3.もう一人の怪人
晶人は今自分のいる位置がつかめなかった。どうやらまた奇妙な空間に入り込んでしまったようだ。
しかしやがて気が付いた。
「そうか、これは夢の中だ・・」
晶人の目の前に頼りなげに輝く光が見えた。
不思議だった。この光は確かにあいつ(・・・)の光のようだ。印象的な黒い目の点もある。それなのに輝きが以前と違う。
彼女にはあの時の強烈なまぶしさがなかった。確かに今でも直視できないような輝きではあるのだが、はっきりと輪郭線はつかめた。
「晶人、見えないよ。聞こえてるの? 答えて!」
「・・」
「助けて、早く助けて。おかしいよ。前より恐いんだ。何だか、前よりずっと恐くなってきた・・」
晶人は声をかけようとしたが、その前にその光は消えてしまった。
次の日の朝、かなり早い時間に晶人は目を覚ました。
不自然な体勢で眠っていたために体が痛い。
晶人が首をめぐらすと、サモールとメイグの姿が見えた。サモールは目を開けたまま壁により掛かっていたし、メイグはじっと宙に浮かんでいた。
・・二人足りない。
晶人は少し寝ぼけながら思う。
〈じきここに現れるだろう。すぐに出発するのか、アキヒト〉
メイグの言葉を聞き、晶人は頭を振って無理に目を覚まさせた。そして思いきり立ち上がる。
「ああ。そうしないと俺の足じゃ次の町に着けないよ。その前に旅の支度をしなくちゃならないけどね」
〈旅の支度?〉
「衣類とか食料とかだよ。君達は用意しなくてもいいのか?」
〈・・必要と感じた者は用意するのかも知れないな〉
晶人は首を傾げる。
メイグのくれた情報では、町から町までの距離は以外と長い。旅の準備をするに越したことはないのではないかと思う。確かに個人の問題ではあるが。
「じゃあ俺は必要な者を手に入れてくるよ。待っていてくれ」
晶人は軽く伸びをすると、さっさと部屋を出ていった。
晶人は昨日のように町を歩く。
今、晶人は靴下で歩いている。部屋から連れ出されたのだから靴などはいていない。だがそのことに気づいたのはグラッズに殺されてからだった。やはり気が動転していたのだろう。
そういえば、どうやって自分が生きて《戦う場所》から出たのか聞いていない。殺されたはずなのに生きているとはどういうことなのか。
あまり考えないことにした。
靴を売っていそうなところはなかったので、例の仕立屋に行ってみた。鳥もどきは晶人の頭に手をかざしたが、すぐにやめて、無言で斜め向かいの店を指さした。
ここでは作れないということだろうか。晶人は礼を言ってその店に向かう。
店にいたのはでっかい薔薇の花だった。いや、そう見えただけだが。薔薇の花がしっかり服を着込んで座っている。よく見ると薔薇の花に顔のような模様が書いてある。手元に置いてある素材はゴムのようなものと金属。
晶人が声をかける前に薔薇人間は手というか蔓を伸ばしてきた。仕立屋と同じなのだろう。晶人は靴をイメージする。
すぐに薔薇人間は手元の素材で靴を作り始めた。
「これは何に使う? 初めて作る形状だ」
ドスの利いた男の声だった。
「足に履くんだ」
すぐに薔薇人間は出来た者を差し出したが、なんとなくイメージが違う。外見は似ているものの足が入りそうにない。
晶人が困っていると、薔薇人間が奥から出てきた。
「使い方をイメージしてくれ」
晶人は渡された靴もどきを地面に置いて足をその上に置いた。それを履いて歩き回ったり走ったりすることを考える。
「わかった」
薔薇人間は靴もどきを取り上げて更に加工していく。晶人は気づいた。ここは加工場だ。本来は仕立屋の作った布の衣類にいろいろ飾り立てる場所なのだろう。
「いろいろあるんだなぁ」
すぐに完成品の靴ができあがった。履いてみるととても足にフィットする。これなら砂漠を歩いて行けそうだ。
「ありがとう」
薔薇人間は何も言わずに元の場所に座った。
晶人は続けて食材を探した。これはなんとなく分かる。しかし晶人は奇妙に感じた。
普通に食事があるからだ。
果物屋ならミカンやリンゴ。焼き鳥や唐揚げを置いてある店。生ものはあまりない。なぜだ? 怪人達はいかにも生で食べそうな印象なのだが。
試しにリンゴを手にとって食べてみるとバナナの味がした。
・・・。
「まさか、見た目だけ?」
ミカンをとってかじってみる。やはり味はバナナだ。でもミカンのみずみずしさはある。
晶人は別の店に行って唐揚げと焼き鳥を手に取った。
