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7.最後の敵

 四階の廊下は今までの廊下よりもずっと広かった。部屋一つ分の幅がある。そしてめずらしくその道はまっすぐ伸びていた。

 晶人達はかなりの道のりを歩き、やっと曲がり角を見付けた。しかしそこを曲がると、また広く長い廊下が延びていた。

 晶人はため息を付きながらも、無言で歩き続けた。

 急に怪人達が立ち止まった。晶人もそれに気づいて止まる。

 皆前をじっと見ていた。晶人も皆にならって目を凝らしてみた。

 はるか向こうから何かが近づいてきている。

「なんだ、あれは?」

 晶人が緊張して呟いた。一番後ろにいたサモールは当然のように答えた。

「敵のようだ」

 それは晶人が気づいてからまもなく、はっきりとその姿を現した。

 背丈は人間の二まわりほど大きい。ちょうどサモールと同じような大きさだ。体中に短い毛を生やし、手首、足首、そして首周りに長い毛がある。もともと人間のようなスタイルではあるのだが、顔は獣じみていてものすごい形相をしている。

 それ(・・)は皆から少し離れたところで立ち止まった。

「なんだ一匹か・・」

 エレサが言って、その怪物に強烈な電撃を食らわせた。しかし怪物はけろりとしている。そして再び突っ込んできた。

「なっ!」

 フリーミーも同じように強い冷気を浴びせかけた。しかし凍り付いたりもしない。

「どういうことですの!」

〈アキートからの情報にはなかった敵だ。しかも彼は明確な脳波を持っていない。これでは私の攻撃も通用しないだろう。私にわかるのは彼がくり返し頭の中で言っている、自分の名だけだ。『フィオーガ』というらしい〉

 フィオーガが迫り、晶人に向かって飛びかかってきた。

 グラッズは腕を伸ばしてフィオーガの顔面にドリルを打ち込む。

 しかしフィオーガは敏捷にかわすとその腕をつかみ、握りつぶした。

「その程度じゃ俺の腕はちぎれないぜ!」

 グラッズはそのまま今度はドリルのキックを胸に打ち込んだ。

 これはしっかりと当たったが、フィオーガには刺さらない。

 フィオーガはグラッズの足もつかむと、無造作に後ろへ放り投げた。

 その隙にエレサがフィオーガの片腕を両手で捕まえた。

「直接電撃を流す!」

 エレサはフィオーガに強烈な電撃を放った。

 激しい火花が散り、エレサのコートがはじけ飛んだ。

 しかし輝きの後には、ただ毛を焦がされただけのフィオーガが現れた。

「う、嘘・・」

 フィオーガが吠えてエレサを捕まえようとした。エレサは思わぬ事に反応が遅れる。

 それをサモールの腕が止めた。

 フィオーガもすぐにサモールの顔につかみかかる。

 サモールはフィオーガの首を握ると、その胸に足を置いて真後ろに投げ飛ばした。

 投げ飛ばされた場所では、剣を持ったフリーミーがフィオーガを斬り付ける。

「先に行け!」

 サモールが怒鳴った。

 見るとフィオーガはまるで凍り付いていなかった。何でも凍らせるはずのフリーミーの剣ですらフィオーガには効かないようである。

「何よ。みんなでやればそんな奴!」

 フリーミーは晶人の側に戻り、エレサは晶人の前で怒鳴った。サモールは皆の前に立ってフィオーガと対峙している。

 晶人は少し考え、口を開いた。

「いや、先に行こう。フィオーガとまともに戦えるのはサモールだけみたいだ。俺達がここにいても何の意味もない」

「おい、サモールを置いて行くのかよ!」

「ここで足止めを食いたくはないんだ。俺はサモールを信用している。あんな怪物には負けやしない。先に行こう。後は任せた、サモール」

 晶人は走り出した。

「サモール、しっかりやってね」

「魔人サモール、不本意ですがアキヒト様のために応援しておりますわ」

 皆も晶人に続いて走り出した。


 更に進んでまた突き当たりの角を曲がると、そこには奇妙な怪物が立っていた。

 体は子供のような感じだが、その体に乗っている頭が体と同じくらいの大きさである。どう考えても戦闘向きの体ではない。

「どけ!」

 エレサがその怪人に電撃を放とうとした。その瞬間、皆の頭に強烈なショックが襲いかかった。脳を直接握られるような激しい衝撃である。

 皆が頭を抱えだした時、その衝撃は急速に弱まった。

〈さすがじゃないか、メイグ。もう少しで君達を全滅できるところだったのにな。特にアキヒトは後一息だったんだけどね〉

 皆がメイグの方を見る。メイグは別に頭を抱えていたりはしなかった。

 メイグが皆の頭に声を送ってくる。

〈彼は私と同じような攻撃ができるらしい。今私は彼の脳波を押さえている〉

「だったら今のうちだな」

 グラッズは手をドリルにしようとしたが、またすぐに頭を抑えて転がった。

〈いくらメイグの押さえがあるからといって、それは無謀じゃないかな。メイグは今アキヒトを守るので忙しいんだ。僕がちょっと目標を変えれば君達なんて分けないよ。もっとも、メイグがまた君を守ったようだけどね。そうそう言い忘れていたっけ。僕の名前はナウアン。リーミア様を守るために作られた三人のうちの一人だよ〉

