↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
156/325

第156話

 春の風がグラウンドを抜けていく。


 掛け声、ボールの音、スパイクの土を蹴る音――


 東鶴間高校野球部は今日も活気に満ちていた。


 ベンチ横では、3人になったマネージャーたちが選手のサポートをしながら、時折笑い声を交えつつ、仲良く作業を進めていた。


 その近くで、九条咲監督もメモを片手に様子を見守る。


 やがて、話題は自然と“恋バナ”へ。


 冬美がペットボトルを並べながら、小山唯に聞いた。


「唯さん、新井さんの……どこが好きなんですか?」


 唯は照れたように笑い、空を見上げた。


「う〜ん……馬鹿で、天然で、可愛いところかな」


「へぇ~……そうなんですか」


 冬美は優しく相槌を打つ。


 唯は続けた。


「それにね、元ちゃん……私のことをずっと一途に想ってくれるの。そういうところも、好きかな」


 その言葉に、冬美の胸がチクリと痛んだ。


 ──数カ月前、雪夜が唯に片思いしていた過去を、高柳家で聞いたばかりだった。


 “雪夜さんの気持ちは、もう吹っ切れたんだろうか”


 そんな複雑な思いが胸をよぎる。


 唯はふと微笑み、今度は冬美に問いかけた。


「冬美ちゃんは、どんな人が好きなの?」


 冬美は頬を赤くしながら、少し考えて言う。


「私は……兄さんより凄い人がいいかなって……思っています」


 唯は素直に頷いた。


「確かに、龍二郎君は凄いよね。運動神経も良いし、優しいし」


 その後ろで聞いていた、

 夏目真衣と九条咲監督は、心の中で同じ感想を抱いていた。


(そんな男、この世にいないだろうな……)


 二人は目を合わせて小さく笑う。


 唯は今度は真衣の顔を覗き込んだ。


「じゃあ、真衣ちゃんは? 気になる人……いるの?」


 真衣はペンを握ったまま、視線をそらした。


「えっと……いることはいるけど……」


 唯はさらに身を寄せる。


「もしかして……野球部の人?」


「うん……遊人君と……雪夜君が気になるの」


 唯は思わず声を漏らした。


「遊人君って……六条君のこと?」


 真衣は小さく頷いた。


「うん。幼馴染なんだけど……結婚するなら、遊人君だと思っていたから」


「そこまで考えてるの……?」


 唯は驚きながらも、どこか嬉しそうだった。


 真衣は少し困ったように続けた。


「でも……雪夜君のことも気になるの。この気持ち……自分でもよく分からないの」


 唯は息をのむ。


「それって……恋してる、とか?」


 真衣は首を横に振った。


「私は雪夜君の……ファンみたいな気持ち。だから、ますます分からなくなってるの」


 唯は優しく言った。


「そっか……」


 真衣はそっとお願いした。


「このこと、みんなには言わないでね」


 唯は胸に手を当て、真剣な顔で頷く。


「言わないよ。人が嫌がること、したくないから」


 そんな二人のやり取りを聞きながら、九条咲監督は静かに水筒のフタを閉めた。


(……真衣も、雪夜のことを気にしているのね)


 予想していたこととはいえ、胸の奥がじんわりと締めつけられた。


 自分の教え子への気持ちは、

 “指導者としての愛情”なのか、

 それとも、それ以上なのか。


 その答えをまだ、咲自身も知らなかった。


 グラウンドから聞こえる雪夜の声が、風に乗って耳に届く。


(……私は、どうしたいのだろうか)


 咲は胸の奥の小さな痛みに、そっと手を当てた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。