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夢見る星で待っていて  作者:
第1章
8/22

8.月神

水晶の六角柱を祭壇の敷物の上に十二報方位に一本ずつ並べる。先端は全て中央を向けられ円を描いている。


その円の中に神が降りると言われており、祈りを捧げ神託を待つ。

先程から眉間がビリビリと痺れて痛い。


六角柱が反応し軋むような音を立てている。ハイトーンの耳鳴りがする。

一瞬空を切る音がし、炎が灯ったみたいにホログラム状の等身大の女神が現れた。


『妾を喚び出すとは何事か?』


月の神は不機嫌そうだった。


「新たな月の王に選ばれた、オットメーと申します」

『女神とな。そなたが女神ならば妾は必要なかろう』

「どうしても教えていただきたいことがございます」

『手短に申せ』

「月の民は血の存続のために、他星人との混血を重ね続けてもよろしいのでしょうか?」


月の神は返事をせずに私を眼光鋭く凝視した。美しく結い上げているのは黒髪で金と緑のオッドアイを持っていた。

王達よりも彫りの浅い風貌、東洋人を彷彿とする雰囲気に親しみを感じた。この方が私の母と言うならば、自分は月の民なのかもと無理なく受け入れられたかもしれない。


『そうじゃ、そなたの母は妾だ』

「?!」

『妾が母体にはなれぬゆえ、人の腹を借りたまで。この事は亡き王も知らぬがな』


驚愕の告白に絶句した。


『先の王は、妾の求婚を拒んだのでな、ちょっとした意趣返しじゃ』


······私の母は地球人にしろ月の人であっても、どちらにしても癖が強そうだ。


『そなたが男であったなら、妾の愛人にしたものを。おなごとは実に残念じゃ』


息子を愛人にとか、理解不能。地球の神様もそうだけど、神話の中の神様って割りと人間以上にドロドロしているわよね······。


「······も、申し訳······ありません?」


取り敢えず謝罪しておこう。月の神様にもこれは通じるもの······なのかな?


『ふははっ、嘘じゃよ、嘘。そなたが糞真面目なものだから、からかってみたのだよ』

「そっ、···う、嘘で何よりでございます······」


なんとか御機嫌は回復したみたいだ。

変な汗をかいてしまった。初めての熊討伐よりも緊張している。


『そなたの血は亡き王よりも妾の血が濃いのだから、五、六世代程度薄まったとて問題は無い。そんなものは五千年後の子孫が悩めば良い』

「ですが······、私は子が産めない体のようなのです。そんな私が月の民の血を残すにはどうすれば良いのでしょうか?」

『······フムスとか言ったか?あの豆料理は妾の好物じゃ。あの豆を月に植えよ。それをそなたが毎日食せば妙案も浮かぶであろう。ではな』


月神が消えた跡には水晶の六角柱の何本かが割れていた。



実母と娘の会話とはあまり思えないものだったけれど、ひよこ豆好きと知って嬉しかった。地球での母三人はこの豆の食感が嫌いで、私が自分で作る以外には食卓に上がることはほぼなかった。

米国の女性研究者による初の発芽と収穫の手助けを月の神はしたのかもしれない。

もしかしたら彼女は月の神の愛し子なのではないだろうか。


「よしっ!」


早速月の砂に撒いて、チートで生育することにした。何せ、着の身着のままで月に来た私の作務衣の袂には、偶然にも種用のひよこ豆が入っていたのだから。


私が上機嫌でひよこ豆を育て始めたのを、アデュは怪訝な表情で見つめている。


「月の民や王族はチートを持っているの?」

「···ちーと、とは?」

「特殊能力のことよ。魔法みたいに信じられないような力があったりする?」

「特にはありませんね。神官や巫女には多少はあるのかもしれませんが」

「そうなの?テレパシーで会話するとか、未来視ができるとかは?」

「存じません」


アデュは肩を竦め首を振った。


水晶を駆使し、ポータルを作ったり塞ぐ能力自体チートでは無いのかしら?

アデュのようなアンドロイドを産み出した人達は、私からすれば天才的な魔法使いだ。


兵士なのにムキムキではなくて一般人とフォルムはそれ程変わらない。ガチムチはアンドロイドでも人間でも私は苦手だ。

でもあまりにも精巧なアンドロイドだと紛らわしくて困る。


「それなら、月の民は凄いのね」

「なぜでしょうか?」

「水も大気もほぼ無い星で生きて行けるなんて凄いわ。チートも使わずにどうやって作物を育てているの?」

「月の民といえど地表では生きて行けませんから、この星に流れ着いた始祖達は地下に潜ったのです。地下には地表よりも濃い酸素も水も有りますから」

「地表はもっぱら異星人が占拠している?」

「ええ、その通りです」


地球人による月面基地が建設され、資源の採掘と都市化する計画が進んでいる。

地球人は調査のために縦穴を掘り下げて行くうちに、ポータルを見つけたらしい。

地球からの船は既にそこから月へ来ていたという。

最も効率的で、安上がりな移動だからよね。燃料も必要無いのだから。


そのポータルの独占を巡って覇権争いになっているみたいだ。


「どうして地球人はポータルの通り方を知ったのかな?」

「捕縛したアンドロイドから聞き出したのでしょう」


月にも人がいる、先住民がいてもおかしくないとなぜ想像ができないのだろうか。


「自分達が地下を開発しようと思うならば、とっくに別の人達が地下で暮らしているかもしれないという可能性を抱かない方がどうかしているわ」

「火星人は地下も探査し、その上で侵略をしようとしていますけれどね」

「そうなの?今は?」

「停戦中ですが、それも時間の問題です」

「そんな!だって戦闘できるのはあなたしかもういないじゃないの!」


地球人は母星でも先住民を滅ぼしたり、存亡の危機に追い詰めて来たのに、他の星でも同じやり方をするのだろうか。


以前あったポータルから侵入した人達は、月の民がいることを知った筈だ。

帰還した人は、地球にどう報告しているのだろうか。

それでも開発を続けようとしているのは、月の民のことは無視するつもりなのかもしれない。


月には先住民がいると公表しても、月には今私とアデュしかいない。

例え月側の正式な許可を得ていない者は去るように要請しても、聞き入れはしないだろう。

そんなの、握り潰してしまうのは朝飯前よね。私とアデュを処分して、堂々と月を乗っ取るだろう。


…···それは地球人ではなくてもそうするわよね。



──味方が欲しい。でも、今からでは間に合わない。


こちらが攻撃すれば開戦になって、更に兵士を送り込まれるだけだ。

宇宙向けの軍隊が既に地球にも存在しているということよね。宇宙開発は大企業がスポンサーだし、一般人には知らされていないだけで。


アデュがポータルを封鎖しても、それは時間稼ぎでしかない。


私が王では、全く歯が立たない。


数や力に勝てないのは、悔しすぎる。


どうすれば······。


それでも可能な限り平和的な解決にしたい。



私は悩むとお腹がとっても減る。


腹が減っては戦ができぬを言い訳に、とにかく答えや打開策を見つける前に食べる人なのだ。


食べてから考える、食べながら考える


ずっとそうやって来た。



最速で収穫したひよこ豆でフムスを作り、祭壇に供え、私もがっつり食べることにしよう。

食べられる時に食べておく。


今できるのは、それだけなのだから。

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