6.リーミアの城へ
再び光が晶人の前に現れる。もういつものことだ。
「どんどん、ここが恐くなる。早く助けて、晶人・・」
「教えてくれよ、君は誰なんだ。もしかして、・・リーミア?」
「助けて、晶人。嫌だ、恐いよ、助けて!」
「わかっている。助けるよ。だから、せめて君がどこにいるのかを教えてくれ!」
しかし光は静かに遠ざかっていった。
日が昇る。
彼らはやはり朝が早い。晶人が起きることと出発することはほとんど同じ意味になっていた。
晶人の手はもう完全に治っていた。肌の色も爪の形もほくろの位置でさえも、もとの自分の腕である。違うのはおそらく性質だけだろう。
晶人がこの町を出る時は例の雑音は聞こえなかった。
今日は何事もなくリーミアの町に着けそうな雰囲気だった。
そして、事実、昼前に彼らは最後の境界の見える位置までやってきた。
「今回の境界はわかりやすいな」
〈リーミアの町は城壁に囲まれている。そして町の約半分がリーミアの城だ〉
「とにかくばかでかいわけだ」
メイグの言うとおり、見える限りの視界に城壁が広がっており、まっすぐ前に開いたままの城門が見える。
まだ皆の歩みは今までと変わっていなかった。境界はあの城壁にあるのだろう。
「行くしかないね」
晶人は先に進んだ。
近づいてよく観察すると、城壁の厚さは人間が四、五人並べるほどもあり、門には扉がついていなかった。
門の中は砂漠ではなく、樹木が茂っている。まるで違う世界のようだ。
「ここからがリーミアの町か。だったら、この景色はリーミアの趣味なのかな」
怪人達は今、晶人のすぐ後ろにいた。厳しい顔で門を見ている。
「ちっ、門をくぐる気にならねぇ」
グラッズがつぶやく。おそらくそうだろう。これがここの境界なのだ。晶人にも先ほど自分を拒絶する意志のようなものが感じられた。
「一人一人俺が中に連れていくよ。この腕だったら、多少抵抗されてもちぎられないだろうしね」
晶人は軽く自分の腕を叩いた。
確かに晶人の腕の能力は普通ではない。力ではなく、腕の生命力が人間離れしている。
「先に私を中に入れろ」
サモールがぼそっと呟く。
「?」
いきなりの命令口調に晶人は首を傾げた。するとメイグがすぐに言葉を足してくれた。
〈中に敵がいるようだ。入ればすぐに攻撃をしかけてくるだろう〉
「門番・・か」
当然いてもおかしくはない。ここは世界の王がいる場所である。
「しかし、よくわかったね」
晶人が素直に感心すると、またサモールがぼそりと言った。
「私は目が利く」
〈私は脳波の数で他人を確認できる〉
するとグラッズも負けじと続けた。
「なるほど、言われてみればそんな臭いもするな・・」
エレサとフリーミーはノーコメントらしい。彼女達の能力では敵を察知することはできないのだろう。
「OK。じゃあサモール、君を先に中に入れるよ」
晶人はサモールの後ろに回ってその背を押し始めた。
始めのうちはよかったが、門の前でサモールの足は止まってしまう。
「サモール?」
「・・わかっている」
めずらしくサモールは苦しげにうめいた。それでも一歩一歩中に入っていく。
だがサモールでさえこれならば、他の怪人達を中に入れることには、かなり苦労するだろう。
なんとかサモールに門を越えさせると、晶人はすぐにきびすを返した。
その途端、サモールは晶人に飛びかかった。
完全に後ろを向いていたので晶人はそのことに全く気づかない。
強烈な力を後ろに感じ、晶人はそのまま押し倒されたが、まだ自分の身に何が起こったのか理解できなかった。
慌てて振り返ると、サモールが上に被さっている。晶人は理解した。自分の周りにたくさんの槍が突き刺さっていたのである。
「早く皆を連れてこい」
サモールは次の瞬間には立ち上がり、大きな翼を羽ばたかせて飛び上がった。
晶人も全力で逃げ出す。
晶人が門から走って出てくると、皆が門の前に集まっていた。
「早く戦いたいよ。次は私を中に連れていって!」
エレサが叫んだ。それは皆も同じらしく、今まで見たことがないほど目が輝いている。あのフリーミーですら口元に笑みを浮かべているのだ。彼らの興奮は《戦う場所》の時以上だった。
門の中ではサモールが飛び回って惨たらしい殺戮を行っている。敵の数はかなり多いようだが、それでもサモールの強さは圧倒的だった。
手足の爪で頭を握りつぶし、翼で胴を切断する。
敵は全て同じ形態をしており、大きな鳥を擬人化したような姿だった。くちばしから槍のようなものを飛ばすのが特徴らしい。威力もかなり強そうだ。もっともサモールを突き刺せるほどではないようで、サモールを傷つけている槍は一つもなかった。
晶人は皆の方を振り返った。
「エレサとフリーミーは後回し。境界に堪えるのが苦手だろ。次はグラッズだ」
「・・」
二人は黙り込む。対照的にグラッズはにやりと笑った。
「おう。早いとこ頼むぜ、あのままじゃサモールがバーズロア達を全滅させちまう」
「俺はそれで一向に構わないんだが・・」
晶人は呟いて、一瞬何か頭に引っかかるものを感じた。
晶人は気を取り直してグラッズの後ろに回り、背を押し始めた。
グラッズに門を越えさせるのはかなり時間がかかってしまった。
いざ境界に触れるとグラッズの体は動くのを止めてしまう。無理に腕を引っ張ろうとすると、腕だけが伸びて足が進まない。
「やっかいな・・」
背中を押していてもグラッズの体はスポンジのように柔らかく、なかなかうまくはいかなかった。
「苦労かけたな」
しかし中に入った途端グラッズは生き生きとして木々の中に飛び込んでいった。
晶人はまた門に戻る。するとエレサが晶人をにらんでいた。
「アキヒト、早くしてよ。戦いが終わっちゃうでしょ。ここのところ私は満足に戦っていないんだ。我慢できない!」
「アキヒト様、お願いします」
フリーミーも悲鳴を上げるように言う。
「メイグは?」
〈もう戦いには間に合わないだろう。サモールとグラッズの暴れ方からすれば、バーズロア達は全滅だ。ただ、中に連れていくのなら私からの方がいい。君も言ったように、エレサやフリーミーはリーミアの境界に弱い〉
晶人はほんのわずか考えて答えた。
「じゃあそうしよう」
「アキヒトぉー・・」
「そんな、アキヒト様・・」
二人の恨めしそうな顔を見ないように、晶人はメイグを中に連れていった。
メイグを中に入れたところで、サモールとグラッズが森から戻ってきた。
「畜生、もっと早く着いてれば・・」
不服そうなグラッズに対し、サモールは無表情のままだった。
〈後二匹いるようだ。それは私がやろう〉
その途端二匹のバーズロアが現れ、お互いに槍を打ち合って共に散った。
「脳波で操ったってことかな・・」
落ちてくるバーズロアを見て晶人は呟いた。
〈そうなる。あの程度の相手なら十人単位で操ることができる〉
「それより、早く連れてこないとあの二人が怒るんじゃないか、アキヒト」
「そうだった」
グラッズの言葉に晶人は慌てて走りだした。
リーミアの町に入り、晶人達は森の中を黙々と進んだ。
