第103話 雪夜の小学生時代
雪は、静かに降り続いていた。
高橋雪夜と高柳龍二郎は、並んで歩き、やがて龍二郎の家へと辿り着いた。
玄関の戸が開く。
「……ただいま」
龍二郎がそう言うと、すぐに中から声が返ってきた。
そして――
雪夜の姿を見た瞬間、家の空気が変わった。
「えっ……!?」
驚きの声。
だが、それはすぐに歓迎へと変わる。
「いらっしゃい。龍二郎の友達?」
想像していた以上に、温かい空気だった。
雪夜は少しだけ戸惑いながらも、頭を下げた。
「……高橋雪夜といいます。龍二郎君とは同じ野球部です」
「まあ……あなたが雪夜君ね。龍二郎から話は聞いているわ……どうぞ上がって」
「……お邪魔します」
その後、手洗いとうがいを済ませ、二人は龍二郎の部屋へと向かった。
扉を開けた瞬間、雪夜は少し驚いた。
壁際にはバット。
グローブ。
ボール。
トレーニング器具。
部屋のほとんどが、野球で埋め尽くされていた。
「……すごいな」
思わず、そう呟く。
龍二郎は気にした様子もなく、湯のみを差し出した。
「ほら」
温かいお茶が、手に伝わる。
向かい合って座る。
静かな空間だった。
「……どこから話せばいいかな」
雪夜は、少しだけ視線を落とした。
龍二郎は短く答える。
「出会ったところからでいい」
迷いのない言葉だった。
雪夜は、小さく息を吐いた。
「そうだね……」
そして、ゆっくりと話し始めた。
「その子とは……幼稚園の頃に出会ったんだ」
龍二郎は少しだけ驚いたように目を動かした。
「そうか……そんなに早く出会っていたのか」
「まあ……よく言う、幼馴染ってところだね」
雪夜は、どこか遠くを見るように続けた。
「一目惚れだった」
その一言は、静かだったが、はっきりとしていた。
「その子が小学生になって……野球を始めたんだ」
少しだけ、笑う。
「だから、僕も野球を始めた」
理由は、単純だった。
「その子と……一緒にいたかったから」
その時だった。
龍二郎が、ふと立ち上がった。
何も言わず、ドアへ向かう。
そして、勢いよく開けた。
そこにいたのは――
「……何してんだ、冬美」
龍二郎の妹だった。
冬美は、少しだけ気まずそうに視線を逸らした。
「……話し声が聞こえたから……つい……」
雪夜は、その様子を見て小さく笑った。
「……つまらない話でもいいなら、聞いていてもいいよ」
冬美の目が、少しだけ輝いた。
遠慮する様子もなく、龍二郎の隣に座る。
明らかに、聞く気満々だった。
龍二郎はため息をついたが、何も言わなかった。
雪夜は、再び話し始める。
「小学生になって、野球を始めて……」
言葉を探すように、少しだけ間を置く。
「その子のことが……もっと好きになっていたんだ」
視線は、どこか遠くへ向いている。
「あの子に追いつきたい」
「もっと上手くなりたい」
その想いが、自然と練習へと繋がっていった。
「だから、ずっと練習していた」
龍二郎が、静かに言った。
「そうか……その練習が、今の雪夜を作ったんだな」
雪夜は、少しだけ照れたように笑った。
「どうだろうね」
そして、続ける。
「中学でも同じ学校になって……野球部に入ったんだ」
「その子も、一緒だったよ」
部屋の中は静かだった。
雪の音だけが、かすかに聞こえてくる。
そして――
雪夜の話は、ゆっくりと中学時代へと進んでいく。




