第101話 城南ヶ丘の桐原兄妹
東鶴間高校野球部が冬の練習に励んでいる頃。
城南高校の野球部も、同じようにグラウンドで汗を流していた。
城南ヶ丘学園高校。
通称、城南高校。
その野球部のマネージャーを務めているのが、桐原礼里だった。
礼里はグラウンドの端に立ち、練習の様子を見つめながら、次のメニューを考えていた。
もともと、好きでマネージャーになったわけではない。
兄――桐原礼二が野球部に所属していたこと。
そして、もう一つ。
「私に指図しないこと。上級生でも、この条件を飲んでもらう」
その条件を提示して、礼里はマネージャーになったのだった。
そんな礼里の携帯電話が、不意に震えた。
画面を見る。
表示された名前に、礼里は少しだけ目を細めた。
通話ボタンを押す。
「……もしもし、礼里だ」
電話の向こうから、落ち着いた声が返ってくる。
「もしもし、遊希です」
六本遊希だった。
礼里は短く答える。
「どうした、遊希」
少しの沈黙。
やがて遊希が言った。
「……城南に、行きます」
礼里は目を閉じた。
そして、小さく息を吐いた。
「……そうか。決断してくれたか」
「はい」
遊希の声は、静かだった。
「僕は、桐原先輩について行きます」
礼里はわずかに笑った。
「そうか……そう言ってくれて、誘ったかいがあったよ」
「では先輩、僕はこれで……」
「ああ、分かった」
通話は、そこで終わった。
携帯電話の画面が暗くなる。
その時だった。
「礼里」
後ろから声がした。
振り向くと、兄の礼二が立っていた。
「誰からだったんだ」
礼里は携帯をポケットにしまう。
「ああ……遊希からだよ、兄さん」
礼二は少し眉を上げた。
「遊希って……六本遊希のことか」
礼里は軽く笑う。
「兄さん、覚えていたんだね」
「まあな」
礼二はグラウンドを見ながら言った。
「あれだけ守備と打撃がいい選手、忘れるわけがない」
礼里は言った。
「彼が、うちに来てくれることになったよ」
礼二は目を細めた。
「それは頼もしいな……彼なら一年でレギュラーだろう」
「そうだね」
礼里は腕を組んだ。
「とりあえず一年の間は、外野をやってもらおうと思っている」
礼二は少し考える。
「そうか……彼なら二塁も向いていると思ったが」
少し間を置いて言った。
「例のトラウマか」
礼里は静かに頷いた。
「それが原因だよ」
グラウンドを見つめながら続ける。
「あの中学は腐敗したんだ」
「遊希の実力を理解していた塩じいが退任して……」
「次に来た監督のせいで、遊希は壊れかけていた」
礼里は淡々と言った。
「いらないなら、うちの戦力にする」
「それが遊希のためにもなる」
礼二は小さく笑った。
「なんにせよ、実力者が来てくれるのはありがたい」
礼里は頷いた。
「そうだね、兄さん」
そして、突然。
礼里は空に向かって大声で叫んだ。
「よっしゃあ!!」
礼二が驚いて振り向く。
礼里は拳を握りしめていた。
「雪夜の後輩、引き抜いてやったぜ!」
礼二は一瞬あっけに取られたが、やがて苦笑した。
礼里はすぐに咳払いをする。
「……以上、品のない叫びでした」
礼二は肩をすくめた。
「まあ、お前がスッキリしたならそれでいいが」
礼里は兄を見る。
「それはそうと兄さん」
「私に用があって練習を切り上げたんじゃないのか」
「ああ」
礼二は頭をかいた。
「なんか電話してたから気になったんだ」
そして少し笑う。
「彼氏かと思った」
礼里は即座に言った。
「私に彼氏はいないよ」
少し間を置いて、続ける。
「私が好きなのは……幼馴染の新井元気だけだよ」
礼二は思い出したように言った。
「元気か……確か、小山唯と付き合ってたな」
「ああ」
礼里は空を見上げた。
「だから告白しないで終わったけどね」
礼二は少し黙った。
やがて言う。
「……そうか」
そしてグラウンドへ向かって歩き出した。
「俺は練習に戻る」
「うん」
礼里は兄の背中を見送った。
そして、小さく呟く。
「……元気」
少しだけ寂しそうに。
「会いたいな」
元気が選んだのは、幼馴染の唯だった。
それでも。
礼里は、元気のことを忘れることが出来なかった。