晶人はひりひり痛む両腕を見ながら呟く。
「お前らわざとやんなかったか?」
晶人の右手は凍り付いており、左手は黒こげになっていた。以前ならまた両腕を失っているほどの怪我である。しかし痛みは少ないし、すぐに回復する気もする。
その張本人達は晶人を全く無視している。
晶人は肩をすくませ、メイグに話しかけた。
「そうそう、メイグ、一つ聞きたいと思っていたことがあるんだ。さっき襲ってきた奴等はやっぱり『壊す者』なのか? 街にいた奴らと様子が違うんだが」
〈もちろん彼らは『壊す者』だ。しかし、我々のような『街の者』達とは異なっている。この世界の地理については教えただろう。ここにはたくさんの町がある。そしてどの町でもリーミアのルールに従って『壊す者』と『作る者』が生きている。だがこの町はリーミアの町だ。ここに住む『作る者』や『壊す者』達はリーミアの意志のままに動く。いわばリーミアの手足なのだ〉
晶人は眉を寄せる。そうすると攻撃されたのは、リーミアが晶人がここに来ることを拒んでいることとなる。しかし晶人はそう思っていなかった。リーミアがどんな姿をし、どんな能力を持っているのかは全くわからない。ただリーミアこそ、自分をここに招いた「光の女」なのではないかと半ば願望混じりに思っていた。
彼女は「助けて」と言った。それならば、こうして自分達を攻撃してくるなど奇妙な話だろう。やはり、リーミアと「光の女」は別人なのだろうか。夢の中でもはっきりしたことは聞き出せなかった。
「俺が気になったのはそこじゃなくて、全員同じ姿をしていたことなんだけど」
晶人はつぶやく。本当に気になったのはそちらの方だ。街の怪人達に同じ姿をしたものはなかった。彼らは明らかに異質だ。
「まぁ、バーズロア程度の奴なら、いくら束になって来ようが関係ないけどな」
そのグラッズの言葉に晶人ははっとして顔を上げた。
頭に引っかかっていた疑問を思い出したのである。
「おいグラッズ、どうして敵の名前がわかったんだ。前に会ったことがあるのか?」
グラッズが不思議そうな顔をする。
「何言っているんだ。お前が教えたんだろ。・・いや違った。教えたのは『アキート』の方だ」
「アキートが?」
「ああ、二回目の接触の時、リーミアの手足になっている可能性のある奴等とその特徴を教えてくれたんだ。メイグが言ったように、ここに特別な『壊す者』がいることは知っていたが、どんな奴がいるのかは知らなかったからな」
グラッズは事無げに言う。
晶人は首を傾げた。
「どうしてアキートはそんなこと知っているんだ?」
「さぁ」
「知っていたらおかしいの? もともと先導者なんだから、それくらいわかっていてもおかしくは無いじゃない」
そんなわけがない。それならば今まで考えていた『アキート』像は大きく変わる。
「アキートは始めの接触の時、自分が無知だと言ったんだろ。どうして無知な奴がリーミアの町について詳しい?」
皆が立ち止まって晶人を見た。
〈なるほど、確かにおかしいな。しかしバーズロア達についてのアキートの情報は正確だった〉
晶人も立ち止まって考え始めた。
やがてサモールが口を開いた。
「止めよう」
そして歩きだす。
「考えていても仕方ねぇな」
グラッズも続いた。
晶人も二人の後にについて道を進み始めた。
それから日が傾いてくるまでは何事も起こらなかった。途中で休みは取らなかったが、晶人は歩きながら前の町から持ってきた携帯食をかじっていた。
晶人が敵の攻撃がないことに安心し始めた途端、メイグが警告を発した。
〈敵が近づいてきているようだ。カラウドだろう〉
晶人は苦い顔をする。やはりリーミアは晶人達を歓迎してくれないようだ。もっとも晶人達を歓迎していてくれるのなら、あの『境界』というルールもとうに解いてくれていたはずだが。
「やっと暴れられるんだね!」
エレサが歓喜の声を上げる。
「森が邪魔だな。まとまっていてはやりにくいぜ、離れて戦おう」
晶人はそれを聞いて慌てて皆に注意する。
「せめて一人は俺を守ってくれよ」
「ご安心下さい。わたくしが全力でお守りいたします」
すかさずフリーミーは晶人の横に立った。
「余計なことしなくていいよ、フリーミー。アキヒトは私が守るから」
「あなたこそ。あなたのようなお弱い方にアキヒト様はおまかせできません」
「何ぃ! 私が弱いだって!」
途端に二人の言い争いが始まる。
「おい、後ろ!」
晶人は動く物に気づいて叫んだ。
瞬間エレサの電撃とフリーミーの冷気が飛ぶ。一匹のカラウドは首を飛ばされ、胴を氷付けにされた。
カラウドは小柄でサルのような体をしていた。手は鉤爪になっており、木の中は動きやすいようだ。頭はリスを思わせる。
二人は軽く笑んで晶人を囲むと、次の攻撃を待った。
「・・。次がいらっしゃいませんね」
「・・うん」
それ以来カラウドの姿は現れなかった。代わりにサモールを始めとする三人の怪人達が帰ってきた。
「何? もしかしてもう終わったの?」
「当然だ。奴等ごときに手こずってはいられない。それよりお前達は何をしていたんだ」
二人は口を尖らせた。
「まだ、全然戦っていないのに・・」
「少しくらい、こちらに回して下さってもよろしかったのですけれど」
「・・まぁ、リーミアの攻撃はこれからも続くさ。戦う機会はあるよ」
晶人は二人をなぐさめ、歩き出した。
晶人はここでも不自然さを感じた。
前のバーズロアも今回のカラウドも、その数は一匹や二匹じゃない。それなのにものの数分でこの怪人達は全滅させてしまっているのである。
あまりにも力の差がありすぎるではないか。
晶人は自分の知らない謎がまだ多くあることに不安を感じていた。
それから日が暮れるまで彼らは歩き続けたが、もう敵の攻撃はなかった。
ちょうど森は終わり、先は広い砂漠のようになっていた。そのはるか奥に高い建物が揺らいで見える。
「あれがリーミアの城かな?」
「そうだろうな」
グラッズが相づちを打つ。
「そしてあの一番てっぺんにリーミアの奴がいやがる」
「じゃあ今日はここで野宿だ。もう日が暮れるよ」
そう言って晶人は手近な木の根に腰を下ろした。
「ええっ! こんな目の前まで来て!」
「まぁ、お前が疲れやすい奴だってことは知っているがな」
エレサとグラッズが口々に言うが、晶人は取り合わない。
「どうせ明日中に片が付くんだ。今日は休んだ方がいい」
〈またカラウドやバーズロアが現れるかも知れない。アキヒトは仕方がないとしても、我々は起きていた方がいいだろう〉
「当然だな。今寝る気にはならないぜ」
「そうか、そうすれば私も戦えるね」
晶人はうるさそうに呟いた。
「勝手にしてくれ。とにかく俺は休むよ。へとへとで動けないから」
晶人は目を閉じた。
しかし晶人は眠ったわけではなかった。とうに歩き疲れることには慣れている。そもそも考えることが多すぎて寝られないのだ。疑問が日毎に増えていく。
リーミアと「光の女」との間にはなんの関係もないのだろうか?