 グラッズはやっと立ち上がる。

〈アキヒト、君を守りながらだと私は戦えない。脳波を押さえるので精いっぱいだ。すまないが先に行っていてくれないか。必ずサモールと共に追いつく〉

 その声はめずらしく苦しげなものだった。晶人も強く答える。

「わかった。エレサ、フリーミー、グラッズ行こう。この戦いでは明らかにメイグの足を引っ張る」

〈仕方がないな。僕もメイグ一人に専念しようかな。後のことはきっとキグフェルがやってくれるだろうしね〉

 晶人達はまた廊下を走りだした。


 大きな悲鳴が上がった。

 フィオーガは自分の胸をえぐろうとしている魔人の腕を両手で握った。

 しかしサモールは更に力を込め、相手の胸に爪をめり込ませる。

 またフィオーガの悲鳴が上がった。

 サモールは開いている腕でフィオーガの喉を捕まえた。フィオーガはますます苦しそうな表情を見せた。

 サモールに少し余裕の表情が浮かぶ。

 しかしいきなりフィオーガの腕力が上がり、サモールの腕を握る力が強まった。

 そしてまもなく、骨の砕ける嫌な音がし始めた。

 サモールの表情は一転した。額に汗が浮かんでくる。

 やがてその腕は肘からちぎれ飛んだ。

 フィオーガはそのまま自分の首を絞めている方の腕もつかもうとした。

 サモールはとっさに後ろに飛んで離れた。

 フィオーガの胸からは赤黒い体液が流れている。また首でも、サモールが離れるときにえぐった傷から体液が流れていた。

 フィオーガはサモールに飛びかかってきた。

 サモールはフィオーガの悲鳴や苦しげな表情が、もっと別のものを示していることに気づいた。

 あれは悲鳴ではない。歓喜の声だ。彼は自ら傷つき、相手の血を流すことに喜びを感じている。

 サモールが拳を放つとフィオーガは俊敏にそれをかわし、サモールの背後に回る。

 捕まえられる前に、サモールは前へ大きく跳ねた。

 そしてそのまま空を飛び、空中で旋回してフィオーガへと突っ込んで行く。

 フィオーガも空中のサモールに向かって大きく跳んだ。

 サモールは翼を動かし、フィオーガの胴を斬り付けた。

 フィオーガの胸深くに翼が突き刺さる。しかし切断することはできない。

 フィオーガは声を上げ、空中でサモールの首に噛み付いた。

 二人はもつれ合って墜落する。

 サモールはフィオーガの下顎を捕まえ、肩を押しつけるようにしてフィオーガを床にたたきつけた。

 フィオーガの力が一瞬弱まった隙をついて、サモールはフィオーガの牙から抜け出した。

 胸をえぐり喉を裂き、胸深くには刃を入れ、今は床に脳天を打ちつけた。

 普通ならもう何度も死んでいるような怪我である。それなのにフィオーガは平気で立ち上がってきた。

 始めの頃に与えた傷はもう塞がっていた。かなり優れた治癒能力を備えている。

 この敵を倒すには首をもぎ、脳を破壊するしかない。もしくは、復活できないくらい体をずたずたに引き裂いてしまうしか。

「お前のような強い敵を倒すことに生きがいを感じていた時があった。・・しかし今は、一刻も早くこの戦いを終わらせ、アキヒトに追いつきたい」

 サモールは小さく言う。

 フィオーガは何も答えなかった。いや、おそらく彼は考えることすらできないのだろう。ただ戦うことしかできない怪物、それがフィオーガなのだ。

 フィオーガは両手をぶらりと下げ、ゆっくり動き出した。そして数歩進むとすぐに走り出した。

 サモールは口に微かな笑みを浮かべ、片方しかない腕を構えた。

 サモールは戦いを楽しむ笑みはこれで最後にしようと思った。


 二人はじっと向かい合っていた。周りで見ている人がいれば、時が止まったような錯覚を覚えることだろう。

〈やるね、メイグ。まさかここまで頑張るとは思っていなかったよ〉

〈でもさ、守りばかりじゃどうしようもないんじゃないかな〉

〈さっき《必ずサモールと追いつく》なんて言っていたよね〉

〈無理じゃないかな。君やサモールが僕達に勝てることなんて、万が一にもないんだからね〉

 呆れるほどしつこくナウアンはメイグに語りかけてくる。もちろんその間も彼は絶えず脳波を送っており、隙あらば精神を破壊してしまおうと狙っていた。

〈何で君達がそんなに頑張っているのか理解できないね。リーミア様に会ってどうするつもりだい? 君達のやっていることは間違いなくタブーなんだよ〉

 やっとメイグは一つ答えた。

〈アキヒトと旅をするようになってから、私自身変わったような気がする。私が超越者リーミアに会い、そこで何をしなくてはならないのか、今はわからなくなってしまった。おそらくアキヒトの思考を読みすぎた結果だろう。しかし一つだけわかることがある。私は先に進まなくてはならない。いや、アキヒトを先に進ませなくてはならない。その為に私は戦っている〉

〈へぇ、でも無理だね。君の目的は達せられっこないよ。だってね。僕やフィオーガ、そしてキグフェルがいるんだもん。サモールはフィオーガには勝てないね。フィオーガは痛みなんか感じない。体が動かなくなるまで戦い続けるんだ。あれに勝てる奴なんか、そういやしないさ。キグフェルだってそう。始めからわかっていたんだ。一番強いのはサモールと君だって。残った雑魚なんて、キグフェルの敵じゃないよ。本当はね、僕は君に勝とうと思っていたんだ。でもやめだね。そんな危険なことをする必要ないもん。ここでこうして君を押さえていればいいんだ。そのうちフィオーガやキグフェルがここに来るよ。そして僕らが勝つのさ〉

 言っていることと裏腹にナウアンは脳波を強めた。メイグもそれに抵抗する。

 二人はただ精神力を削り合い続けた。


「どういうこと、わざと分断させられてるみたい」

 走りながらエレサが叫んだ。

「その通りなんだろうな。どうあってもリーミアは俺達に来て欲しくないようだ」

 四人の前に次の角が見えてきた。

「てぇことは、じき次の敵も出てくるな」

「どうやら、あの方のようですわ」

 角を曲がってすぐの所に次の怪人は待っていた。

 それは体中が真っ黒の怪人だった。よく見ると体全てが金属であることがわかる。彼は鋼鉄の怪人のようだ。

 怪人は通路の真ん中に立ったまま、動かなかった。

 四人もその前で立ち止まる。

「お前が三人目、最後の怪人だな。キグフェルとか言うんだろ」

 一歩前に出てグラッズが怒鳴った。

「そうだ。私はお前達をここから先に行かせない」

「みんな同じことを言ってたぜ」

 グラッズがドリルの腕を伸ばした。しかしやはりその金属の体には傷一つつけられなかった。

「止めておけ。お前達の攻撃は私には一切利かない」

「やってみないとわからないでしょ!」

 今度はエレサが電撃を放った。しかしその電撃はキグフェルの体を伝わって床に消える。

 フリーミーも着物を剣に替えて切りかかった。しかし剣はキグフェルの体に当たると砕けてしまった。

「わかっただろう。お前達には決して勝ち目がないのだ」

 グラッズ達は憎悪に似たまなざしでキグフェルを見た。悔しいが手の出しようがない。

 晶人はその間、ずっと冷静にキグフェルを観察していた。

「動きが遅いな。それにかなりの重量じゃないか。床がみしみし言っている」

 それを聞いてキグフェルは鼻で笑う。

「ふん。動きが遅くても関係はない。私の横を通過しようとでも思っているのだろう」

 するとキグフェルの体から針が突き出て、体中を針だらけにした。確かにこれでは横を通り抜けることができない。

 キグフェルは針をすぐ体の中に戻すと一歩一歩近づいてきた。

「くそっ!」

 グラッズが近づいてくるキグフェルに向かって走り出した。途端にキグフェルの体から針が伸び、グラッズの体を貫く。

 グラッズはすぐに後ろに下がってその針を抜いた。グラッズがスポンジのような体だったからいいものの、エレサやフリーミーなら助からなかっただろう。

「私はリーミア様を守る為に作られた戦士だ。サモールやメイグが相手ならばいくら私でも苦戦は免れなかっただろうが、お前達が相手なら決して負けはしない。その為にフィオーガがおり、ナウアンがいたのだ」

