18.朏
父である朏奏太は、二度目の私を溺愛してくれている。過保護気味で心配になるくらいだ。
神道の家なのに、私を小学校から大学までエスカレーター式のミッションスクールに入れているのよ。
いいのそれで?
しかも中学からは女子だけになる。大学まで制服があるなんて徹底しているわね。
最寄のバス停から送迎バスが出ているので安心らしい。これは私に変な虫がつかないようにという対策なのだとか。
それを知った私は反抗心がムクムクと芽生えて来て、父の目を盗んで遊んでやる、グレてやる!なんて今から思っている。
ああ、早く大きくなりたいな。
淡い灰色に白い二本のライン、背中の両端にホワイトリリーの刺繍が施されたセーラー服は、意外に目立つ。夏服にも校章の百合がしっかりと刺繍されているから、どこの生徒なのかすぐにわかってしまう。これはプライバシーの侵害じゃないのかな?
なんだか知らない人からも監視されているみたいで嫌だな。
紺色の文字で学校名と校章が大きくプリントされたスクールバスを降りて、走り去るバスの中の同級生達に手を振った。
自宅へはここから徒歩八分位だ。
「乙女様、御注意を」
式神さんが本日二度目の注意を促したので身構えた。
「不埒者は誰であろうと容赦なく蹴散らしますので」
「うん、頼りにしているよ」
今世の私にはチートは無いから、護身術を習いたい。式神さんにではなくて、武道の道場に通いたい。空手とか少林寺拳法とかができたらいいのにな。
それには堅物の父を説得しなければ。
それに私は今世では月には行きたいと思わないの。アデュのことは全く関係なくて、月にはなるべく近寄りたくない。
今世は地球で誰かと結婚して子供を産んで地球で人生を終えたいと思っている。普通の人生、平凡大歓迎。
シュッ······
空を切る音が走った。
式神さんがもう仕事をしたのだろうか、横目で様子を窺ってみる。
バス停近くの駐輪場へなぎ倒された男性が約二名。
防犯カメラにもバッチリ映っていそうだ。
どうしてこういう人達はみんな黒ずくめなの?
見るからに怪しさ満点でしょ。
「乙女様、失礼いたします」
私は式神さんに抱き上げられて、そのまま自宅まで瞬間移動した。
今朝もだったから、今日だけで二回もあの人達はやって来た。何度来ても同じなのに。
「お帰りなさい」
一美さんが手製のおやつを用意してくれていた。
今日はわらび餅。これは父の好物でもある。本当に良い母、良い嫁だ。父にはもったいないような気がする。
「ママが作ってくれるものは全部美味しいね!」
「ふふ」
満足げな一美さんは両方の頬にエクボを浮かべた。私は一美さんのそんな顔がとっても好きで、見るとホッとする。
ママパパ呼びからまだ抜け出せていない。
いつお母さんお父さん呼びに変えて行こうかとタイミングを探っているけれど、なかなかやってこない。
結構これが照れ臭いのよね。
学校帰りに怪しい人達に近づいてこられたなんて、とても言えそうに無い。そんなことを言おうものなら、溺愛の父に監禁されちゃいそうだもの。
私って、なんだか今世も普通の子ではいれなさそうだ。
様子を見て、これからもしつこく来るなら警察に言おう。でも、月の王子の誘いを警察は咎めることはできるのかな?
本当にキサラギ殿下があの如月君の生まれ変わりならば、執念深そうだし。
転生したのに性格は変わらないの?
人は地球だけではなくて月にも転生するものなのね。それなら、火星とか金星とかへの転生もあるっていうことよね。
如月君みたいな人は、他所の星に出張って来てはダメでしょ?
月でずっと大人しくしていて欲しいわ。
「式神さんがいてくれて本当に助かるよ」
「お任せください」
***
スクールバスに乗車するために校門へ向かっていたら、同級生に私を呼んでいる人がいるから来て欲しいと言われてしまった。
嫌な予感しかしない。
昨日の今日なのに学校まで堂々と来るなんて。
その人は礼拝堂で待っているという。本人が学校の中にまで来るなんてあり得ないぐらい目立つのでは?
「それは、男の人?」
「ううん、女の人だよ」
「えっ?」
「サヨコ、ミカヅキサヨコと言えばわかるからって言ってたよ」
凄い美人だよと、同じクラスの小柄な少年は興奮気味に言った。
私が記憶している朏小夜子はそこまで美人ではなかったと思うけれど、男の子にはそう見えるのかな?
それよりも、あまりにも意外な相手の名前に、私は虚をつかれた。
父とはとっくに離婚しているのに朏姓を名乗るのは、私を呼び出しやすくするためなのだろうか。
そこに不快感を覚えた。
「······わかった、教えてくれてありがとう」
「じゃあ、ちゃんと行ってよ」
「う、うん······」
少年は噴水前で待たせていた友人の元へ足早に駆けていった。
──小夜子がどうして私に会いに来るの?
小夜子は今世では益荒男の母ではあるけれど、私の母ではないのだから、私のことは知らない筈だ。なぜ私に会いたがるの?
それとも、彼女は巻き戻した過去を覚えているのだろうか?
私は激しく動揺した。
自分にとって一美さんよりも小夜子の方が母として馴染んでいることを自覚している。
そのことを生母の一美さんに申し訳なく感じてもいたのだ。
そして私は、今世の小夜子に会ってみたい気がするのも本心だ。
それが例え誰かの罠であったとしても。
今彼女はどんな風なのだろうかという強い興味には抗えそうにない。
これは小夜子への愛情や愛着よりも、純粋な好奇心だ。
私は自分の好奇心が原因で身を滅ぼすタイプの人間なのかもしれない。
前回でも、迎えに来たアデュについていかなければ、元の朏乙女のままでいられたかもしれないのだから。
「サヨコに会うのですか?」
式神の三日月は良い顔をしない。そもそも三日月は小夜子とは面識はない。
「うん、ごめんね」
「······仕方ありませんね」
式神さんは珍しく、やれやれという表情をして溜め息までついた。
のっぺらぼうなのに本当に感情表現が豊かなのだ。
私は小夜子の待つ礼拝堂へ向かった。




