4.式神
「そうよ」
「何で討伐隊なんかに参加したんだ?」
あなたには1ミリも関係無いですけどね。答える義務も無いということがわからないのかな。
「やってみたかったからよ」
「巫女なんかが、討伐の役に立つのか?」
この人は私のチートを知らないからなのだろうけれど、巫女なんかという表現は失礼だ。
「巫女の祈りと浄化は役に立つのよ。その前に、どうして私が巫女だと知っているの?」
如月君は、藍染の作務衣の懐から写真を取り出して見せた。
袂がバッグ感覚、服と一体型でボディバッグよりも使えるという、上半身が着物風デザインの服は男女共にかなり人気なのよね。袂や懐に色々入れて持ち運べるから私も重宝している。控え目なボリュームのアラジンパンツは動き易くて体の線も拾わないから本当に楽。
その写真は私が黒髪のウィッグを被る前の、金髪にオッドアイのままの姿で手伝いをしていた頃、参拝客に請われて写真を一緒に撮ったものだった。
ネットにアップされていたのもあるから、知っている人は知っていても不思議ではない。
でも何でその写真を彼が持っているのか、兎に角気味が悪い。
如月君はなぜかドヤり顔でいる。
「これがどうかしたの?父は宮司だから家の手伝いをしただけよ」
「何で普段から黒髪にしないの?君は黒髪の方が似合うのに」
彼はそう言うともう一枚黒髪姿の写真も取り出して見せた。
うわあ、これは······本物のストーカーだ。ストーカーチックではなく、ほんまもん。
「金髪が私の地の色なのよ」
「嘘だ!」
「本当よ。私の家族に聞けばわかるわ」
このやり取りは不毛でしかない。
討伐隊で一緒だった伊織さんと豪さんはすんなり受け入れてくれたのに。
「む、昔は黒髪だったじゃないか!」
「それって、いつの話?」
この人、高校以前の私を知っているということなの?
ということは、ストーカー歴何年目?!
彼とは中学も高校も違うのに。
「高校受験の合格祈願で参拝した時に見たんだよ。君、その時から巫女をやってたよね?」
「······そんなに前から私のことを知っていたの?だったら、そう言ってくれればいいのに」
「そんなのストーカーみたいで言えるわけないだろう!」
言っても言わなくても、十分立派なストーカーですけどね。
推し活の人とストーカーの違いは、推しに要求したり詰め寄ったりするのかどうかなのでしょうね。自分の一方的な要望や要求を相手に飲ませようとするのはストーカーでしかない。
推しの自由を尊重せず、推しの恋愛を祝福や応援できないなんて、ひたすら迷惑なストーカーでしょ。
「僕を振ったのは、マタギの男と付き合っているからか?」
「そうじゃないわ」
「他に好きな男がいるって言ったじゃないか!」
それは交際を断るための方便、常套句というものよ。
相手に振られたら、もうそれ以上詮索しない、食い下がらないのが礼儀よね。
相手のことがいくら気になったとしても。失恋はそこを堪えなくちゃならないのよ。
そういう暗黙のルールを守らない人、脈なしの相手に距離感が保てない人は嫌悪されるだけだし、それではモテないわよね。
「そんなに声を張り上げないで」
通行人が私達をチラチラと振り返って行く。痴話喧嘩だと思われているのでしょうね。
「私の何もかもを教える義務はないし、あなたがそこまで知る権利はないでしょ。しつこく色々聞き出そうとするのはもう止めて」
立ち去ろうとした私に、彼は激怒して拳を振り上げた。
「うわあぁ」
如月君は瞬時に白い人形の影に羽交い締めにされて身動きできなくなった。
(······これって、伊織さんの?)
討伐が終わって解散する時に、乙女ちゃんは攻撃魔法が使えないから、御守り代わりのまじないをかけておくよって言っていた、アレね。
自分の思い通りにならないと暴力でねじ伏せようとする人が私は男女に関係なく一番嫌いだ。
暴力ではなくても、そういう狂暴な念をすぐ相手に飛ばす人も。
「ねえ、相手が思い通りにならないとすぐ手をあげるなんて、あなたって何様のつもりなの?」
どんな女子だって、怒り心頭でブチ切れることもあるのよ。
本気で女の子を怒らせたら怖いんだからね。女子を、舐めるな!
私が両手を腰に当てながら仁王立ちで如月君に凄んでいると、携帯電話が鳴った。
陰陽師の末裔の伊織さんからだった。
『やあ、式神が仕事したみたいだね。乙女ちゃん、何かあった?』
「伊織さん、お久しぶりです。おまじないのお陰で助かりました!」
画面越しに色白で細面の青年が伊達眼鏡を外して穏やかな笑みを漏らした。伊達眼鏡姿もなかなか格好いい。
私は通話画面をずらして、式神に拘束されている如月君を見せた。
『フッ、彼はおいたが過ぎたのかな?』
「ストーカーですよ。推し活なら見逃しましたけど」
『それじゃあ、豪に頼んで皮剥いで燻製にでもしてもらえば?』
如月君は式神に口を塞がれて涙目になっている。
「ええ~、誰が食べるんですか?激不味ですよきっと」
『うわあ、酷い言われよう。意外に乙女ちゃんはいけずだね』
「今私、彼に説教していたんですよ」
『ははははっ。君は鬼嫁か!』
式神が拘束を解いたのか、どさりという音がした。
如月君は思わず感心するほど綺麗なフォームで走り去っていった。
「その子は乙女ちゃんのものだから、自由に使っていいよ。ついでに名前も付けてやってね」
「いいんですか?ありがとうございます!」
伊織さんは婚約者と既に入籍を済ませていて年内の吉日に挙式するらしい。安倍川家はこれで安泰ね。
お相手の須磨子さんという古風な名前にシンパシーを激しく感じてしまう。いつかお会いしてみたい。
豪さんはお婆様が倒れて介護するために実家へ戻ったという。
後で大月君から頼まれた相談を兼ねて近況を聞いてみよう。
遠隔での治癒魔法というのはまだやったことがなかったけど、豪さんのお婆様に向けて、誰もいない駅のホームのベンチに腰掛けながら試してみることにした。できるだけ早い方がいいと思ったから。
治癒魔法の手応えは、目で見て確認するだけではないことがわかった。
多分お婆様は良くなると思う。
***
最寄駅で降りると、改札口の向こうで亜月君が立っていた。
今日はなんだか家へ帰るのが容易ではなさそうだ。
よろしく、式神さん。