 つまりこれが最後の罠らしい。迷宮を作ったり、晶人だけを切り放す作戦を立てたり、リーミアもいろいろ考えていたが、とうとうやっかいな取り巻き達を倒して、晶人を守るものを除くことに決めたようだ。そしてそれは見事に成功しつつある。この三人ではキグフェルを倒せない。

「どうした何もしないのか。ならばこちらから行こう」

 またキグフェルは歩き出した。両サイドは大きく開いているが、横を通り抜けようとすれば一瞬で串刺しになるだろう。

 皆は唇を噛みながら少しずづ下がっていく。

〈早く助けに来て晶人。遠い、まだ遠いよ〉

 いきなり晶人の頭に声が響いた。

 晶人は一瞬立ち止まる。目覚めている時に声を聞くのはこの世界に来て初めてだ。

(遠いって言ったってそれどころじゃないんだよ。君の所に行くのはリーミアに出会った後だ。どんどん離れていっているのかも知れないけど、もう少し我慢してくれ)

 晶人は心の中で叫ぶ。

〈近づいてる。前よりずっと近くにいる。だから、助けに来てくれてるんだなって、わかってる。でも、遠い。あたしは上だよ。この上にいる。早く、早く助けに来て〉

(上にいる!)

「アキヒト様、どうなさるのです。このままではわたくし達は・・」

 晶人はフリーミーの声で我に返る。しかし頭の中は混乱していた。今の言葉が晶人の集中力を奪っている。

 晶人は頭を振ると、目の前のキグフェルをじっと見た。

 余計なことを考えている余裕はない。活路を見いだすのは自分の仕事だ。自分は先導者なのだから。

 キグフェルの鈍い動き。重そうな体。きしんだ床・・

「エレサ、お前の電撃で床を崩すことはできるか?」

 晶人はエレサに近寄ってそっとささやいた。「? そんなの簡単だよ」

「じゃあ、それで行こう。フリーミーがあいつの足元を凍らせたら全力で奴の頭に電撃を撃ってくれ。それで足元の床を壊す」

「わかった」

 そして晶人はフリーミーの耳にも同じようなことをささやく。

「やれ、フリーミー!」

 晶人が合図した。フリーミーはうなずいて、復活させた剣をキグフェルの前に投げつけた。

「何のまねだ? こんなものが当たっても私には効かない」

 キグフェルの足元の床が凍り付く。その瞬間エレサは体を輝かせて、キグフェルの頭に強烈な電撃を放った。

 キグフェルに当たった電撃はその体を伝わってまっすぐ床に逃げる。その電撃が凍り付いた床を粉々に砕いた。

「くっ!」

 キグフェルは体を針だらけにして崩れていない床にしがみついた。しかし体の半身は下にめり込んでいる。あまりにも体が重すぎてそこからは這い上がれないようだった。

「やってくれたな。しかしこの状態でもお前達を先に進ませないようにはできる」

 キグフェルは体中からより長く針を伸ばして廊下を塞いだ。

「悪いが、俺達は先に進まなきゃならねぇ」

 グラッズはドリルの腕を伸ばし、キグフェルのまわりの床を崩し始めた。

「貴様!」

 もろくなった床はキグフェルの重さに絶えきれず、怪人と共に崩れ落ちる。

 グラッズは穴にかけより、下を見た。

 キグフェルは下から針を伸ばしたようだがどうやら上までは届かないようだった。

「待っていろ! どうせすぐにお前達の所に戻る」

 キグフェルは怒鳴ると、どこかに行ってしまった。

「よし、もう大丈夫だ。下から攻撃されることもないぜ」

「ありがとう、グラッズ」

 晶人は進もうとして立ち止まり、苦笑した。

 廊下には大きな穴が開いている。とても飛び越えられるようなものではない。確かに穴の横は通れそうだが、かなりもろくなっているだろう。

「ところで、グラッズ。俺やフリーミーはどうやって穴の向こうまで行けばいい?」

 結局、一人ずつグラッズに抱きついて渡った。


 廊下を進んでいくとまた曲がり角があった。

 そこを曲がると、今度は大きな広間に出た。

 広間には無数の小さな穴が開いている。そしてずっと奥に上りの階段と下りの階段が見えた。

「あの階段の上にリーミアがいるんだね!」

 エレサが多少殺気立って叫んだ。他の二人の怪人も似たような表情だ。

「それより急ごう。あの下りの階段は間違いなく下の階に繋がっている。下手をするとキグフェルが現れるぞ」

 四人は広間を走り出した。

 その途端床の穴から風船のようなものが現れてきた。それは膨らんで一定の大きさになると、丸っこい体から手足を生やし顔も浮かび上がった。

「また情報にない奴だ。いい加減にして欲しいぜ」

「いいよ、私がやる!」

 エレサはホール中に電撃を走らせた。

 風船怪人達はことごとく体を破裂させて消滅した。しかしホールの穴から次々と風船怪人達は現れる。

「どうやらきりがなさそうですわ」

「全滅させるのは無理だ。やっぱり先に進むことを優先させよう。みんな、悪いけど俺を守ってくれ。階段まで走るぞ」

 晶人は走り出した。三人の怪人達も晶人を囲んで走り出す。エレサが先頭に立ち、グラッズとフリーミーが晶人の両側にくる。

 突然晶人は足を取られて転びそうになった。思い切りエレサの体に抱きつくことになったが、エレサは何とか倒れずに立ち止まった。

「い、いきなり何!」

 晶人が足下を見ると、靴が床に張り付いている。風船の破片を踏んだのだとすぐに気がついた。

 そういう罠か。

 靴を履いていたからよかったものの、裸足ならひどい目に遭っていただろう。気がつけば周りには割れた風船の破片があふれている。

「奴らの死骸は邪魔だ」

 横でグラッズが言った。グラッズの体に風船の破片がへばりついている。

「できるだけ焼き尽くす」

「できるだけ飛び散らないように凍らせますわ」

 グラッズは足をドリルに変えると晶人を抱き上げた。

「俺は戦わん。その代わり俺に奴の破片を近づけるなよ」

