7.月は存亡の危機
生物学上の父を含め殆どの月の民は、異星から持ち込まれたウイルスによる感染で命を落とした。
そのウイルスは火星からやって来た。火星人には耐性のあるものだっけれど、月の民には死のウイルスだった。
三十年ほど前、火星人との戦争が起きた時、あの花園を作った種と共に持ち込まれてしまった。
それは今地球で蔓延しているものと同じか近縁種だという。
いくつかあった月のポータルから侵入を試みたのは地球人もで、帰還した感染者から広がった可能性と、直接火星人が地球にも訪れているならば、その経路から感染した可能性もあるらしい。
「地球については残念ながら特定はできません。どちらかではなく両方かもしれないので」
月の民も女性から多く亡くなっていった。そして出生率も下がり、妊娠しても流産や死産が増え、一度出産を失敗した女性は雄変するようになったという。
「······雄変?女性が男性になるということ?」
「そうです」
雄変とは環境の変化などの影響で雌が雄に変化することだ。ホルモンバランスが崩れてそうなることもある。地球上の生物でも同じようなケースはあったと思う。
月では急激に雄変が進み、子を持つことができなくなっていったそうだ。
抗体もできず、なす術もなく感染によって月の民は滅亡に瀕した。
そして巫女による神託が降りて、地球の女性と交配し王家の血を残す試みが行われた。
「月の民よりも免疫力が高い地球人の免疫を交配によって取得しようとしたようです」
好戦的でなおかつ免疫力の高い火星人とは敵対関係にあるため、王らはやむを得ず地球人との交配に賭けた。
母は、それでも感染して亡くなってしまったけれど······。こんな免疫力でいいのかな?
今後地球でも雄変が起きてしまうとしたら、大変なことになる。
『サヨコには大変申し訳無かったと思っている』
水晶の記憶を再生すると、これまでの経緯を語る王がいた。
生気なくやつれているから、この時既に感染していたのだろう。
王の金色の両目は虚ろな様子だった。
『月の娘、我が娘よ赦して欲しい。そして新たな王となり、どうかこの月を頼む』
そこで映像は途切れた。
水晶の表面の三角模様がまた一つ消えた。
私が······月の王の娘?
「そんな······こんな大きなものを突然丸投げで託されても困るよ!」
でも、もう月の民は誰もいない。残されたのは私だけなのだ。
───この宇宙に私しかいない、月の民としての同族はもうどこにもいない。
なんて恐ろしいことなのだろう。
もっと沢山の女性に、母小夜子以外にも受胎させていてくれたら······、兄弟が、同じ血を持つ同族がいたかもしれないのに。
でもそれはとても残酷なことだ。
別の誰かを母のような目に遭わせるのはやはり耐えられない。
本来月の民は長命種だという。寿命は千年を軽く越え、それゆえ妊娠出産する頻度は多くなく、出産してからの次の妊娠までのスパンが非常に長いのだとか。
感染が蔓延してから、月の民は子を産めずに次々に死亡してしまった。
それで尚更壊滅状態になってしまったのね。まさに存亡の危機。
「私も、そんなに長生きするのかな?半分地球人でも、そうなの?」
「それは···まだ未知数です」
「あなたは、後どれぐらいもちそう?」
「······」
亜月君は月の民ではない。異星人からの侵略を食い止めることに特化した兵士として造られたヒト型アンドロイドだ。
「私はただの生き残りの一兵卒に過ぎません。上官の命令に従うだけです。これからはあなたが私の主です」
王族をはじめ、上層部や科学者や医者すら一人も残っておらず、彼は門外漢なのに、母小夜子と私の世話人を押し付けられてしまったのだから災難、貧乏くじを引いたみたいなものだ。
母小夜子をロストしてしまったのは、彼が母星で抗戦するため戻っていた間に、母小夜子が父と離婚し不倫相手と共に疫病で亡くなったからだ。
チップなどは埋め込まれてはいなかった。
月の民が死に絶え後、アンドロイドだけが残ったけれど、その後ポータルから侵入者との攻防で数を失って行き、今では彼一人になった。
亜月君がポータルを封鎖し地球に来れたのはつい最近のことらしい。
亜月君の仲間ももう誰もいない。残された亜月君が母星の治安維持と私の世話人も全部たった一人で対応しないとならない。
どんなに有能であっても物理的に無理がある。
「あなたの本当の名前は?」
「アデュ·キーⅢです」
「じゃあ、私の月での名前はあるの?」
「オットメー様です」
······なんか、聞かなきゃ良かった。
「それはどういう意味の名前なの?」
「女神という意味です」
結構月並みね。まあ、月だけにね!?
朏家が托卵に選ばれたのも偶然とはといえ、ちょっと出来すぎよね。
私の怒りの沸点は低いけれど、低いなりにすぐに収まるみたい。
冷静になるのも、それなりに早いと思う。
怒りの対象が病んでこんなに弱々しい王だなんて、事情や状況がわかると怒りはすぐに萎えてしまった。
多分、私よりももっと王のことを怒りたいのは母小夜子ではないかな。
こんな私が月の王になるなんて冗談でも止めて欲しいぐらいだけれど、何をどうすればいいのだろう。
まずは他の星から侵略されないようにしなければならない。それから安全に月の民を増やしてゆく。
でも、人を増やすっていうのは、私が子供を産んで増やすしかないのよね。
「ねえアデュ、月の民は私しかいないのにどうやって人を増やすの?地球に戻って妊活?それとも、まさか私にアブダクションをしろと? 産まれたらその子はクォーターになるけどいいの?本当の本当に月の民はどこにもいないの?」
私の質問攻めにアデュは閉口した。
ハーフである私から混血してゆくと孫の代、曾孫の代となるとその分血が薄まってしまうけれど、それでいいのだろうか。
だからといって私のクローンなんて気持ち悪すぎるし。
そうするにしても、全て地球を頼ることになる。
それでは月と地球の力関係に影響してしまう。地球に何もかも依存しないとやっていけない月は支配下に置かれてしまうわ。
それでは良くないのでは。
父王様、ねえ、それでいいの?
それ以前に私はそもそも······、子供が産めない。
私は二十歳になるけど、まだ初潮が来ない。
これは月の民だからなのだろうか。それとも私が未分化体、生殖機能無しということなの?
異星人に子供を産ませたら終わりじゃないのよ。
その子が子を成せるのかちゃんと確認しないと。詰めが甘過ぎるよ、王様達。
私がダメだった時のことも考えて手を打たないといけなかったのに。
私の血統がもしもダメだった場合の保険を用意しておかなくちゃでしょ?
母が三人もいたのに、誰にも月経が無いという事を相談できなかった。母小夜子と二番目の母は私の成長具合などには無関心だったから気がつかなかったのだろう。
母の不倫と離婚、父の再婚等の精神的なストレスで遅れているのかななんて思っていたけど、高校生になっても来なくて段々自分がおかしいのではないかと思うようになった。大学を卒業してもまだ来なかったら検査を受けるつもりでいた。
だけど、私は自分が月の民だったと知ってしまった。
もし私の体が地球人と違っていたら、実験の道具、サンプルに利用されてしまわない?
それは絶対に嫌だ。
───どうすればいいの?
現時点でどん詰まりよ。
「月の神の神託を受けてみてはどうでしょうか」
一人で悶々としている私にアデュが助け船を出してくれた。




