第153話 高柳冬美
マネージャーの勧誘をすることになった東鶴間高校野球部の面々は、それぞれ帰路についていた。
誰か心当たりはないか。
そんなことを考えながら歩く者もいれば、最初から諦め気味の者もいる。
そんな中――。
高柳龍二郎は、自宅へ戻っていた。
「ただいま」
ぶっきらぼうにそう言って玄関を上がる。
すると、すぐに妹の声が聞こえた。
「おかえり、兄さん」
妹――高柳冬美が、廊下から顔を覗かせていた。
龍二郎は少しだけ視線を逸らしながら言った。
「……冬美、俺の部屋に来てくれないか」
「……いいけど……?」
少し不思議そうな顔をしながらも、冬美は頷いた。
しばらくして、二人は龍二郎の部屋で向かい合って座っていた。
窓の外は、夕暮れ。
部屋の中には静かな空気が流れている。
龍二郎は珍しく、少し言いづらそうに口を開いた。
「実はな……」
そして、東鶴間高校野球部でマネージャーを募集していることを説明した。
夏目真衣一人では負担が大きいこと。
誰か手伝ってくれる人を探していること。
それを聞き終えた冬美は、小さく頷いた。
「……なるほど」
龍二郎は少しだけ真面目な顔になった。
「と、いうわけなんだが……野球部のマネージャーになってくれないか」
冬美は目を丸くした。
まさか、自分に頼んでくるとは思っていなかったのだろう。
「私が……?」
「ああ」
龍二郎は短く頷いた。
冬美は少し考えるように俯いた後、静かに答えた。
「私は……兄さんの力になれるなら、構わないよ」
その言葉を聞いた瞬間、龍二郎の表情が少し柔らかくなった。
「そうか。なら、嬉しいよ」
冬美は苦笑しながら言った。
「でも、私が野球部のマネージャーになっても、足を引っ張るかもしれないよ?」
「そんなことはないぞ」
龍二郎は即答した。
「冬美がいてくれるだけで、俺は頑張れるぞ」
「……兄さん」
その真っ直ぐな言葉に、冬美は少し照れたように目を逸らした。
だが、やがて小さく笑う。
「分かった。私……野球部のマネージャーになる」
「――そうか」
龍二郎は、本当に嬉しそうだった。
「ありがとう、冬美」
そう言った瞬間――。
龍二郎は勢いよく冬美を抱きしめた。
「ちょっ……兄さん、痛いよ!」
冬美は慌てながら抗議する。
だが、その顔はどこか嬉しそうだった。
龍二郎もまた、妹が力になってくれることが心から嬉しかったのだろう。
こうして――。
東鶴間高校野球部に、新たなマネージャー候補が一人加わることになったのだった。