 風船怪人達は四人の行く手をさえぎろうと、口から液体を吹きかけたり、体当たりしたりしてきた。

 晶人を抱えたグラッズを囲むようにフリーミーとエレサは風船怪人を退ける。

 フリーミーは風船を壊さないようにそのまま凍り付かせるようにしていた。

 エレサはかなり電力を上げて風船怪人を攻撃する。

 晶人は心の中で驚く。以前なら彼らはこんな連携を取れなかった。

 何とか四人が皆が階段にたどり着くと、下りの階段できしむような音がしてきた。

「急ぐぞ!」

 晶人は叫んで階段を駆け登った。


 階段を上った先の廊下は短かった。少し進んだ所に一つ扉が見える。あれがリーミアのいる所に違いない。

 後ろからは風船怪人が追ってきていた。廊下は今までに比べて狭く、三人並んで歩くのがやっとだろう。

 四人はまっすぐ扉に駆け寄った。晶人が扉を開こうとする。

「アキヒト、ダメだ進めない」

 扉のほんの手前で怪人達は青い顔をしていた。『境界』だ。晶人にもその意志が感じられた。

「よし、先に俺が行く。一人一人中に入れるから、とにかくあの風船の化け物を退治していてくれ」

 晶人は扉を大きく開けた。


 この向こうに何があるのか?

 きっとリーミアがいるのだろう。そう思ってここまで来たのだ。

 彼女は自分を元の世界に返す術を知っているだろうか。知らないのなら、せめて「光の女」のいる場所くらいはわかるだろうか。

 「光の女」は自分が上にいると言った。それならば、「光の女」はこのリーミアの部屋に監禁されているのだろうか。

 答えは全てこの扉の向こうにあるはずだ。


「来ないで!」

 扉を開けた途端晶人の頭に大きな声が響き、後ろに弾き飛ばされた。

 晶人はグラッズにぶつかって止まる。そして扉はまた閉じてしまった。

 今、一瞬部屋の中にいる人物の姿を見た。あれは・・

「一つ聞いておきたかったことがある。リーミアってどんな姿をしているんだ?」

 晶人は呆然としながら呟いた。グラッズが風船達を破壊しながらうるさそうに答える。

「知らねぇよ。わかっているのは女型だって事だけだ」

 女型?

「でも、だったら、この中にいる奴が本当にリーミアかどうか、確認できない・・」

 まだ呟いている晶人に向かって、エレサが怒鳴りつけた。

「なに訳の分からないこと言っているの! この中にいるのがリーミアに決まってるでしょ。城の最上階にリーミアがたった一人でいるって事は、誰でも知っていることだよ」

 晶人は頭を振った。

 そんなわけはない。あれがリーミアであるわけがないのだ。

「エレサ、あの扉を砕いてくれ!」

 必死に風船怪人達を退治していたエレサはすぐに反応し、扉に電撃を投げつける。扉は大きな音を立てて壊れた。

 それと同時にまた晶人は部屋に向かって走り出す。

「来ないで!」

「お前は・・誰なんだ!」

 晶人は部屋の中に飛び込んだ。


 部屋は静かだった。そして何もなかった。ただの暗い空間だ。

 今晶人のいる所でさえ、足元に床があるのか認識できなかった。

 部屋はふとした拍子に無限に広い空間に感じられるし、また限りなく狭い場所に閉じこめられているような気もする。

 ただ一つはっきりしているのは、まっすぐ奥に一人の女性がいるということだった。

 その女性は壁の中に埋め込まれたような状態で立っていた。

 見えているのは太股から上の裸の半身だけで、両手両足そして体の後ろ半分は壁の中だった。彼女は穴の中にいながら壁と一体化しているようだ。

 晶人が中に入ると壊れた扉が元に戻って閉じた。

「誰! 来ないで! 恐い、恐いよ。あなたなんて来ないで。早く、助けて・・。晶人、助けて。何をやっているの・・」

 彼女は輝きを増した。輝き直視することすらできない女性。黒くはっきりした目。間違いなく彼女は晶人をここに連れてきた女性だった。

 晶人はまた強い衝撃を受けて壁に飛ばされ、そのまま強い圧力で押しつけられた。ぎしと骨がきしむ。

 その痛みの中で晶人は混乱した。

 ここにいるのはリーミアではなかったのか。なぜ「光の女」がここにいるのだろう。一体彼女は何なのだろう。

 その瞬間また扉が崩れ落ちた。

「アキヒト、大丈夫なの!」

「アキヒト様!」

 そして声と共にそこから電撃と冷気が飛び込んできた。それはまっすぐ壁に埋め込まれた「光の女」を狙っていた。

 途端に「光の女」の姿はずっと奥に離れていった。エレサの電撃もフリーミーの冷気も届かないほどの向こうに。

 しかし彼女達の攻撃が止むと、また「光の女」は近くまで戻ってきて大声で叫ぶ。

「来ないで!」

 その強烈な衝撃波は明らかに扉の向こうの怪人達を狙っていた。

 晶人は押しつけられていた壁から何とか身を離すと、扉の前に立って皆の壁になる。そして大声で怒鳴った。

「止めろ、俺が晶人だ!」

 「光の女」は動揺したようだった。晶人の受けた力はそれほど強烈なものではなかった。何とか足を踏ん張るだけで立っていられる。

 後ろでも何か動揺したような雰囲気がある。

 晶人は振り返らずに小さく言った。

「待っていてくれ、何とかすぐに片をつけるから」

 背後でまた扉ができ上がり、閉じた。


 リーミアが「光の女」であることに間違いはないようだった。晶人がとっさに叫んだ言葉で、彼女が動揺してくれたことがそれを示している。

「もう一度考えてみよう」

 晶人は扉を背に立ち、ただ目を閉じた。

「味方? 本当なの? ・・恐い、嘘だ。またあたしをばらばらにする!」

 少し圧力を感じる。しかし晶人はじっとこらえた。

 自分を呼んだ声、光。怪人達の語った一言一言。それらを思い出してみる。

 自分は何を求められていた? 怪人達はまず何をしようとしていた?