「光の女」は晶人に助けを求めている。もし彼女達が同一人物だとしたら、晶人はリーミアを助けるためにリーミアの許に向かっていることになるだろう。
しかしそれでいて、リーミアは執拗に晶人達の行動を妨げようとしている。これは怪人達にはここに来て欲しくないと言うことを示しているのだろうか。ならば晶人はこのとてつもなく強い怪人達からリーミアを守るために、この世界に呼ばれたのか?
それはおかしい。もしこの怪人達から自分を守るため晶人を呼んだのなら、なぜもっと強い奴のいる世界から呼ばなかったのか。晶人は明らかに弱い。とても他の怪人達からリーミアを守れない。
もしかすると晶人の世界、つまり地球上の日本という国からしか人を呼べなかったのかも知れない。
だがそれならば、わざわざよそから人を呼ぶ必要はないではないか。強いかどうかわからない者を呼び寄せるよりも、この世界にいる強い者を使った方がいい。その為のリーミアのルールではないのか。
ではなぜだろう。やはりアキートなる人物に関係があるのだろうか。アキートが来てしまうとリーミアのルールで怪人達を縛っていられなくなるのかも知れない。その為にアキートとアキヒトを取り替えた。しかしそのアキヒトが怪人達をここに連れてきてしまってはどうにもならない。
「始めにアキートのことがあって、それを妨げるために俺を呼んだのか? だったら夢の中で俺に『早く助けに来て』なんて言うわけがないな・・。じゃあ始めから俺を呼ぶつもりでいて、アキートのことがあったからやむを得ず俺を身代わりにしたのか? だけどそもそもリーミアのルールのせいで怪人達は行動に移れなかったわけだし、わざわざ俺に助けを求めなくても自分は守られている・・」
いつの間にか晶人は眠っていたらしかった。
ちょうど晶人が眠りに落ちた時、またメイグは怪人達にだけ聞こえる声で呟いた。
〈アキヒトは眠った。敵も近くにはいない〉
「いよいよ目の前か。早く行きたいぜ」
「じゃあ、先に行ったら?」
エレサが冷たく言う。当然行けるわけがない。境界だけの話ではなく、先導者がいないこと自体が、先に進むことをためらわせるのである。
〈皆に確認しておきたいことがある。それは我々の目的とアキヒトの目的が異なっているということだ。我々はリーミアを倒すために行くが、アキヒトはリーミアに出会いに行く。もしかするとその結果、我々はアキヒトと敵対しなくてはならなくなるかも知れない。特にエレサとグラッズ。君達はアキヒトに対する思い入れが強すぎる。アキヒトは先導者であり我々のリーダーだが、決して目的を共にする味方ではない〉
「俺の目的はあくまでリーミアの抹殺だ。それ以外じゃねぇ。それに万が一アキヒトが俺達に敵対したとして、奴に何ができる。アキヒトが俺達より強いなんて事はないだろ」
いきなりサモールが立ち上がり、どこかに行こうとした。
「お前はどう思うんだ、サモール」
「わからん」
「そうかい。そうだろうな」
そのままサモールは森の中に消えていった。おそらく見回りのつもりなのだろう。皆も何も言わなかった。
「アキヒトは私達の敵にはならない。私は信じてる」
「そうですわ。アキヒト様はそれほど愚かな方ではないはずです。わたくし達と敵対しても意味がないことくらいご存じでしょう」
誰にともなく二人が呟いた。しかしグラッズはまっすぐメイグを見たまま答えた。
「信じる必要はないんだよ。こいつは喧嘩を止めさせるために命まで投げ出すようなバカだ。いざというときに俺達の敵に回っても不思議はないさ。問題は俺達がそのときアキヒトをどうするかだ。違うか、メイグ」
〈・・彼の心を読むことは、私にとって恐怖だ。アキヒトは私に心を読まれていることを知りながら、かなり危険なことを考えている。アキヒトは我々の敵になるかも知れない。しかしアキヒトが我々に与えている影響は大きい。それがどういうことになるのか、私にはわからない〉
また声が頭に響いてくる。そしてまぶしい光も感じる。眠った時に限ってこれが感じられるが、きっとこれは夢ではないだろう。テレパシーのようなものに違いない。
「晶人・・」
「『助けて』はもういい! そろそろはっきり聞かせてくれ。君はどこの誰で、俺に何をさせようとしている!」
「ここは寂しくて、恐い。もう堪えられないよ。助けに来て、まだ遠いよ」
「じゃあ俺はどうすればいい。どうすれば君を助けられる? その『恐い』って奴を退治すればいいのか?」
「ずっと、ずっと遠いよ。どうしてそんな所にいるの? 早く、早くここから助けて・・、晶人」
「遠い? せめて、君の名前くらいは教えてくれ」
「あたしの名前? みんなあたしを何て呼んでいるの? わからない。あたしは誰?」
「?」
次の日の朝。
短い砂漠が六人を待ちかまえて広がっていた。
昨夜は敵の攻撃がなかったという。理由はわからない。ただ怪人達は昼夜の区別を付けていないようなので、「襲ってくるなら夜」という晶人の常識は関係ないのかも知れない。
〈昨夜とは大きく違っている。かなりの数の敵が辺りに隠れている〉
砂漠に入ろうとする晶人にメイグが注意を与えた。
「そんなにいるのか?」
〈とてつもなく多い。それでも我々は行かねばならない〉
それを聞いてエレサやフリーミーは歓喜の声を上げた。
「やっと暴れられる!」
「楽しみですわね」
「さーて、じゃあ行こうぜ、アキヒト」
グラッズも楽しそうだった。今更ながら彼らの闘争本能に感心する。
晶人は合図して歩き出した。
上り始めた太陽が六人を照らしている。
相変わらず天気はいい。しかし暑くはならないだろう。いつもそうだった。
緊張して進んでいたが、砂漠の中程までは何事も起こらなかった。
晶人はどうも罠に追い詰められているような気がして気持ち悪かった。
先頭を進むサモールが立ち止まり、後方を見た。
「来たようだ」
見ると後方の森から黒い陰が無数に近づいてきている。翼を持つ怪人、バーズロア達である。また、それ以外の鳥人もいるようだった。色が違う。
再び前を見ると、前からも何か跳ねるものが接近してきていた。
〈もっと近くにもいる〉
メイグが言った途端、砂漠の中からクワガタ虫の顎のはさみのようなものが飛び出した。
グラッズが微笑んだ。
「なるほど。今回は俺がアキヒトを守ろう。下が砂だと動きにくいんだ。この場で戦っていた方がいい」
