がお願いしたから、なんとかなったよ」
「そうだね」
雪夜は穏やかに頷いた。
「これで真衣さんの負担も減って、なんとかなりそうだよ」
だが、龍二郎は雪夜をじっと見たまま、静かに聞いた。
「……お前は、それでいいのか?」
雪夜は少し首を傾げた。
「なにがだい?」
龍二郎は少し言いづらそうにしながらも、はっきりと言った。
「小山唯を勧誘してさ……雪夜は平気なのか?」
「――」
一瞬だけ、空気が静かになった。
雪夜の脳裏に、中学時代の記憶が浮かぶ。
失恋した冬の日。
唯への想い。
諦めたはずの感情。
だが雪夜は、小さく笑った。
「……うん……僕は、大丈夫だから……」
その笑顔を見た龍二郎は、少しだけ眉をひそめた。
長い付き合いだからこそ分かる。
雪夜は、本当に平気な時ほど、こういう顔をする。
「そうか……」
龍二郎は短く答えた後、静かに続けた。
「あんまり無理はするなよ」
雪夜は少し驚いたように目を瞬かせる。
「ありがとう、龍二郎」
龍二郎は視線を逸らしながら言った。
「つらくなったら、俺に言え……話を聞くだけなら、できるから……」
ぶっきらぼうな言い方だった。
だが、その言葉には確かな優しさがあった。
雪夜は思わず笑った。
「はは……その時はよろしく」
その時だった。
「なになに、なんの話をしているの?」
明るい声と共に、新井元気がやって来た。
龍二郎は、ニヤリと口元を歪める。
「なに、小山唯は可愛いなって言っていただけだ」
「なっ――!」
元気の顔色が一瞬で変わった。
「い、いくら高柳でも、唯ちゃんは渡さないよ!」
龍二郎は呆れたように笑った。
「安心しろ。俺はシスコン馬鹿兄貴だから、妹にしか眼中にねえよ」
「なら、いいけど……」
元気はまだ少し警戒している。
「高柳が唯ちゃんを狙っているかと思ったよ」
「心配するな」
龍二郎はグラウンドへ視線を向けながら言った。
「今の俺は、野球一筋だからさ」
その言葉に、元気は安心したように息を吐いた。
「なら安心でやんす」
そんな二人のやり取りを見ていた雪夜は、自然と笑みを浮かべていた。
胸の奥にあった重たい感情が、少しだけ軽くなっていく。
仲間たちの存在。
何気ない会話。
それが、今の雪夜を支えていた。
春の風が、静かにグラウンドを吹き抜けていった。