 ふと、晶人の頭の中で一つの解答が浮かび上がってきた。

 晶人は目を開けてその解答の矛盾点を探してみた。でも時間は無い。

 結局、晶人は自分の出した答えを信じることにした。


 晶人はゆっくりと歩き始めた。

「誰・・。来ないで! 本当に、晶人?」

 事実だけを見つめるべきだったのだろう。怪人達を始めとした一人一人の感情は考える必要がなかった。怪人達の感情が全てをわからなくしていた。

「いやだ。恐い、止めてよ、来ないで」

 光が強さを増す。しかし晶人は歩き続けた。それがこのゲームを終わらせるのに必要なことなのだ。そう晶人は確信した。

 始めて怪人達に出会った時、メイグは何と言ったのか。メイグは

「リーミアの許に行かなくてはならないという感情を持った」

と言った。理由は後から勝手につけたものだ。

 怪人達の持った感情は、「助けに来て欲しい」と強く言われ続けていた晶人の立場によく似ている。

 ただ具体的な言葉で呼ばれているか、何らかの意志だけを感じているかの違いしかない。

 また、「感情」は五人の選ばれた怪人達士か持たなかった。だからこそ、多くの怪人達の中から選ばれた者達だからこそ、彼らは強かった。圧倒的に。

「晶人、助けて。今どこにいるの・・。あなたは誰? 味方って何、本当に晶人?」

 リーミアのルールとは「リーミアの」と言われているだけで、それが本当にリーミアによるものなのかは誰も知らないのではないだろうか。

 このルールはおそらくリーミアの今の状態を守るためだけに存在している。この城に限って言うのなら、ここに人を来させないためにあるものだろう。

 晶人が高熱人ホーライに「リーミアを守るために戦っているのか」と聞いた時、彼の答えは「おそらく」だった。

 彼も知らないのだ。だから勝手に理由付けをした。彼もフィオーガもナウアンもキグフェルも、ただリーミアのルールに従っているにすぎない。それがリーミアのものであると信じて。

「晶人は、晶人は近づいて来てくれたのに、いきなり見えなくなっちゃった。城の入り口であっと言う間に消えたんだ。それから一生懸命さがして、やっと下の階で見付けたのに、またいなくなっちゃった。違う、あなたは晶人じゃない! あたし、だまされない」

 晶人は強い衝撃を受けて、再び壁まで飛ばされた。

「間違い無く、俺は晶人。君が、君の選んだ怪人達を導くため呼んだ先導者のはずだろう。助けに来たんだ。ここは寂しい、そして恐い。君はそう言っていた。助けて欲しかったんだろう、リーミア」

「晶人! 本当に・・晶人?」

 晶人はうなずいてまた歩き出した。「光の女」はまだ迷っているようだった。

 今までの彼女の通信から考えて、彼女は前々から「何か」に恐怖していたのだろう。そして助けを求めていた。だから彼女は強い怪人達を選んでここに呼んだ。

 しかしそれはリーミアの現在を破る行為だった。だからルールに縛られて怪人達はここに来ようとしなかった。

 彼女は仕方がなく別世界の住人に頼ることにした。彼女のいるこの空間はどうやら混沌とした場所らしい。だからそういう真似ができたのだろう。

 自分は呼ばれて怪人達のいる所に送られた。始めからアキートなんていなかったのだ。似すぎている名前はただの聞き間違いだったから。すなわち怪人達の言うアキートこそ自分だった。

 ・・それが晶人の見付けた解答だった。

「俺を呼んだだろ。助けて欲しくないなら、俺は帰るよ。でも、そうしたら誰も君を助けられなくなる」

「嫌だ。そんなの嫌だ。お願い、晶人。あたしを助けて。あれから恐いことばかりあるんだ。晶人を呼んだ時から嫌なことばかり。ここを乱すな。乱すなって声がする。「乱す」って何。あたしは助けてほしいだけだよ。恐い人が入ってきてあたしの身体を引き裂くんだ。そしてまた乱すなって・・、嫌ーっっ」

 それは今までにない衝撃だった。晶人は体中の骨が砕けるのではないかと思った。

 晶人は飛ばされて倒れる。そして血の混じった唾を吐いた。

「『乱してる』って、何なの・・。だって、寂しいよ。ずっと一人だった。いつも一人だった。恐い人があたしを襲ってくる。こんな所、嫌だ。助けて・・」

「助けてあげるよ、リーミア。体の力を抜いてくれ。そうじゃないとそこまで行けない」

「でも、でも・・」

「早くしないとせっかく君を助けに来てくれた怪人達がやられてしまう。君が本当に助けを求めていた相手が」

 晶人は何とか立ち上がった。そして彼女を刺激しないようにゆっくりと歩き始めた。

 この衝撃波は彼女の感情に起因しているらしい。落ちついてもらわなければ自分は動くことすらできない。

 晶人が歩いていくと、どんどん「光の女」の位置は遠のいていった。晶人は眉を寄せる。

「遠いよ、まだ遠い。助けて、晶人」

 なるほど。晶人はうなずく。ここでは無理に歩く必要はないらしい。

「遠くない。近くにいる」

 晶人はその場に止まり、傷が治ったばかり腕を差し出した。

「ほら、ここにいる」

「そんな所じゃないよ、あたし」

「いや、ここにいる。君が遠いと思っているだけ。俺は近い所にいる」

 「光の女」がくり返し「遠い」と言っていたのは実際の距離ではなかった。意識の距離だ。この空間では遠いと思えばどんどん遠くなる。だからさっきの電撃や冷気が届かなかった。

「本当? 晶人、あたしの側にいるの?」

「ああ。それにたくさんの仲間が待っている。みんな君に呼ばれてきたんだ」

 晶人の目の前にリーミアの壁が現れた。彼女は相変わらず輝いていたが、以前ほど強い光ではない。幼さの残る顔からすると、せいぜい十二、三才だろう。長い髪、あどけない目鼻立ち、まだ小さい胸の膨らみ、柔らかな身体のカーブ。彼女は明らかに人間の女性だった。光以外に異形の部分は見付けられない。

 晶人は彼女の裸身に見とれている自分に気づいて、あわててすぐに心を集中した。信用してもらえなければ、また彼女は晶人を遠ざけるだろう。

 晶人は手を伸ばしてそっと壁の穴に手を入れた。

 電気のような衝撃が来る。しかしそれでもためらわずに、晶人は彼女の肩に触れた。

「恐い、恐いよ。本当に晶人なの? 嘘じゃない? あたしを引き裂いたりしない?」

「ああ、助けに来た」

 晶人が彼女をそこから出そうとぐっと抱き寄せると、腕に感じる衝撃が強くなった。そして目の前の「光の女」が揺らぎ、晶人は不思議な闇に包まれた。


「ここは?」

 晶人の前には扉が見えていた。それは遠のいたり近づいたりしている。

 すぐに扉から大きな化け物が現れて、まっすぐ自分に向かってきた。厳つい扁平な顔をしたどう猛な怪物。四角い体で四つ足、足は速い。ものすごい雄叫びを上げながら突進してきた。

