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第15話 九条咲

 高橋雪夜と夏目真衣は、職員室に辿り着いた。

 中に入ると、机に向かって書類を整理している女性がいた。


「……監督」


 雪夜は一歩前に出て、頭を下げた。


「初めまして。野球部に入部した、高橋雪夜といいます」


「ああ、よろしく」


 女性は顔を上げ、淡々と答える。


「私は野球部監督の九条咲だ」


「よろしくお願いします」


 雪夜は顔を上げ、そのまま続けた。


「監督に、聞きたいことがあります」


「ああ、なんだ」


「野球部の練習……どうして、見に来ないのですか」


 九条は、少しも間を置かずに言った。


「それは、私にやる気がないからだ」


「……やる気が、ない?」


「当たり前だろう」


 九条は肩をすくめる。


「女なのに野球部の監督を押しつけられて、

 しかも私は野球が好きじゃない」


 言葉は、冷たかった。


「それに」


 続けて言い放つ。


「あんな野球部、弱すぎて指導する気にもなれない。

 見に来てほしいなら……何とかしてから言いなさい」


「……何とか、とは?」


「簡単なことだ」


 九条は笑った。


「一回戦を勝ったら、監督として指導してやる。

 まあ……無理だろうがな」


「……分かりました」


 雪夜は、はっきりと答えた。


「そうか。分かってくれたか」


「はい」


 雪夜は一歩踏み出す。


「一回戦を突破します。

 だから、練習を見に来てください」


「……えっ?」


 九条の表情が、初めて揺れた。


「ちょっと、雪夜君!」


 夏目が慌てて声を上げる。


「それは、あまりにも……」


 無理もなかった。

 この野球部は、公式戦で一度も勝ったことがないのである。


「無理だと思うかい、夏目さん」


 雪夜は振り返らずに言った。


「でも、そう言わないと、監督は見に来てくれない。

 なら、僕は言います」


「……ほう」


 九条は、興味深そうに雪夜を見る。


「面白いことを言う奴だな。気に入った」


「では」


 雪夜は、真正面から問う。


「練習を見に来てくれるんですか」


「それはいい」


 九条は腕を組んだ。


「だが、一つ条件がある」


「条件……ですか」


「一回戦で負けたら」


 九条は言い切った。


「私の頼みを聞いてもらう」


「……どんな頼みですか」


「私に、一生指図しないこと」


 一瞬、空気が凍る。


「それが条件だ」


「……いいですよ」


 雪夜は即答した。


「それでも」


「えっ……?」


 九条は、今度こそ言葉を失った。


「ちょっと雪夜君!」


 夏目が慌てて言う。


「それじゃ、監督がますます練習を見に来なくなるよ!」


「どのみち、勝たないと見に来てくれないなら同じです」


 雪夜は、静かに言った。


「むしろ、それで練習を見てくれるなら……悪くない話だと思います」


「……やはり、お前は面白い奴だな」


 九条は、くつくつと笑った。


「監督」


 雪夜は、さらに一歩踏み込む。


「一つ、こちらからもお願いがあります」


「なんだ」


「大会前まで、練習を見に来てください。

 その上で、一回戦負けをしたら……条件を飲みます」


 九条は、しばらく黙っていたが――

 やがて、ため息をついた。


「分かった」


「……!」


「最後になるかもしれないからな。

 練習は、見てやる」


「ありがとうございます」


 雪夜は、深く頭を下げた。


「必ず、一回戦を突破してみせます」


「交渉成立、だな」


 九条はそう言って、椅子にもたれかかった。


 職員室を出て、廊下を歩きながら、夏目が小さく言った。


「……雪夜君。あんな約束して、よかったの?」


「どのみち、あのままだと練習を見に来てくれなかったと思うよ」


 雪夜は、前を見据えたまま答えた。


「それなら、賭けに出たほうがいいと思ったんだ」


「……それは、そうだけど」


「それに」


 雪夜は、はっきりと言った。


「僕は、負けるつもりはないよ」


「……みんなも、同じだよね」


「試合をする前から、負けることを考える人はいないと思うよ」


 夏目は、少しだけ微笑んだ。


「……それも、そうだね」


 こうして――

 高橋雪夜と九条咲の勝負が、静かに始まった。

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