「そう、だったら今回は譲る。戦いたくてしょうがないの」
「わたくしも動くのは苦手です。この場で戦いましょう」
サモールが合図した。
「行くぞ」
しかしすぐに晶人は口を挟んだ。
「待てよ。その計画じゃダメだ。こいつらをいちいち相手にしたらきりがないぜ。今日中に城に着けなくなる。戦いたいのかも知れないけど、今回はむしろ城につくことを優先しよう。殺すのは邪魔になる奴だけでいい」
「でも・・」
皆は不満そうな顔をした。しかし晶人に意見を変える気はない。
「行こう」
晶人は走り出す。他の怪人達も慌ててついてきた。
晶人だって考えている。
自分は流れ弾一つであっさり命を失うほどにもろい。だからこそ、立ち止まったままでいるわけにはいかないのだ。
晶人達はすぐに前から跳ねてくる怪人達と接触した。
彼らはまるで人とノミを合わせたような形態をしていたが、体色は真っ黒だった。口から真っ黒な液体をよだれのように垂らしており、見るからに毒っぽい。
グラッズが晶人の前に回り、腕を伸ばした。そして彼らの体を貫いていく。手はもう甲羅で覆われたドリルになっていた。
「後ろはまかせたぜ、サモール!」
グラッズが叫ぶ。
晶人がちらりと振り返ると、サモールはバーズロア達と空中戦をしていた。メイグもその後ろに浮かんでもう一種類の鳥人達と戦っている。
「トライオムが追いついてきたよ。こいつらはまかせて」
頭がクワガタ虫の怪人達がすぐ横まで来ていた。砂漠なのだから、クワガタ虫というよりもアリジゴクだろうか。そいつらは砂漠の中を泳ぐように動く。半身は砂に埋まっているが、クワガタ虫頭とサソリのような尻尾だけは表に出ていた。
エレサはそいつらのまとまっている場所に大きな電撃を放った。数匹のトライオムが体をバラバラにされて吹っ飛んだ。辺りに赤褐色の甲羅が散らばる。
「エレサ、前に来てくれ! こう多くちゃ、アキヒトを守りきれない」
「ダメだよ、そしたらトライオムを倒せないもん!」
「フリーミーがいるだろ!」
「それがダメなんだ!」
晶人はまたちらりと後ろを見てみた。
どうやらフリーミーは一人遅れているようだ。ちょうどその上空でサモールとメイグが戦っている。
なぜ遅れているかのは、晶人にもすぐわかった。
走れないのだ。着ているものは裾が下に付くほどの服である。エレサのコートでさえそう走りやすい物ではないのだから、あれで走れるわけがない。それでも身の回りの敵はことごとく退治しているようだ。
「何やってるのさ、フリーミー! 早く来なさい!」
エレサが大声で怒鳴った。しとやかに走っていたフリーミーは少し顔をしかめる。
「仕方がないですね」
フリーミーは自分の着物の襟首をつかんで引っ張った。
そうするとフリーミーの和服のような着物がするりと脱げ、服は透明な剣に変わった。
フリーミーは真っ白な肌に青白い水着のようなものを着けただけの姿になって走った。
すぐにエレサや晶人の所まで追いつく。
「何で始めからそうしなかったの!」
「この程度のお相手にこの姿を用いては、矜( きょう)持を損ないますわ」
言いながらフリーミーは剣を振り回した。そうすると当たってもいないのにトライオムの体は凍り付き、砕けた。
エレサはすぐに前に回って、前から跳ねてくるノミ怪人を攻撃し始めた。
そろそろ、晶人の体力も限界に近い。
砂漠は走るだけで体力を消耗する。それなのに、いきなり休みなしの全力疾走である。晶人は後少しと自分に言い聞かせながら、懸命に走った。
四人は城の前までやってきた。
要塞のような城。真っ黒で強固な印象を持つ砦。正面には人の三倍以上もある大きな扉が開いており、そこからノミ怪人は出てきていた。
四人が入り口に近づいたところで、前のエレサとグラッズの足が止まった。
「どしうた?」
二人を抜かしそうになって、慌てて晶人も立ち止まる。
「ここもだ。これ以上進めない」
グラッズが苦しそうに言う。今回は晶人は気づかなかったが、やはり境界なのだろう。
「またリーミアが拒絶してるってことだな」
「どうなさいますの? やはり敵のお方達を全て破壊するしかありませんわね」
サモールとメイグも戻ってきた。
「次々と出てくる。きりがない」
グラッズが叫んだ。
「越えようぜ。足止めなんて食っていられないんだ」
晶人もうなずき、指示を出す。
「サモール、メイグ、後ろを頼む。エレサ、フリーミー、両サイドで援護攻撃してくれ。まずグラッズを中に入れる」
そして晶人はグラッズの背を押した。
エレサとフリーミーはそれぞれ電撃や冷気を飛ばしてノミ怪人を倒していく。グラッズも手を伸ばして前方の敵を倒しているらしい。
かなり時間はかかったが、なんとかグラッズを城の中に押し込む事ができた。
エレサとフリーミーが遠距離から守ってくれているおかげで、晶人は無傷だった。
晶人が急いで戻ろうとすると、突然前方の戦いの音が止んだ。
「どうしたんだ?」
グラッズが振り返った。
「トゥオノ達が出てこなくなったんだ」
どうやらあのノミ怪人のことらしい。
「無事みたいね」
晶人の後ろでも声がした。不思議なことにサモール達も入ってきている。
「どうして入ってこれた?」
〈わからない。ただ、いきなりバーズロアやアロシッドやトライオムが出てこなくなり、ここの境界もなくなった〉
晶人は軽く微笑む。
「つまりリーミアが俺達を中に招いたって事か。これですんなり自分の所まで案内してくれるならありがたいんだけど」
晶人は全員が城の中に入っていることを確認した。フリーミーはもういつもの服装に戻っている。皆も疲れはないようだった。敵が多いといっても力の差がありすぎる。疲れるほどの相手ではなかったのだろう。
「取りあえずどっちに行くの?」
エレサが言った。
晶人は休みたいような気がしたが、さすがに今言える雰囲気ではない。
諦めて前を見ると、今自分達は左右と前に伸びた廊下の真ん中にいる。廊下は広く、人四、五人が並んで歩けるほどあった。
晶人は左右を見比べて口を開いた。
「進まなくちゃどうしようもないよな。そう・・まっすぐ進もう」
城の一階の廊下は複雑だった。行き止まりもたくさんあり、枝道も多い。印を付けながら歩いてはいるが、いつの間にか元の道に戻ってしまうことも多かった。
しばらく歩いてまた行き止まりの壁に来ると、晶人はその場に腰を下ろした。
「ごめん、少し休もう。俺歩けないよ」