 その怪物の体当たりを受け、晶人は体中が砕け散るほどの痛みを感じ、実際に自分の肉体がはじけ飛ぶのを見た。

 痛みが引くと香の匂いがした。すすり泣きも聞こえる。名前を呼んでいるような声がするが何を言っているかは分からない。

 と、目の前から煙が現れて、それは竜のような形に変わり。晶人を包み込んだ。強烈な毒ガスに晶人はむせ混み、意識が遠くなっていく。

「寂しい・・」

 誰かが呟く。

 扉が開いてそこから街が見えた。

 たくさんの人がいた。いるのは人間だと思うが、はっきりとはしない。

 目をこらしていると、先ほどの四角い化け物が現れて、皆を轢き殺した。

 晶人は気がつく。あれはトラックだ。

 扉が閉じた。

「強ければいいのに・・」

 また扉が開き、街が見えた。住んでいる者達は皆怪物だった。トラックの化け物が再び現れたが、彼らはそれよりも強かった。

 時間が流れた。

「寂しいな」

 街を見ていてもその中に自分はいない。やはり寂しいままだった。

 しかし何かが絶えず頭の中で呟いていた。

「乱すな・・」

 また時が過ぎる。

 扉の景色にももう飽きた。皆普通に暮らしている。

「かっこよくて、強くて、戦って、勝って、そうしたら、面白いかな・・」

 扉の向こうの景色が少し変わった。ドームのような建物が建っていた。その中では戦いが行われていた。

 現れる怪人達の血みどろの戦い。

 少しの間は楽しめた。しかしやはり満たされることはなかった。

「誰か来ないかな」

 そっと呟く。

「乱すな・・」

「どうして?」

「乱すな・・」

「だって」

「乱すな・・」

「寂しいよ・・」

 頭の中の声は止むことなく響く。

 また少し時間が過ぎたようだった。

 あまりの寂しさに堪えかね再び呟いた。

「誰か来て」

 するといきなり扉から何かが入ってきた。

 それは「恐い怪物」だった。しかし彼は先ほどの怪物達のような「姿」を持っていなかった。ただ恐ろしいと感じるだけである。どんな形態かはまるでわからない。

 青ざめ、その恐ろしさに身動きがとれなくなった。

 彼はすぐ脇に立ち、こちらを睨んでいた。

 そしてじき消えた。

「ここ、何だか恐いし、寂しいよ・・。こんな所嫌だな。早く、ここに来てよ。ねぇ、みんな」

 扉の外の景色は一向に変わらなかった。しかし寂しさを感じるたび、恐い怪物は扉から現れる。

 彼は何をするでもない。ただ現れ、自分に恐怖を植え付け、消えていく。

「どうして、来てくれないの、どうして、みんなあたしを助けに来てくれないの。・・誰か、誰かみんなを連れてきてよ」

 そして思いついたように呟いた。

「ねぇ、晶人・・」

 晶人はその声にうなずいた。

 晶人だって、一刻も早くこんな寂しくて恐ろしい場所から出たかった。

 晶人は身をよじって壁の中から逃げだそうとした。

 その途端空間が震えた。

 そして今度は扉から次々と恐い怪物が入ってきて、晶人をとり囲んだ。

 あまりのことに震えていると、彼らは晶人の内側へ入り込み始めた。

 恐怖が体を支配した。

「あ・・、恐い。助けて・・、早く、早く来て・・」

「乱すな」

 また晶人の頭の中で声が響く。

 扉からは前よりももっと恐ろしく感じる怪物が現れた。

 それはすっと晶人に近づいてくると、いきなり晶人の身体をバラバラに切り裂いた。

 痛みはない。しかしそれに見合う苦しさがあった。気の狂いそうになるような恐怖心。

「乱すな、このままでいなければならない。いつまでも、いつまでも。お前が作ったのだから・・」


 晶人は両手に力を込めてぐっとそれを引っ張った。

 途端に幻覚は止み、ぼうっとしたリーミアの顔が目の前に現れる。

「恐いよ。ここから出ることが、恐い。やっぱり今のままがいい・・」

「違う。ここから出ることは恐くない。それに君はここから出ることだけを求めていたはずだ。俺は君を助けに来た」

 晶人はためらわずにその壁の中からリーミアを引っぱり出そうとした。

「いや、恐い!」

 途端に晶人の腕に強い衝撃が走る。皮膚は裂け、筋肉が飛び散った。血がリーミアの身体を染めていく。

「リーミア、ここから出よう。みんなが待っているんだ」

「助けてくれるんだよね、晶人。もう恐いことなんか無いよね」

 晶人はしっかりとうなずいて、傷ついたままの腕でリーミアを抱き寄せた。

 リーミアの体がするりと細長い穴から滑る出る。リーミアも腕を伸ばして晶人に抱きついた。

 その途端晶人の頭に強烈な波動が流れた。

『乱したな! この世界を乱したな!』

 しかし晶人は大きく叫んだ。

「あんたがルールを定めているなら、ここにリーミアがいる必要はない」

『違う。この世界はその女の世界だ。その女はここにいなくてはならない!』

 晶人はそれに答えず、リーミアの顔をじっと見た。リーミアはあどけない顔で晶人を見ていた。もしかしたら彼女は晶人の思っているよりもずっと幼いのかも知れない。

「行こうか。リーミア」

「あたし、行ってもいいの?」

「みんなが待っている」

「あたしの名前、リーミアなんだね。誰もあたしの名前、呼んでくれなかった・・」

 そしてそのままリーミアは眠った。死んだわけではない。息はしている。

 晶人はリーミアを抱いたまま扉に戻っていった。


 扉を開けると、やはり三人の怪人達が戦っていた。三人ともかなりのダメージを負っている。

 もちろん風船怪人に彼らを傷つけることはできない。問題は目の前の敵キグフェルのようだった。

 エレサの腕は血にまみれていた。何度も電撃を撃つがまるで効いていない。しかも今度は針だらけのまま近づいてきているので、当たった電撃は四方八方に散ってしまう。

 グラッズは体を貫かれながらも何とかドリルを顔に刺そうとしている。

 フリーミーはキグフェルの足元を凍らせているが、針だらけの体のため多少床が崩れてもキグフェルは落ちてくれない。しかも片足が落ちたくらいでは針を動かして這いあがってくる。

