第13話 高柳兄妹
家に帰った高柳龍二郎は、自室にいた。
ベッドに腰を下ろしたまま、天井を見つめている。
――迷っていた。
屋上で高橋雪夜に言われた言葉が、何度も頭の中で繰り返される。
自分に嘘をついて、どうするんだよ。
その時だった。
ドアをノックする音がした。
「……兄さん。入っていい?」
妹の声だった。
「冬美か……いいぞ」
ドアが開き、冬美が部屋に入ってくる。
「兄さん……どうかしたの?」
「……なんで、そう思う」
「帰ってきてから、ずっと悩んでいる顔してたから」
龍二郎は、苦笑した。
「……冬美には、敵わないな」
少し間を置いてから、今日あったことを話し始めた。
屋上でのこと。
高橋雪夜のこと。
野球のこと。
「……そんなことがあったんだ」
冬美は、静かに聞いていた。
「俺はな……」
龍二郎は、視線を落とす。
「野球ができるか、分からないんだ。
肩を壊した俺が、本当にできるのか……」
「……兄さんは」
冬美は、そっと聞いた。
「野球、したいの?」
「……分からない」
正直な答えだった。
「俺は、もう野球ができない身体だって……そう思っているから」
「でも」
冬美は、迷いなく言った。
「兄さん、素振りしてきたでしょう」
龍二郎は、はっとした。
「だから……野球、できると思うよ」
「……それでも」
龍二郎は、拳を握った。
「俺は……お前に、悲しい思いをさせたくない。
もう、お前を泣かせたくないんだ」
「……兄さん」
冬美は、首を振った。
「私のせいで、野球をやめないでほしいの」
「……冬美……」
「私はね」
冬美は、真っ直ぐ兄を見つめる。
「兄さんが、兄さんのやりたいようにしてほしいの。
それが、私の願いだよ」
少し間を置いて、問いかけた。
「兄さんは……どうしたいの?」
「……俺は……」
言葉は、すぐには出なかった。
翌日。
高橋雪夜は部室で、いつも通り練習の準備をしていた。
――勧誘できなかったのは、仕方ない。
そう、自分に言い聞かせていた。
あの怪我が、高柳をどれほど苦しめているか、分かっていたからだ。
雪夜はグラウンドに向かい、黙々と練習を始めた。
その時だった。
部員たちが、ざわつき始める。
夏目真衣が、こちらへ歩いてきたのだ。
「みなさん」
夏目は、少し緊張した表情で言った。
「今日は、新入部員を紹介します」
その一言に、雪夜は顔を上げた。
「高柳龍二郎君です」
――息が、止まりかけた。
前に出た高柳は、深く頭を下げた。
「初めまして。
高柳龍二郎です。遅くなりましたが……よろしくお願いします」
拍手が起こる。
そして、練習が再開された。
雪夜は、意を決して声をかける。
「……高柳君。野球部に、入ってくれたんだね」
「ああ」
高柳は、短く答えた。
「……俺は、野球が好きだからな」
「……そうだね」
雪夜は、静かに呟いた。
「それと」
高柳は、続ける。
「屋上のことだが……謝らなくていい」
雪夜が驚いたように見る。
「あれは、お前のせいじゃない」
「……高柳君……」
「呼び捨てでいい」
高柳は、少しだけ笑った。
「俺も、そうしているから」
「……分かった」
雪夜は、手を差し出す。
「高柳。これから、よろしく」
「ああ。こちらこそ」
二人は、しっかりと握手を交わした。
こうして――
東鶴間高校野球部は、マネージャーを含めて 十三人 となった。
失われかけた夢は、
もう一度、グラウンドへ戻ってきた。
ここまで読んでくれてありがとうございます。高柳龍二郎が再び野球を始めるまでの話でした。これからもよろしくお願いします




