第100話 六条遊人
六本遊希からの電話。
高柳龍二郎に悩みを打ち明けた夜。
それから、数日が過ぎていた。
東鶴間高校野球部は、変わらず練習を続けている。
冬の気配が、少しずつ空気を冷やしていた。
グラウンドに立つと、白い息が浮かぶ。
高橋雪夜は、練習の合間に、ある選手の動きを目で追っていた。
六条遊人。
ショートの位置で、ノックを受けている。
打球への反応は速い。
一歩目が、鋭い。
捕球は安定していて、送球は強く、まっすぐ伸びる。
――守備と肩だけなら。
雪夜は思う。
多分、高校野球の中でも、トップクラスだ。
だが、同時に――
遊希の姿が、頭に浮かぶ。
遊希は、打てるショートだった。
粘り強く、出塁できる。
あいつが来ていたら――
僕なら、遊希をショートに使う。
でも。
他の人は、多分、遊希をセカンドに回す。
守備範囲と肩の強さだけを見れば、六条が優先される。
だったら。
遊希が東鶴間に来ない選択は――
正解なのか。
そこまで考えた時。
「高橋」
声が、すぐ目の前からした。
顔を上げると、六条が立っていた。
「僕の練習を見ていたけど……なにかあったかい」
その目は、真っ直ぐだった。
疑っているわけでもなく、ただ気になっただけという顔。
雪夜は、すぐに笑った。
「いや……相変わらず、守備と肩がいいなぁと思っていたんだ」
それは、本心だった。
六条は、少しだけ肩をすくめた。
「まあね。僕には、守備と肩しかないから」
自嘲気味に、笑う。
雪夜は、首を振った。
「それも、立派な武器だけどね」
六条は、少し黙った。
そして、ぽつりと呟く。
「僕は……高橋や高柳が羨ましいけどね」
「どこがだい」
雪夜は、自然に問い返した。
「だって……打撃がいいから」
その言葉は、強がりではなかった。
本音だった。
雪夜は、少し考えてから言った。
「六条も、練習すれば打てるよ」
六条は、静かに笑った。
「打てるなら、とっくに上手くなっているよ」
それは諦めではなく、自分の限界を知っている口調だった。
雪夜は、それ以上何も言わなかった。
二人は、それぞれの位置に戻った。
ノックの音が、再びグラウンドに響く。
雪夜は、バットを握りながら思った。
――怪しまれなかった。
よかった。
顔に出ていなかった。
遊希のことを考えていたなんて、六条は知らない。
知らなくていい。
今は、ただ――
目の前の練習に集中する。
雪夜は、意識的に思考を切り替えた。
遊希のことは、胸の奥にしまう。
そして、冬は少しずつ、深まっていった。