晶人の言葉に皆も腰を下ろす。
「何だか面倒くさい所だね、ここ。行ったり来たりでさ」
エレサが素直な感想を言った。グラッズも何だかいらいらしているようだ。
「どうするんだアキヒト。先に進めないぞ」
しかし晶人は何も答えずに携帯食を食べて休んだ。こちらに来てから運動不足を感じることが多い、皆の足を引っ張らないように今はできるだけ休んでおく必要がある。
ややあって晶人はやっと口を開いた。
「どうやらここは迷宮仕掛けなんだな。入ってすぐ廊下なんておかしいとは思っていたんだ。普通、こういう建物なら入ってすぐ広間になっているだろう」
晶人は壁をとんとんと叩いてみた。材質は町で見た建物の壁と変わらないようだ。あのコンクリートのような壁である。
「また歩くのか?」
サモールが呟いた。
「この壁は壊れないかな?」
晶人の言葉にグラッズの目が輝く。
「壊すのか?」
「このまま迷宮に入り続けているのもしゃくだよ。前に言ってただろ、この町はリーミアのものだって。それならこの迷宮は簡単に越えられない。リーミアがそうしているんだからね。だったら暴れ回った方がいいじゃないか。リーミアの気が変わるかも知れないよ」
「なるほど、そうかも知れねぇ」
グラッズが手首の甲羅を手のひらにかぶせてドリルにした。
その瞬間、サモールが無造作に壁を殴った。その壁は崩れて大きな穴が開く。
「サモール・・」
グラッズが不満の声を上げる。
しかしサモールは無言でその壁の向こうに目を馳せた。
そこには上りの階段が見えていた。
二階もやはり長くうねった廊下が続いていた。たまに壁を破ってはみるが、都合よく階段があるわけではない。
しばらく道沿いに進んでいると、いきなり前方に青い水たまりが見えてきた。
「敵だ」
「敵? あれが」
晶人が聞き返す。
「ブルラウルだそうだ。そのうち正体を現すだろうぜ。しかしこれはやっかいだな」
水たまりはどんどん近づいてきているようだった。
よく見るとあれは水ではない。もっと粘性の高い液体のようだ。一つ一つはそれほど大きくないが、数がかなりある。
晶人達が近づくとその水たまりの中から骸骨の上半身が現れた。これが正体ということらしい。
途端に場の気温がぐっと下がる。
「フリーミー?」
思わず晶人は振り返る。
「わたくしではありません。液体群族ブルラウルです。彼らはこの冷気を武器にしているそうです。一人一人ではわたくしのものに遠く及びませんが、これだけの数になりますとなかなかやっかいですね」
「やっかいなのはこんな寒さじゃねぇよ」
そしてグラッズは手を伸ばしてブルラウルの骸骨を砕いた。それきりその水たまりは動かなくなる。
「殺すのは簡単だ。が、あのブルラウルの足はどうしても残っちまう。あれに触れればアキヒトはきっと生きていられないぜ」
エレサが手を叩く。
「なるほど、確か死んでも残るって言ってたっけ。全然気にしてなかった。でも取りあえず全部殺すよ」
言った途端、電撃が廊下中を駆けめぐった。骸骨の上半身は全て破壊し尽くされ、後には粘性の水たまりのみが残る。
「おみごと。あとは越えるだけだな」
するとサモールが晶人を抱き上げた。
「やっかいなのはアキヒトだけだものね。サモールに運んでもらえばいいんだ」
「サンキュー、サモール。・・だけどブルラウルだけの罠とは思えないな」
晶人は考えこんだ。
「どういうこと?」
「いや、ちょっと安易すぎると思ってね、罠にしては。とにかく進むだけは進もう」
皆はうなずいて進み始めた。
エレサは宙に浮いてメイグと共に空中を進み、フリーミーとサモールはただ平然と歩いていく。
その水は触れた者を凍り付かせるようだが、フリーミーはもともと平気のようだし、サモールは多少凍り付いても気にしない。
グラッズは足の甲羅で足首を包み、ドリル足にして歩き出した。そうすると水に触れる部分が小さくなるのである。
廊下の中程まで来ると、皆の足が止まった。「どうしよう、アキヒト・・」
先に進んでいたエレサが振り返る。すぐにグラッズが追いついてきた。
「どうかしたのか? ・・これは」
二人の反応を見て晶人はうなずいた。
「そうか、リーミアの境界だね。この辺りに境界を作ったんだ。ブルラウル達をここに置いたのは俺を歩けないようにするためか」
晶人は感心する。一階の迷宮といい、今回の罠といい、以外とリーミアも考えている。
「それよりどうする。俺達はこれ以上進めないぜ」
「かなり強い境界なのか?」
〈いや、この城の入り口ほどじゃないようだ。せいぜい二つ目の町境くらいだろう〉
晶人は少し考えてから口を開く。
「そうか、じゃあ俺の背中のカバンからロープを取ってくれ。それで俺が引っ張るよ。ブルラウルの水たまりは後少しで終わるだろ。サモールに全力で投げてもらえれば、俺だけは向こう側にいけるはずだ」
「なるほど」
“ロープは何かと役立つ道具”。以前晶人はサバイバルの本でそう読んだことがあった。前の町でそれを思い出し、念のためと長いロープを作ってもらったのである。早速役立つとは思いもしなかったが。
サモールは晶人の背のカバンからロープを取り出すと、その一端を晶人につかませ思いきり放り投げた。
晶人は水たまりの向こうまで投げ飛ばされ、転んだ。
すぐに晶人は立ち上がり、振り返る。ロープの長さは充分だった。これならばなんとかなりそうだ。
「そうだな。軽そうなエレサあたりからいこう。そっちの端を体に巻き付けてくれ。手で持っていると放してしまう可能性がある。間違ってもこのロープは切るなよ」
エレサは晶人のセリフにうなずいて、ロープで自分の腕を縛り始める。
〈敵だ、アキヒト!〉
「えっ?」
晶人はすぐに振り返った。晶人の目には何も映ってこない。前には大きくカーブした廊下があるだけである。
「急ごう。エレサ、いいか引っ張るぞ」
晶人は早速ロープを引っ張り始める。しかしなかなかエレサは近づいてこない。
「エレサ、力を入れるな!」
「ごめん。私行きたくない・・」
それでも晶人は全力でエレサを引っ張る。エレサを縛っているロープは少し焦げ始めていたが、エレサが我慢しているおかげでまだ切れそうにはなっていない。
「なるほどね。これが本当の罠だったのか。これなら確かに俺一人を狙える」
晶人の前方に何か黒い糸のようなものが見えてきた。どんどんそれは接近してきているようだ。