「無事か、みんな!」

「遅い! 早く私たちを中に」

 エレサが放電を止めて晶人につかみかかってきた。そこで晶人が抱いている女性を見つける。

「始めに俺がリーミアと話を付けるって約束だったろ」

 晶人はリーミアを強く抱いて守るようにした。それを見てエレサは更に怒鳴る。

「そいつがリーミアだね。ぶっ殺してやる」

 エレサは電撃をリーミアに撃とうとした。しかし晶人は自分の体を楯にして立った。

 そして考える。

「後で事情は話すけど、こいつはリーミアじゃない。俺をここに呼んだ『光の女』なんだ。リーミアの居場所はだいたいわかった。今はとにかくここを出たい」

「それは本当だろうな! 嘘だったら、許さねぇぞ!」

 戦いの合間を縫ってグラッズが怒鳴った。晶人はうなずく。

「わたくしはアキヒト様を信じますわ。アキヒト様のおっしゃるとおり、まずは鉄人キグフェルを倒しましょう」

「言うことだけは勇ましいな。ならば先ず氷女からを引き裂いてやろう」

 途端にキグフェルの針が伸びた。フリーミーは氷で楯を作ったがた易く砕かれてしまい、フリーミーの細い腕はちぎれ飛んだ。

「フリーミー!」

 フリーミーが身を返した時、次の針がフリーミーの胸を狙った。

 それをグラッズが身を挺して防ぐ。

 フリーミーはすぐに下がった。

「大丈夫か、フリーミー」

「だ、大丈夫ですわ。時間があれば元に戻ります。ですが、わたくしには残念ながらあの者を倒す術がございません」

「ちくしょう!」

 今度はエレサが向かっていこうとする。それを晶人が止めた。

「今は手がない。取りあえず部屋の中まで下がろう。まだ境界の圧力はあるのか?」

 エレサは少し部屋に進み、首を振った。どうやらリーミアのルールは消えたようだ。もしかするとリーミアは、その為にここにいなくてはならなかったのかもしれない。

「下がるぞ!」

 晶人は三人に合図した。

「ぐぁ!」

 その時、いきなりキグフェルが頭を抱えだした。体中の針も体内に戻る。そしてキグフェルの後ろで大きな音がした。


 階段から二人の怪人が現れた。

 一人は片腕を失っており、もう一人はその肩にもたれ掛かって浮いている。

「サモール、メイグ!」

 彼らだった。二人ともかなりひどくやられているが、無事のようだ。

 サモールはもがれた片腕を口にくわえ、もう片方の手で何かを引きずってきている。

 メイグは一人で浮かべないほどに衰弱しているようで、サモールの肩に半分よりかかっていた。

 サモールは引きずっていた物をキグフェルに投げつけた。それはフィオーガの屍のようだった。

 キグフェルはそれをぶつけられ、倒れた。頭を抱えているせいで自由に動けないようだ。

「まさか、フィオーガやナウアンを・・」

〈フィオーガはサモールに破れ去ったらしい。ナウアンとはかなり長い間膠着状態にあったが、サモールが乱入したおかげで一気に片をつけられた〉

「貴様!」

 キグフェルが針を伸ばそうとした。

 その瞬間サモールがキグフェルに飛びかかり、鋼鉄の首をもぎ取った。そして首の穴に手を入れると、体もバラバラにちぎってしまった。

 サモールは小さく一言呟いた。

「すまない、少し手間取ってしまった」

 戦いは終わった。


「で、結局リーミアは何処にいるんだ?」

 あの後彼らはすぐに城を出た。

 出るのは簡単だった。壁をとにかく壊し続け、外に出たら飛び下りればいいのである。

 外に出ると、もう日は沈みかけているようだった。夕日は城の後ろで見えないが、砂漠の向こうの森がそれを示してくれている。

「ちゃんと話してくれるんでしょ」

 晶人は城の門に寄り掛かって座っていた。リーミアは晶人の膝に頭を置いて眠っている。晶人は光を失ったその身体に自分の服を掛けてあげていた。

 五人の怪人達は晶人を囲むように座り、じっと晶人の言葉を待っている。

 もうサモールの腕は繋がっていた。腕を繋げるのはかなり体力がいるそうで、戦っている最中はさっきは放っておいたらしい。

 晶人の腕もほぼ完治していた。フリーミーだけがまだ手を回復できないでいる。

「いちいち全部を話すのは大変だから、メイグ、みんなに俺の考えていることを伝えてくれ。疲れているようだけど、大丈夫か?」

〈大丈夫だ。だが、君の考えを全て伝えていいのか? アキヒト〉

「ああ、構わない。俺の口からも少し言うことはあるけどね」

 そして晶人は眠っているリーミアの頭に手を置いた。呼吸は平常である。いつ目を覚ましてもおかしくない状況だ。

 少ししてグラッズが怒鳴った。

「やっぱりこいつがリーミアじゃねぇか!」

「ああ、たぶん。だけどあの時はああ言わないと、リーミアを殺していただろ。そんな事されたくなかったんだ。だから嘘を付いた」

「でも信じられない。私達は本当にこいつを助けるためにここに来たの?」

 エレサが疑いの表情を見せた。しかし晶人はしっかりとうなずく。

「間違いない。そもそも君達は人をよそから呼び寄せるなんて能力を持っていないはずだろ。それなのに俺が現れたのは奇妙なことじゃないか。だから、それをやってのけたのは彼女に違いないよ。あの不自然な空間にいれば、それができても不思議はないからね」

「だけどさ・・」

「混乱はリーミアが俺の現れる場所を君達に伝えようとしたことによって起こったんだ。アキートの言葉っていうのを覚えているだろ。『近いうち、《戦う場所》に現れる。無知なのでここについては何も知らない。名はアキート』。『私は・・』とは言っていない。リーミアはただ俺が来るということを伝えたかっただけなのさ。だから二度目の連絡でこの町にいる怪人のことを話した。あれもアキートではなくリーミアがやったことだよ」

 なぜここでは日本語が通じるのか。なぜ怪物達は人間の姿を基本にするか、地球上の生物の形を元にしているのか。なぜ服を着る習慣があるのか。なぜ食べ物が日本にある物に似ているのか。そもそもなぜ太陽があり、空気があり、音や光があるのか。そして、なぜ地球上の日本という国から先導者が選ばれたのか。

 リーミアの空間で見たものがそれを説明している。

 リーミアはもともと日本にすんでいた人間なのだろう。だからこそ晶人のいた世界との接点が多い。

 もちろん彼女はリーミアなんて言う名じゃない。彼女は自分の名を覚えていなかったのだ。ただ彼女は交通事故で死に、そしてこの空間に送られた。

 ここを作ったのはリーミアであって、リーミアがいなければこの世界はない。

「一つお聞きいたしたいのですが、超越者リーミアとリーミアのルールとは全く別のものなのでしょうか?」

「リーミアのルールを始めに作り、実行していたのはきっとリーミアだと思う。ただそれを守り続けようとする者は別にいたという事かな。事実、リーミアが部屋から出た途端境界は消失しただろ」

