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第128話 桜桜花戦、一回表

 桜桜花高校との練習試合が、ついに始まった。


 一回表――

 東鶴間高校の攻撃。


 打席には、一番・高柳龍二郎。


 右打席に静かに立つ。


 マウンドには、桜桜花の一年生左腕――金村歳郎。


 初球。


 低めに投げ込まれたストレートは、わずかに外れた。


 ボール。


 高柳は小さく息を吐く。


(ふーん……球速はあるか……)


 対する歳郎は、余裕の表情を崩さない。


(まずは見せ球……ここでビビらせて、次で仕留める)


 球速表示は、140キロを計測していた。


 そして二球目。


 高め――ストレート。


 高柳の目が、わずかに細くなる。


(来たな)


 迷いはなかった。


 振り抜いた打球は――


 鋭いライナーとなって、レフト方向へ一直線に伸びていく。


 そのまま、ぐんぐんと伸び――


 フェンスを越えた。


 先頭打者ホームラン。


 静まり返るグラウンド。


 高柳は何事もなかったかのようにベースを回る。


(俺相手に、ストレートを続けるとは……舐めてんのか、1年)


 マウンドでは、歳郎が打球の行方を見つめたまま立ち尽くしていた。


(僕のストレートを……あんなに飛ばすなんて……)


 電光掲示板には「143km/h」の表示。


 それでも――通用しなかった。


 ベンチから、その様子を見ていた九条神楽は、くすりと笑った。


(あらあら……やっぱり打たれたわねぇ……)


(うちのエースは、尚文君で決まりね)


 その一打で――


 金村歳郎の「エースナンバー」は、事実上消えた。


 そして同時に――


 東鶴間高校が、

 ただの弱小ではないことを、

 グラウンドに知らしめた。


 高柳龍二郎の先頭打者ホームラン――


 その一撃で、東鶴間高校は1点を先制した。


 グラウンドに、わずかなざわめきが広がる。


 続く打者は、二番・六条遊人。


 左打席に入る。


 マウンドの金村歳郎は、表情を歪めていた。


(こんな……弱小なんかに……)


 初球。


 内角低めのストレート。


 六条は手を出さず、見逃し――ストライク。


 二球目。


 外角低めのストレート。


 これも見逃し、ツーストライク。


 歳郎の球速は落ちていない。


 だが――


 三球目。


 高めのストレートに対し、六条はなんとかバットを合わせた。


 ファウル。


 その瞬間。


 捕手・金村好郎は、スローカーブのサインを出した。


 ――だが。


 歳郎は首を振る。


 好郎は一瞬、間を置く。


 チェンジアップ。


 ――首を振る。


 高速スライダー、スクリュー。


 ――立て続けに首を振る。


(まさか……兄さん……)


(変化球を、投げたくないのか……?)


 好郎の中に、不安がよぎる。


 やむなく、外角へのストレートのサイン。


 歳郎は頷き、投げ込む。


 外角いっぱい。


 六条は食らいつき、ファウル。


 五球目。


 今度は内角へのストレート。


 六条は見送った。


 ――だが。


「ストライク!」


 主審の声が響く。


 見逃し三振。


 ワンアウト。


 ベンチから、その一連のやり取りを見ていた高橋雪夜が、静かに言った。


「みんな……ストレートだけ狙っていこう」


 短い言葉だった。


 だが、それで十分だった。


 東鶴間の打者たちは、理解する。


 ――金村歳郎は、変化球を投げてこない。


 そして。


 三番・新井元気。


 左打席に入る。


 マウンドの歳郎。


 ベンチの雪夜。


 この瞬間――


 試合の主導権は、ゆっくりと東鶴間へ傾き始めていた。


 三番・新井元気。


 左打席に立つ。


 マウンドの金村歳郎は、まだ苛立ちを抑えきれていなかった。


 初球――


 低めのストレート。


 元気は迷わなかった。


 振り抜いた打球は鋭く前へ転がり、センター前へ。


 ヒット。


 東鶴間のベンチが、静かに沸く。


 続く四番・浮田総二。


 左打席。


 初球。


 外角低めのストレート。


 総二もまた、狙いは一つだった。


 軽く流した打球は、レフト前へ運ばれる。


 連打。


 一塁、二塁。


 東鶴間の流れは、完全に掴まれていた。


 そして――


 五番・竹田栄司。


 右打席。


 歳郎が投じたのは、内角のストレート。


(来た)


 栄司は踏み込んだ。


 思い切り引っ張った打球は、左中間を真っ二つに割る。


 ランナーが還る。


 タイムリーツーベースヒット。


 これで――2点目。


 なおも、二塁・三塁。


 歳郎の表情が、はっきりと歪む。


 六番・進藤竜也。


 キャプテンが右打席に入る。


 その初球。


 外角のストレート。


 進藤は、迷いなくバントの構えを見せた。


 ――スクイズ。


 転がった打球に、歳郎の反応がわずかに遅れる。


 拾い上げて一塁へ送球。


 アウト。


 だが――


 三塁ランナーがホームを踏んだ。


 3点目。


 ツーアウト、三塁。


 七番・早田士郎。


 歳郎は、ここでようやく本気の表情を見せた。


 全力投球。


 ストレート、ストレート、ストレート。


 三球三振。


 空振り。


 ようやく、チェンジとなった。


 だが――


 東鶴間高校は、初回に3点を先制。


 完全に流れを引き寄せていた。


 一方――


 桜桜花ベンチ。


 空気は重かった。


 弱小相手に、初回三失点。


 その事実は、消えない。


 捕手・金村好郎が、小さく言う。


「兄さん……変化球も使ってよ」


 歳郎は吐き捨てるように言った。


「格下相手に、変化球を使えってのかよ」


 好郎の表情が険しくなる。


「このままだと……負けるかもしれないよ」


 一瞬の沈黙。


 そして――


 歳郎は視線を逸らした。


「……分かった。お前のリードに任せるよ」


 ようやく、バッテリーが繋がる。


 そして――


 一回裏。


 桜桜花高校の攻撃が始まる。

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