彼らは全体の姿を現した。やはり一人ではない、数匹いる。見た感じでは怪人は髪の毛の塊である。大きさはほぼ人間大で、真っ黒な髪の毛に覆われている。もちろん頭や体の区別はわからない。それどころか目や口だって髪の毛に隠れて見えない。
その怪人達は髪の毛を伸ばしてきた。それはまるで生きているかのように、晶人の足に迫る。
晶人は水たまりの手前まで下がったが、それ以上は下がれなかった。踵が少し水に触れただけで、冷たさどころではない鋭い痛みが体に走るのである。
「あの髪に縛られるのと凍傷になるのと、どっちがいいんだろう・・」
先頭にいた怪人の髪の毛が晶人の足にからみついた。晶人がそれを手で払うと、今度はその髪が腕に巻き付く。
「くっ」
その怪人が近づくに連れて巻き付く髪の量も増えた。晶人の片腕はあっと言う間に黒い毛に包まれた。
これをほどこうとすると、もう片方の手も毛に包まれるだろう。まだその後ろの怪人達が髪の毛を伸ばしていないのが幸いである。
瞬間、晶人を縛っている怪人に電撃が落ちた。エレサが後ろから電撃で援護したのだ。
しかしその電撃は怪人の髪を伝わって床に流れる。髪はアースの役割も果たしているようだ。もちろんそのアースの一端に晶人がいた。
髪から流れてきた電撃が晶人の腕を打った。晶人の腕の皮膚や筋肉がはじけ飛ぶ。しかしなんとかそこまでで収まってくれた。せっかく筋肉まで回復した腕がまた骨に近い状態になる。
体に電気が流れ亡くてよかったと思うが、次はないだろう。こんな状態になっても動くし、痛みも我慢できる程度なのだから、この腕は怪物じみている。
怪人はいったん髪をほどき始めたが、すぐに気を取り直し、ぼろぼろになった晶人の腕に髪の毛を巻き付けてきていた。今度は後ろの怪人達も、晶人の足やもう片方の腕に髪を巻き付けてきている。
晶人の腕から滴り落ちる血に、怪人の髪も赤黒く染まっていた。。
晶人は気を落ちつけ、冷静に近づいてくる怪人達と自分に次々と巻き付いてくる髪の毛を観察した。どうにか逃れる方法を探さなくてはならない。
髪の毛は意外と固かった。まるでワイヤーだ。怪人は締め上げることよりも、巻き付け動けなくすることを狙っているらしい。それが幸いなのか災いなのかはわからないが。
その時晶人の横にエレサが現れた。
そしてすぐに晶人に巻き付いている髪の毛を強く握った。握られた髪の毛はぼろぼろに崩れる。
「エレサ、どうやって」
「・・サモールに放り投げられた。腕は大丈夫なの?」
「全然大丈夫じゃない。それよりも、あいつの髪が巻き付いてきているぞ」
髪の毛怪人の攻撃目標はエレサに移った。エレサの体中に怪人の髪の毛が巻き付いてきている。
「こんなの大したことないよ」
エレサは晶人の体に付いている髪を全て焼ききると、改めて髪の毛怪人を見た。
そして自分の身体に巻き付いている髪から強烈な電気を流す。エレサの体からコートを通り抜けて光が見えるほどの放電だった。
怪人はその電気を放出しきれず、黒こげになった。
更にエレサが前に出ようとすると、その横にフリーミーが現れた。
またサモールが投げたらしい。
もうこっちのペースである。エレサとフリーミーが戦い出すと、あっというまに髪の毛怪人達は退治されてしまった。個々の強さでは始めから勝負にならない。
戦いが終わると同時にグラッズも投げ飛ばされてきた。残った二人は結局自力で歩いてきた。ロープはブルラウルの足に触れて、使いものにならなくなっていた。結局役に立たない道具で終わった。
「敵さんも考えてきているな」
軽い口調でグラッズが言う。
「どういうわけかお前達は強すぎるからね。直接攻撃じゃ勝てないんだろう。いったい何でまたそんなに強いんだ? あまりにも差がありすぎるよ」
「奴等が弱すぎるのさ」
しかし晶人はあまり晴れた顔をせずに言う。
「違うよ。・・おかしいことばかりだ。ずっと考えているけど答えが出てこない」
「だったら考えなければいい。ようはリーミアを倒せばいいんだ」
晶人はそんなグラッズの言葉に苦笑する。
「そう単純じゃないと思うよ」
晶人はじっと先の道を眺めたが、思いは別の方向を向いていた。
その後すぐ晶人達は階段を見付け、三階に上った。
長い廊下を歩き続けたが、この階ではいつまでたっても敵は現れなかった。
「後何階上れば最上階だ?」
「ああ、この城は五階建てらしい。その最上階にいるとアキートは言っていた。もっともここの一番上にリーミアがいるってことは誰でも知っている事だがな」
ならば後二つ上がれば、やっとリーミアに会えることになる。
「アキヒト、俺達からはぐれるなよ。どうもリーミアの奴はそれを狙っているようだ」
「わかっている」
グラッズの注意に晶人は答える。
怪人達を近よらせないようにするには、ただ晶人を倒せばよい。それだけで、怪人達はリーミアの境界を越えられなくなるのだ。晶人がこのパーティの中で狙われるのは当然のことだった。
晶人の腕の血はもう止まっていた。また再生を始めている。再生する速度も以前に比べてずっと早い。この腕はますます怪物じみてきている。
やっと上りの階段が見えてきた。結局この階は何もなかったようだ。戦いを期待していた怪人達は多少がっかりしたようだった。
「この床は奇妙な音がする」
先頭に立っていたサモールが小さく呟いた。
「私は別に感じないけど?」
途端に彼らの歩いていた床が崩れだした。
「きゃっ」
「くっ」
「うわっ」
皆はそれぞれすぐに行動した。
エレサとサモールはメイグ同様宙に飛び、グラッズは手を伸ばして壁につかまった。
しかし晶人とフリーミーはそんなことできない。落ちるだけである。
グラッズが手を伸ばしたが、予期していたように床は塞がってしまった。
「しまった!」
晶人とフリーミーは見事に仲間達から分断された。
「大丈夫ですか? アキヒト様」
「痛っ・・、まぁ何とかね」
晶人は腰に手を当てながら立ち上がった。
下には針が敷き詰められているとか、酸の海が待っているとかいう致命的な罠はなかった。ただ階を一つ落ちただけである。
その場所は大きなホールになっていた。何かあの《戦う場所》を思い出させる。
フリーミーはじっと晶人を見て指示を待っていた。あまりまっすぐ見られるので晶人も恥ずかしくなる。
「とにかく出ようか。歩いていれば上に上がれる場所を見付けられるだろう」