 しかし・・と晶人は思う。

 本当に別の者なのだろうか。もしかするとリーミア自身が自分の世界を守るために『ルールを守護する者』作ってしまったのではないだろうか。恐怖から守ってほしいという心がキグフェル達を作り上げ、逆にここから救い出してほしいと思う心がサモール達を作り出した。彼女が一番癒してほしかったものは一方で『孤独』であり、また一方では『襲われる恐怖』でもあったのだから。・・まぁ、推測の域を出ないが。

「とにかくさ、終わっちゃったんだね。そう思うと何か寂しいな」

 エレサが小さく呟く。

「また俺達は『壊す者』として生きればいいのさ」

 グラッズが言う。

〈本当に元に戻るのだろうか。もはや『壊す者』として生きられるとは思えないのだが〉

 メイグが小さく語る。

「どうしてですの?」

 それには晶人が答えた。おそらくメイグは晶人の心を読んで言ったのだろう。

「ルールが無くなったからさ。『壊す者』達が暴走して『作る者』を闇雲に壊していったら、いずれ『壊す者』も滅ぶだろ。ルールが無いって言うのは、そういう危険があるって事だよ。実際『人を壊す者』はかなり多いらしいじゃないか」

「難しい話ですわね。十分に起こり得ますわ。分をわきまえねばなりませんね」

 エレサがそこに割り込んできた。

「そんなことより、アキヒトは元の世界に帰れるの? もし帰れないなら、私と一緒に暮らさない? 『壊す者』が嫌いなら、私『壊す者』として生きるのをやめるよ」

 そして晶人の横にぺたりと座る。するとそれを引き離すようにフリーミーが晶人を引っ張った。晶人は慌ててリーミアの頭が落ちないように押さえた。

「電気娘エレサ。分をわきまえねばならぬと言ったばかりですよ」

 二人の間に火花が散り始めたので、晶人はすぐに口を挟んだ。

「俺が帰れるかどうかは全部この子次第さ。そういう話はリーミアが目を覚ましてからにしよう」

 じき日は沈み、城の陰で皆は始めて揃って眠りについた。


 何もなく、そして誰もいない空間。

 思考、それだけがそこにはある。

「乱された。この世界は大きく乱された」

「指導者に力を与えすぎたのだ。他から人を招くなど、許すべきではなかった」

「しかし力を与えねば、世界を作ることはできない」

「あの女は自分の作った世界に満足することができなかった。自分の世界を乱す心を自らの中に持ってしまっていた。一度乱れを持ったものはもう元には戻らない、決して」

「また、呼べばいい。生きる意志を持ったまま肉体を失った魂は数え切れなくある。また、呼べばいい。また、世界を作らせればいい」

 彼らはそして思考を閉じた。


 森から光が差し込み、砂漠の闇は消えた。

 朝が訪れた。

 少女は日の光を顔に受け、少しまぶしそうに顔をゆがめる。

 おしりや背中で感じる冷たい砂の感触。

 頭にある柔らかく暖かい枕。

 胸の上には少し汗の匂いがする布きれ。

 少女はそれらを感じると、寝ながら両腕を伸ばし背を反らせた。

 そして。

 彼女は、ゆっくりと目を開けた。

続編はありません。晶人がどうなったのか。怪人達の今後はどうなるのか。

それは皆様の想像にお任せします。


 どこにもアクションゲームを思わせるようなわかりやすい能力値がないので、どこがアクションゲーム? という感じでしょう。

 特定のゲームを設定して小説を作るのではなく、ゲームの世界を想定してゲーム要素を排除するという書き方にしました。



 この小説を本当にアクションゲームにするなら、アキヒトはNPCです。プレイヤーはサモール、フリーミー、エレサ、メイグ、グラッズの5人のキャラクターのうち誰かを選んで使用することになります。


 町に必ず一つある闘技場で勝ち上がり、優勝すると次の町の闘技場に行けます。そこで勝ち上がるとリーミアの住む城で最終戦に挑むのです。


 リーミアの城で勝っていくと、ラストには3人のボス、フィオーガ、ナウアン、キグフェルと戦います。

 リーミアは救い出されるキャラクターなので戦うことはありません。


 ただし一定の条件でクリアすると裏ボスとしてリーミアをこの世界に呼んだ名もない神様と戦うことができます。


 プレイヤーキャラクターとしてはサモールがもっともバランスがとれている強キャラで、扱いやすいですが、遠距離攻撃はできません。

 素早さではエレカが優れていて技ポイントを消費しながら電気の遠距離攻撃ができます。ただし技ポイントが半分を切ると素早さが落ちるので、回復するまで防御に徹する必要があります。技ポイントの蓄積は早いです。

 フリーミーは動きが遅く、攻撃力が低いですが、防御力に優れています。技ポイントを使用して冷凍光線を打てます。技ポイントの半分を使うと、着物を脱ぎ捨てる事ができ、スビードと攻撃力が上がりますが、耐久力は極端に落ちます。一度服を脱ぎ捨てるとその戦闘中は元の状態に戻れませんので、使い時が肝心です。

 メイグはズルキャラで、相手の攻撃が当たりにくく、こちらの攻撃は確実に当たります。ただ、決定的な力がなく、時間をかけて相手の体力を削る必要があります。また、通常攻撃でも技ポイントが減ってしまいます。一方、相手が技を出していなくても相手の技ポイントを削ることができ、一定以上相手の技ポイントを下げると「あやつり」攻撃が可能になります。これを使うとメイグの技ポイントが全てなくなるので、とどめを刺せなければ不利になります。

 グラッズは腕を伸ばす遠距離攻撃が特徴的でこれは通常攻撃なので技ポイントが減りません。攻撃を受けたときのダメージも通常のキャラより低く設定されています。ドリルのようなパンチやキックが必殺技扱いで技ポイントを使用しますが、攻撃力はたいしたことがありません。一方、相手の技ポイントがゼロに近いときに、全ての技ポイントを使うと相手を即死させることができます。


 小説中の戦力外キャラとは基本的に戦うことができませんが、クリアボーナスで戦闘が行えます。弱いですが、肉屋は肉を無理矢理肉を食べさせたり、服飾店は相手を着替えさせたりと面白い攻撃をしてきます。


 もちろんこの小説内にそのようなことは書いていません。

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[良い点] 一話あたりが長く読み応えがあるところ。 テンプレっぽくないところ。 [一言] 完結おめでとうございます。 話数は少ないですが文章量が多く、楽しんで読めました。 (更新ごとに読んでいると一話…
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