第109話 渡辺の最後の話
三年生たちがグラウンドに現れた。
自然と、在校生たちは整列する。
静かな空気の中、一歩前に出たのは――
元キャプテン、渡辺貴明だった。
渡辺は、ゆっくりと口を開いた。
「みんな……」
少しだけ間を置く。
「今日で俺たち三年生は……この学校を卒業する」
グラウンドを見渡す。
懐かしむように。
「思えば……万年一回戦負けだった野球部が……」
小さく笑った。
「四回戦まで行けたのは……嬉しかった」
その言葉には、実感がこもっていた。
「俺たちは、東鶴間高校野球部で過ごしたことを……」
「一生忘れません」
渡辺は、ゆっくりと頭を下げた。
そして三年生たちは、同時に監督の方へ向き直った。
渡辺が言った。
「監督……三年間一緒に戦ってくれて……ありがとうございました」
深く頭を下げる。
監督の九条咲は、少しだけ目を細めた。
「私のほうこそ……」
静かに答える。
「こんな私について来てくれて……ありがとう」
短い言葉だったが、想いは伝わっていた。
やがて、三年生たちは在校生の方へ向き直る。
渡辺の視線が、進藤に止まった。
「進藤……今はお前がキャプテンなんだってな」
進藤竜也は、少し緊張した様子で答えた。
「はい……渡辺キャプテンのようになれるか分からないけど、頑張ります」
渡辺は、すぐに首を振った。
「何を言ってる」
真っ直ぐに言う。
「今はお前がキャプテンだろ」
少しだけ柔らかい表情になる。
「俺のようになれるかじゃない」
「お前なりのキャプテンを目指せ」
進藤は、しっかりと頷いた。
「はい……僕なりに、キャプテンをやっていきます」
渡辺は、満足そうに頷いた。
そして、全員に向けて言った。
「それから、みんな……」
「東鶴間高校野球部を……頼むな」
その言葉に、在校生たちは声を揃えた。
「はいっ!」
グラウンドに、力強い声が響く。
渡辺は、軽く笑った。
「では……俺たちはこれで帰るけど……」
「元気でな」
三年生たちは、ゆっくりと背を向けた。
その背中は、もう在校生ではなかった。
やがて、校門の方へと歩いていく。
その姿が、小さくなっていく。
しばらく、誰も動かなかった。
やがて――
進藤が口を開いた。
「みんな……」
少し考えてから言う。
「とりあえず、渡辺キャプテンの前に言った言葉……」
「次の大会は、四回戦を勝とう」
その瞬間。
「何言ってんだよ」
田中三郎が笑った。
「お前がキャプテンだろ」
進藤は、はっとした。
「あっ……そうだった……」
中山太郎が肩を叩く。
「おいおい……しっかりしろよ、キャプテン」
周囲に、少しだけ笑いが生まれる。
だが、その空気の中でも。
誰もが同じ方向を見ていた。
こうして――
三年生は、この学校を卒業していった。
そして、進藤、田中、中山の三人は心の中で決意していた。
来年。
今日のように。
後輩たちに見送られる三年生になろうと。