フリーミーはうなずいて答えた。
「ええ、きっとおっしゃるとおりですわ」
しかし、同時にホールのはるか前方の扉が音を立てて開いた。
「ただ、すぐにはここから出していただけないようですね」
そこから数匹の怪人達が入ってきた。
入ってきた怪人達はどれも今まで見てきた奴等だった。違うのは以前彼らと戦った時は皆軍団であったのに、今回はそれぞれ二人ずつしかいない。
「群族の『統べる者』達ですわ」
「群族? 統べる者?」
「あら、お聞きになっておられませんでしたか? 彼らは超越者リーミアの手足である『壊す者』達ですわ。群れなして行動するので群族と言うそうです。今出てきた者達は彼らを率いる立場にある存在で、『統べる者』です。アキート様のお話によりますと彼らは鳥人群族バーズロア、飛行群族アロシッド、砂群族トライオム、虫型群族トゥオノ、森林群族カラウド、液体群族ブルラウル、そして髪群族ノンノスだそうです。あら、もう一人おりましたわ。あれは高熱人ホーライ」
フリーミーが簡単に解説してくれる。
「えーと、二人ずつの敵にホーライって奴が一人だから全部で十五人か。一対十五。大丈夫かい、フリーミー。俺が少しでも戦えるといいんだけど・・」
「それはどうかお気になさらないで下さい。あれくらいのお相手は大したことがございませんから。ただ・・」
「奴等は俺を狙って来るって言うんだろ。フリーミーには見向きもしないで」
フリーミーはうなずいた。
「おそらくそうだと思われます。ですが、わたくしはアキヒト様をお守りいたしますわ。必ず」
そして、自分の襟首をつかんで服を剣に替えた。
改めて見るフリーミーの身体は美しく、晶人は一瞬目を奪われた。何しろ青白いビキニタイプの水着しか身につけていない。もともと色白の体なので、見ようによっては裸にすら感じる。
晶人は目を伏せて頭を振った。そんなときではない。
フリーミーが自分で言っていたように、彼らを倒すこと自体は難しくないだろう。例えば辺り一面に冷気を振りまけばいい。そうすれば彼らは全て凍死する。もちろん晶人も含めてということになるが。
フリーミーにとってやりにくいのは、晶人を守るという作業と、彼らを倒すという作業を同時にしなくてはならないことだった。しかも彼らの狙いは晶人に偏っている。
フリーミーは剣をまっすぐ振り下ろした。すると剣はいくつのもロープに分かれて、怪人達に迫った。
ホーライが熱気を辺りに放出する。
ホーライは真っ白なだけで、特徴のない姿をしていた。言ってみれば全身タイツ姿になった人間である。もちろん顔も髪もない。一応白いレスラーパンツを履いている。一体何の意味があるのだろう。
フリーミーの冷気はけた外れで、ホーライの熱気などものともしない。が、それでも他の怪人の援護くらいにはなるようだ。
事実、動きの極端に遅いブルラウル以外フリーミーの鞭を受けた者はいなかった。
当のブルラウルも、もともと冷気の生物のため、さほどダメージはないようだった。
フリーミーは軽くため息を付く。
「やはり一度に全ての方達を倒すことはできませんのね。とすると、まず高熱人ホーライを倒して援護を断つか、地道に一人一人倒していくかしかありませんが・・」
「地道に行こう。フリーミー、付いてこい」
晶人は走り出した。
「えっ!」
晶人はまっすぐ敵の真ん中に向かっている。フリーミーも慌てて付いていった。
そんな二人に向かって、ノミのような姿をしたトゥオノが一匹跳ねてきた。そして黒い液体をした垂らせた口で晶人に噛み付こうとする。
瞬間フリーミーの剣がトゥオノの体を切り裂いた。トゥオノは凍り付きバラバラに砕け散る。
「む、無茶しないで下さいませ!」
「こうすれば一匹一匹確実に倒せるさ。何しろ彼奴らは俺だけを狙っているからね。立っていて囲まれるより、相手の攻撃を分断した方がいい」
自分を討つために周りを囲む。この作戦は先ほど砂漠で受けたばかりである。フリーミーが守りきれなくなった隙をついて自分を討つつもりなのだろう。それを破るにはただ囲まれないようにするだけでいい。同じ罠なら逃げ方も同じだ。
「危険です!」
「大丈夫さ。フリーミーだって『守る』より『倒す』の方がいいだろう?」
「でも・・」
フリーミーは当惑していたが、じき晶人に向かって微笑みかけた。その表情に今度は晶人が当惑する。
二人に向かって今度はバーズロアの槍が飛んできた。フリーミーはすぐに晶人の前に回り込んで自分の体を楯にすると、剣を鳥人に向かって投げつけた。
そのバーズロアはフリーミーの剣に貫かれて砕け散った。
「フリーミー! 大丈夫か」
「大丈夫ですわ。あのような槍に貫かれたりはいたしません。胸に氷を張り付かせて楯にしました」
見るとフリーミーの胸は前の二倍以上に膨らんでいた。そこにバーズロアの槍が刺さっている。
フリーミーが胸を叩くと、氷と共に槍は落ちて砕けた。
「まだ十三匹もいる。がんばろう」
「ええ。でも、剣をもう一本作るのには少し時間がかかりますの。この服を使って作っても良いのですが・・」
と言ってフリーミーは自分の身体を見た。服も何もフリーミーが今着けているのは下着である。
晶人は言葉に詰まる。もちろんそれを剣に変えたところも見たいような気はするが。
「・・で、どうするんだ?」
フリーミーはくすくすと笑った。
「冗談ですわ。剣などなくとも、あの程度のお方達なら倒せます」
晶人はむしろフリーミーの人間的な洒落に驚いたが、ともかくうなずいて走り出した。
戦いの間、ホーライは一生懸命怪人達を援護していた。熱気を放出してフリーミーの冷気から怪人達を守ろうとする。
しかし接近戦に徹して戦うフリーミーから怪人を守りきることは不可能だった。
砂で戦うことに適したトライオムや、木の上でこそ本領を発揮できるカラウドは、あっさり凍らされた。
熱で防御しにくいブルラウルすら倒されてしまうと、もうホーライに勝ち目はなかった。
仲間はもう髪の毛怪人ノンノス一匹に、大きな蝿に人の手足を生やしたような姿の飛行怪人アロシッド二匹しか残っていない。
アロシッドは晶人を挟むように飛んで粘液を飛ばしているが、粘液は空中で凍ってただの氷になる。
「フリーミー、なぜお前達はリーミア様に逆らう」
ノンノスを自分の脇にまで戻すと、ホーライが話しかけてきた。
