5.小夜子
「君と少し話をしたい。いいだろうか?」
「······歩きながらでもいいなら」
断って逃げることもできたかもしれないけれど、亜月君の正体がわからないのは嫌だったので承諾した。
視線を落とした道端に、ナガミヒナゲシが咲いている。毎年春にオレンジ色の可憐な花を咲かせる、見た目とは裏腹な厄介な花だ。他の植物の成長を妨げ、素手で触るとかぶれたりする。私がアレロパシーを知るきっかけになったのもこの花だった。その性質を利用して小麦畑等の休耕地の雑草繁殖防止にされている外来種。
使い方次第で毒にも薬にもなる植物は結構ある。
「サヨコはどこにいる?」
「······サヨコ?······小夜子は私の母だけど」
「それは知っている。サヨコは今どこに?」
「どうしてそんなことを聞くの?」
歩きながら話すつもりが、質問の内容が予想外過ぎて立ち止まってしまった。
「会いたいからだよ」
「なぜ?」
朏小夜子は私の産みの母だ。この人は母のなんなのか。
「伝えたいことがあるからだ」
「······それは無理よ」
「なぜだ?」
「亡くなったからよ」
彼は酷く衝撃を受けたような表情をしたけれど、それに反して心の声が何も伝わって来ない。
「···それは、いつ?」
「五年も前よ」
彼は落胆した表情を見せた。なのに心の声は聞こえてこない。
「あなたは誰?なぜ母のことなんか聞くの?」
「私はサヨコの世話人だ。君の世話人でもある」
「······は?何言ってるの?」
冗談ではないのだろうけれど、言うことがあまりに突飛過ぎてついて行けない。
彼は如月君よりもはるかにヤバそうだ。
「そういうことなら、君だけでも連れて行く」
「だから、なんなの?勝手なことを言わないで!」
「君の本当の父親に会わせる」
「······なっ、何を言っているの?私の父は朏奏太よ」
「生物学上の父は別にいる」
「···っ!?」
先ほどから話す彼の口調は同年代の青年のものとは思えず、かなり年長の男性のようなそれもなんだかAIに近いものに思えてしまう。
「ねえ、あなたは誰なの?人間なの?」
「あなたの世話人です」
またそれを繰り返す。君から急にあなた呼びになった。わけがわからない。
世話人なのに何で母の死を知らないのよ?何らかの事情でロストしたのだとしても、母を死なせるなんて、全然お世話できていないじゃない。
「何のための?」
「月へ案内し、あなたが月で安全かつ快適に暮らすことをサポートするのが任務です」
「つ、月?どうして月なの?」
「あなたの星ですから」
驚きすぎて言葉が出ない。この人、もしかして狂っているの?
「私と共に月へ帰りましょう」
終始真顔で彼が言うので段々怖くなって来た。
新手の誘拐、連れ去りか何かなの?
「帰るって······、どうやって?」
宇宙船に乗るには許可がいる。月の開発者や研究者達でも諸々の手続きと準備が必要だから、そんな簡単にはゆかない。月への移民も計画は進められているけれど、まだ募集もされていない。
「乗り物は必要ありません」
閃光が走り、次の瞬間、私は別の場所に瞬間移動させられていた。
式神を発動する余裕さえなかった。
私達は洞窟のような場所に立っていた。ひんやりとした風がどこからか流れ込んで来る。
「ここはどこ?」
「まだ地球です」
亜月君はそう言いながらにこりと笑みを見せた。
笑い事では全く無いんですけど!?
「最も安全なルートを通りますからご安心を」
「ねえ、何をするつもりなの?」
「帰るのですよ」
「どこに!?」
「あなたは帰らねばならないのです」
「はあ!?」
亜月君は私に透明で固く冷たいものを手渡した。
私はそれを見てハッとした。
これは水晶?夢で見た水晶の六角柱だ。
繰り返し夢で見た光景と全く同じだと気がついた。
水晶の柱面にバーコード状の線が見えた。
亜月君が開閉の仕方を説明し始めた。
私は恐る恐る爪で引っ掻くように上へなぞった。
あの夢の中の青年は亜月君だったの?でも彼とは容貌が違う気がする。
「開けましたか?」
「······多分」
開いたような感覚、手応えのようなものは全くなかった。
「これは何なの?」
「ポータルを開いたのです」
「ポータル?」
······益々怪しくなって来た。夢で感じたみたいに怪しさ満点。
私は月じゃなくて自宅に帰りたい。
早く可愛いまー君(弟)に会いたい。お義母さんの美味しい料理を食べたいわ。今の義母は三人の母の中では抜群に料理上手なの。
お腹空いたなぁ、今夜のおかずは何だろう。
こんな話の通じない人にこれ以上振り回されるのは嫌だ。いくらイケメンでもね。
私は色気よりも食い気なのよ。
······今日はもう色々あって疲れてしまった。疲労感で思考が追いつかなくなっている。
そうではなくても、毎日通学するだけで様々な人の念や心の声を浴びてヘトヘトなのよ。
だから、さっさと終わりにしたい。
そんなに簡単に月へ行けるものなら、サッと行って戻ってくるわ。
私は亜月君に言われるまでもなく、水晶に浮き上がっている三角形を怯まずに眉間に押し当てた。
眉間が急に熱を帯びた。焼けるように熱い。
「わっ!」
驚いて額から水晶を引き離すと、先ほどの三角形は消えていた。
どうなっているの?
「準備はできたようですね」
私は急に眩暈がして倒れそうになったけれど、絶妙なタイミングで式神さんが支えてくれた。
「では行きましょう」
洞窟の一部分が眩く光っているのを見た後、私は意識を手放した。
式神さんて頼りになるなぁなんて思いながら。




