11.チートは月で花開く
ひよこ豆を食べるようになって、私はなんとか正気と元気を取り戻した。
アデュや式神さんがいなければ、発狂していたと思う。
あの花園の墓場にダイブして、微睡みながら死を待っただろう。
自分で育てたひよこ豆を食べるのが今の精神安定剤かつ強壮剤になっている。
食べ始めてから二日目、私が通って来たポータルに侵入者があった。
「地球や火星からでは無いようですね」
「それってどこの星?」
「不明です」
月ってこんなに狙われているの?
地球への足掛かりにはもってこいの位置にあるからかな?
アデュが侵入者を倒し、ポータルを塞いだ。
完全にこれでは籠城状態ね。
ゆっくり悩んでいる暇もないみたいだ。
四日目、全ての月面基地に、異常発生する植物爆弾をプレゼントした。
制御不能になって、一時的にでも撤退してくれるといいのだけど。
月へ来てから私のチートのパワーは格段にアップしている。
瞬間移動もできるようになった。
攻撃魔法を式神さんに教えてもらったのでそれも身についた。式神さんはとても優秀な先生だ。
喜ぶ、焦る、困るなど、のっぺらぼうなのにアンドロイドよりもずっと表情豊か。
「お見事です!」
「本当?嬉しい!」
攻撃魔法がきまると、なんだかちょっと、快感。
月周回衛星の機能も停止させた。
日本のもあったのだけど、この際止めさせてもらった。
ごめんなさい。
住人の許可や承諾も無しに、勝手にこういうものを頭上に設置されて監視されたら誰でも嫌よね?
それに人口衛星から月面への軍事的な攻撃も可能なのだから、これは兵器だ。
月面基地から船で皆さんが去るのを見届けて、シールドを張った。
七日目、私は月の王として、どのように月を守るのか、どうやって月の民を増やすのかを決めた。
月の未来を霊視してみると、なんとかなりそうだったから、このやり方を選ぶことにした。しかも、地球の疫病まで少しは防げるかもしれないなら、やるしかない。
「私にまだ話していない大切なこととか、隠していることはないの?私はあるわよ」
「······それは」
「私が話せば、あなたも教えてくれる?」
「承知しました」
アンドロイドにも寿命はある筈だ。
メンテナンスをすれば復活できるのかもしれないけれど、それができる人はここには誰もいない。
私のチートではこればかりは無理なのだ。
それでも私がこれからやろうとしている方法なら、アデュも助けることができるかもしれない。
「私は子供を作ることも産むこともできないの」
アデュは固まってしまった。想定外だったのでしょうね。
「だからね、月が疫病に感染していない過去、感染する前の月に戻そうと思っているの」
「!?」
アデュの瞳孔は開きっぱなしになっている。
「そこからやり直すの。巫女に降りる神託の内容を変えれば、月の民は滅びずに済むわ。地球人に無理矢理子を産ませる必要もなくなるし、王妃が次代の王を産むことができるのよ」
「ですが、それではあなたが存在しなくなってしまう!」
「······王の血を引いた朏乙女はいなくなる。でも、他の人の血を引いて私は産まれて来る筈よ。別の姿と別の名前で」
「······では、あなたと私は出会うこともなくなると?」
「世話人を押し付けられることもなくなるわ」
「私は······」
しょげているようなアデュの表情と一致した、「がっかりした」という心の動きが微かに伝わってきた。
アンドロイドの感情は育つらしいけれど、アデュにも表面的な擬態ではない、本物の感情が芽生えているのかもしれない。
「これで全部話したわ。今度はあなたが教えてくれる?」
アデュは頷いた。
「私は、もうすぐ機能停止するかもしれません。私は旧型で廃盤ですから、それで終わりなのです」
「······やっぱりそうなのね」
「伝えずにいて申し訳ありませんでした」
キーⅢ型が製造されてから二百年が過ぎている。後継型のキーⅣ、Ⅴは百年前と五十年前に造られたけれど、先の戦争で最前線に全て送られてもう残っていない。
「いいのよ、社畜並みの働きだもの。あなたを少しでも休ませるためにも、私は決行するわよ」
「······しゃちくとは?」
「働き過ぎの人のことよ。もうヘトヘトでしょ?兵士以外のことまで一人でやらされているんだもの」
「確かにヘトヘトではありますが」
月では社畜という概念はないのね。でも、ヘトヘトという表現は通じるみたいで笑ってしまった。
「私はまたいつか月に戻って来るわ。だからあなたは、それまで絶対に生き残って長生きしてね」
「どの程度延長すれば良いのでしょう?」
「それはあなたが生きたい長さで決めて」
「······私がですか?」
アンドロイドには自我が無いのかな?アデュは困惑したようだ。
「そうよ。あなたが決めるの」
***
猫の爪のような形の刺を持つ自生植物がある。その免疫力を上げる効果を最大限に高めるようにチートで改良した。
月の人はこれをお茶や料理に使うらしい。
黄色い花弁を持つ可愛らしい花で、私が感染した時、アデュが飲ませてくれた薬茶もこの植物の根だった。
「これって、地球にあるキャッツ·クローにそっくり!」
「キャッツ?」
「猫のことよ」
「ねこ?」
月には猫はいないそうだ。地球程には動植物の種類は豊富ではないらしい。
「地球が他の星から狙われる、あるいは興味を持たれるのは、動植物の種類の豊富さではないでしょうか」
「そうなの?地球人自体にはあまり興味無いのかな?あははっ」
「見たこともない動植物を見ることができる地球は、私にとっても刺激的な星です」
「刺激的?!」
アデュは「はい」と静かに笑った。
それから、火星人には毒になる草が月にはあるらしくて、それも効果を最大限にチートでアップしておいた。
吹けば飛ぶようなほんの小さな種が育って
人の命を助けることになったり、人知れず外敵から護ってくれることもあるなんて素敵なことじゃないかな。
ことの次第と必要な情報を水晶に記録した。水晶に新しい三角の模様ができた。
レコードキーパーというクリスタルは、過去に起きた全てを記録する図書館のようなもの。時間を戻す前のこと、戻したという事実も消えずに全て記録される。
『どうやら、策は見つけられたようじゃな』
「はい。お話しさせていただいた通りでお願いいたします」
『本当にそれで良いのか?』
「はい、後悔はありません」
月の神に時を戻す承諾を得た。
戻した後に神殿の巫女に降ろすであろう神託の内容に入れて欲しいことなども頼んだ。
感染予防と防衛対策などだ。
チートで免疫を高めた植物が時を戻しても効果を発揮できるようにもしてもらった。
『あいわかった。礼を申す』
「せっかく産み落として下さったのに、申し訳ありませんでした」
私は力不足で王の座から自ら降りて、地球へ逃げ帰るようなものだからだ。
情けないけれど、時を戻すしか最善策がなかったのだ。
『良い。いつかまた会おうぞ、我が月の娘』
「はい」
月の神は私ことオットメーの願いを聞き入れた。
そして月の神によって、月の時は戻された。




