第106話 高柳家
雪夜の過去の話が終わると、部屋の中に静かな空気が流れた。
雪の音だけが、窓の外で続いている。
しばらくして、高橋雪夜は立ち上がった。
「……そろそろ、帰るね」
軽く伸びをして、帰り支度を始める。
龍二郎が言った。
「もう、帰るのか」
雪夜は少し笑った。
「長居すると、龍二郎と冬美さんの両親に悪いと思って……」
龍二郎は首を傾げた。
「そんなこと、ないと思うけど……」
その時だった。
部屋のドアが、勢いよく開いた。
「そうだぞ、迷惑なんて思っていないよ」
入ってきたのは、龍二郎と冬美の父親だった。
雪夜は驚いた。
「わっ……おじさん」
龍二郎は顔をしかめる。
「げっ……父さん、話を聞いていたのか」
父親は笑った。
「誰かが“両親”って言った声が聞こえてきたからな」
雪夜は苦笑した。
「確かに、言いましたけど……」
龍二郎がため息をつく。
「父さん、何の用なんだい」
「ああ、そうだった」
父親は手を叩いた。
「雪夜君に夕飯を食べていってもらおうって、母さんが言っていたんだ」
雪夜は慌てて手を振った。
「いえ、そこまでしてもらうと……」
だが父親は、笑って言った。
「何を言うんだい」
「俺も母さんも、雪夜君にはぜひ食べていってほしいんだ」
少し楽しそうに続ける。
「龍二郎の学校生活のことも聞きたいしな」
雪夜は少し困ったように言った。
「でも、帰るのが遅くなると……」
父親は即答した。
「そこは大丈夫だ」
「俺が車で送っていく。それならどうだい」
龍二郎が横から言った。
「雪夜……ここは折れてくれ」
「父さんがこう言う時は……引かないから」
雪夜は苦笑した。
そして、小さく頭を下げた。
「……なら、お言葉に甘えて」
父親は満足そうに頷いた。
「よし、なら母さんに言ってくる」
そう言って、部屋を出て行った。
雪夜は思わず笑った。
「なんか……二人のお父さんって……元気な人だね」
龍二郎は肩をすくめた。
「むしろ、元気すぎるけどな」
こうして、雪夜は高柳家で夕飯を食べることになった。
食事の席では――
案の定、両親から龍二郎のことを根掘り葉掘り聞かれた。
野球を再び始めた理由。
学校での様子。
普段の生活。
龍二郎は、珍しく居心地が悪そうだった。
やがて、時間は過ぎ――
龍二郎の父親の車で、雪夜は送ってもらうことになった。
車の中では、特別な話はしなかった。
他愛のない話。
明日の練習のこと。
冬のトレーニングのこと。
それだけだった。
それでも、心は軽かった。
やがて車は、雪夜の家の前に止まった。
雪夜はドアを開ける。
「今日はありがとう」
龍二郎は短く言った。
「雪夜……また明日な」
雪夜は頷いた。
車は静かに走り去っていった。
雪夜は、家の中に入り――
机に向かった。
日記帳を開く。
今日の出来事を、忘れないように。
ゆっくりと、書き留めていった。