フリーミーは答えず両手を上に掲げると天井いっぱいに冷気を振りまいた。たまらずアロシッド達は低空に降りてくる。そこへ上から氷柱が襲いかかった。二匹のアロシッドは串刺しになって地面に落ちた。
フリーミーはほっと息をつくとホーライの方を向き、晶人を後ろに守る形で歩き出した。
「リーミア様に逆らうのは止めろ。なぜお前達は逆らおうとするのだ」
ホーライは問いをくり返した。
「そんなこと、わたくしにもわかりかねますわ。ただわたくしは、ここに来る必要があったにすぎません」
「リーミア様を倒すためか?」
「おそらくそうなのでしょう」
フリーミーは平然言い放つ。そこへ晶人が割り込んだ。
「こちらからも一つ聞いていいか。お前達が俺達を襲うのは本当にリーミアを守る為なんだな?」
「・・おそらくそうだ」
「おそらく?」
晶人はいぶかしげな顔をする。
「俺達はお前を倒せとだけ命じられている」
ホーライはそう言って晶人をにらんだ。
晶人は自分の考えの間違いを感じた。
リーミアが「光の女」なら自分を殺そうとするわけがない。
「・・本当にそれを命じたのはリーミアなのか?」
「知らぬ」
そしてホーライはまたフリーミーの方を向いた。
「フリーミー、俺はお前には用がない。そいつを差し出せ。お前達がなぜそいつを守る必要がある」
「アキヒト様がいませんと、わたくし達は超越者リーミアの許へ行けません。それに、わたくしも先ほど初めて気が付いたのですが、どうやらわたくしはアキヒト様とご一緒いたしますことが好きなようです。決してアキヒト様はお渡しできませんわ」
途端にフリーミーの体にまとう冷気が強くなった。身体の回りに薄い着物のようなものができてくる。
フリーミーが手をノンノスにかざすとノンノスは凍り付いて砕けた。
ホーライもまとう熱気を強くする。しかしフリーミーとは格が違う。
「フリーミー、確かに俺達は弱かった。お前達を倒すことができない。しかしリーミア様を甘く見るなよ。お前達を倒すための特別な用意があるのだ」
ホーライも凍り付き、砕け散った。フリーミーの周りの冷気は凝集し、もとの和服のような衣装に戻った。
晶人はじっと考えていた。
そして小さく呟く。
「今のホーライの言葉。気になる」
「大丈夫ですわ、わたくし達は無敵です。さぁ行きましょう、アキヒト様。わたくしは二人きりでもよろしいのですが、やはりアキヒト様をお守りするには二人以上の者が必要のようですね」
その時大きな音がして天井が崩れた。
サモール達である。
「アキヒト、無事か。参ったぜ、お前達がいなくなった途端、うじゃうじゃ雑魚どもが出て来たんだからな」
グラッズは降りてこずに上から叫ぶ。
「なるほど、どおりでこっちには『群族を統べる者』しか出てこなかったわけだ。残りの群族はお前達の方に行っていたんだな」
〈そちらも終わったのなら、上に戻ろう。サモールなら、フリーミーとアキヒトを同時に持ち上げられる〉
「わかった」
晶人とフリーミーは降りてきたサモールの腕につかまった。
三階に戻るとやはりすぐ前に階段があった。もっとも先とは違い、廊下には激しい戦いの跡が残っている。血の臭い鼻につき、怪人達の肉片も散らばっていた。
晶人達は階段を上り、四階に進んだ。
〈後一階だ。最上階にリーミアはいる〉
晶人は立ち止まり考えた。
「つまりこの階にはリーミアを守るための最後の仕掛けがあることになるな。だったらこの辺りで休もうぜ。疲れちまった」
「またなの、アキヒト」
「仕方がないだろう。それにまだ腕も治っていないんだ」
もちろんかなり回復してきている。えぐれ方の深かった部分はまだだが、それ以外はもう筋肉まででき上がっていた。さすがにサモールの血を受けただけはあるようだ。
晶人は腰を下ろして目を閉じた。
怪人達は始めはいらいらしていたが、やがて各々休み始める。
もちろんメイグは浮いたままだし、サモールは相変わらず立っていた。
晶人はおずおずと口を開いた。
「一つ確認しておきたいんだ。俺はリーミアに用がある。知っての通りその為に俺はここに来たんだ。だからすぐにお前達にリーミアを殺させるわけにはいかない」
「まどろっこしいなぁ」
〈アキヒトの言うことももっともだ。君に従おう。ただ、私にはわからないことがある。これは皆に知らせてもいいことなのかわからないが、君はどうやらリーミアが君をここに呼んだ者だと思っているようだな〉
しかし晶人は首を振った。
「ああ、さっきまでそう思っていた。でも今はそう思っていないよ。いつも話しかけてくる『光の女』の言葉と、みんなが話すリーミアやリーミアのルールとの間にはかなり隔たりがあるんだ。『光の女』はいつも俺に『まだ遠い』と言ってくる。こんなにリーミアの許に近づいているのにね。そして彼女はいつも俺に『早く助けに来て』と言う。だけどリーミアは俺を殺そうとしているだろ。とても同一人物とは思えないよ」
「だったら、アキヒトが私達の敵になることはないんだね!」
「敵?」
晶人は首を傾げた。それにはグラッズが答える。
「もしリーミアがお前をここに呼んだなら、アキヒトは俺達からリーミアを守る必要があるだろう。そうするとお前は俺達と敵対することになるわけだ」
「なるほど」
晶人は軽く笑ってうなずいた。
「もしそうだとしても俺はリーミアを守れないな。弱い(・・)から」
しかし言いながら晶人は別なことを考えていた。
確かにリーミアと「光の女」は別人のようである。ならば「光の女」はこの世界にいないのだろうか?
遠いと言っている以上そうなのかも知れない。しかし晶人は間違いなく光に連れられてここに来たのである。そしてその光は絶えず助けてと言っている。世界を間違えたなどとはとても思えない。
結局、この世界にはリーミアと別に「光の女」がいて、彼女が晶人に助けを求めているということになるのだろうか。
それならば、晶人はリーミアに会う必要など全く無い。
更に考えるなら、『先導者アキート』は今何をしているのだろうか。「光の女」がまだ繰り返し晶人に助けを求めてくると言うことは、アキートは彼女の許に現れていないか、アキートでは晶人の代わりにはならなかったということだ。
この世界で全く無力な晶人なら助ることができ、この世界の者では助けることができない。それは何なのだろうか。
〈考えるのは後にしないか?〉
メイグの声が響く。
晶人ははっと我に返って、皆に出発の合図をした。