恐る恐る食べてみたがこれらはやはり肉の味だった。香辛料はなさそうだが肉自体に味がある。ただ、味は全く同じだ。鶏肉のようであり、豚肉のようであり。よく分からない。しかも唐揚げはそういう形をしているだけで焼いてあるだけだった。
「形が違うだけ?」
隣に魚のフライがある。食べてみた。同じ肉の味がした。
「長く生活したくないかも」
一口ずつしか食べていないので、余った食材を小袋に入れる。これも仕立屋に作ってもらった袋だ。あまり衛生的にはよくないだろうが、一日持てば良い。
他に何かないか探していると、なぜかおにぎりがあった。
「ここ、どこだよ」
恐る恐る手を伸ばし、おにぎりのような物体を手に取る。
見た目は海苔に包まれた米に見える。食べてみた。
「・・ぎりぎりだな」
味は米っぽく塩気は足りないが磯の味もある。ただ、海苔と米は色が違うだけで同じ物のようだ。食感はどちらかというと餅だろう。
晶人はおにぎりもどきもいくつか袋に入れた。
晶人は他に帽子とタオル。護身用のナイフ、そして替えの下着とシャツを追加で手に入れた。水は見つけられなかったので、果物を多めに準備することにした。味はバナナなのだが、仕方がない。そこそこ大荷物になってしまったので、袋を背負いのバッグに加工してもらう。なんとファスナーもつけることができた。薔薇人間も初めて作ったようだったが。
晶人は小道に入ってメイグとサモールがいる場所へ戻った。
部屋では、メイグの言ったとおりグラッズもエレサも姿を現していた。
やはり皆旅支度をしていない。全員昨日の姿のままだ。だが、これでもきっと出発の準備はできているのだろう。
「じゃあ、行こうか」
晶人は皆を促した。彼らもうなずき、歩き出す。
晶人はメイグに教えられた地図を思い出しながら建物を出た。
外はまぶしい日差しで満たされていた。昼間はかなり暑くなるだろう。
晶人達はすぐに街のへりまで出て、道なき砂漠を歩き出した。
晶人は歩きながら、改めてこの「世界」を大きく見渡す。
砂漠には陽炎が立ち、上空には強く輝く太陽が浮かんでいる。ここだけ見ていると地球上のどこかと言ってもおかしくはない。
晶人は太陽を仰ぎ見ていて、ふと太陽があることの不思議さを感じた。
「違う世界」と一言で言うが、それはあまりにもおかしな概念だ。本当に違う世界ならば、何から何まで違っているべきなのだ。太陽があってはいけないし、空気があってはいけないし、言葉も通じてはいけない。
確かにここは晶人の知っている世界とは違うようだが、それでいて晶人が当然と思っていることはやはりここでも当然のことだった。
日は朝昇り、夜には沈むらしい。食料が手に入るという事は、怪人達もまた食べ物を食べて生きているのだろう。音も光も匂いもあり、自分は日本語で彼らと対話できる。規格外の化け物を除けば怪人達はほぼ人間のスタイルだし、感情も人間に近いようだ。
それらは当たり前の事ながら、不思議なことでもあった。
晶人は皆を引き連れて砂漠の平地をまっすぐ越えていった。
大した目印もないような砂漠だが、頭に地図が入っているせいか道はわかりやすい。順調にいけば夕方には隣の町に着けるだろう。
歩いている間、怪人達は話をしなかった。お互い仲がいい方ではないのかも知れない。もっとも『壊す者』同士の間に友情があるとは思えないが。
しばらく砂漠を歩いていくと、晶人の頭に何か声が響いた。
それははっきりとした言葉であったはずだが、あまりにも声が小さすぎて聞き取れなかった。
晶人は少し首を傾げる。空耳かとも思う。
晶人はかまわず歩き続けた。
その時いきなり皆の歩みが遅くなり始めた。
「どうした?」
晶人は後ろを振り返って皆を待つ。怪人達はかなり遅れてのろのろ歩いていた。
〈そろそろ、我々の町が終わるようだ。私はここより先に行ったことがない〉
晶人は感心してうなずく。
「こんな砂漠までがさっきの町の一部なんだ。それにしても、メイグ、君は俺にリーミアの城までの道を教えてくれたじゃないか。何で行ったことのないような場所への道を知っているんだ?」
〈誰でも知っていることだ・・と言ってもアキヒトは知らないのだろうが〉
「まぁ、そうだね」
晶人は少し笑って彼らが来るのを待った。サモールは少し辛い顔をしながらも晶人の横まで来る。メイグもふよふよ浮きながら晶人に追いついた。
「そんなに辛いのか?」
今までとのあまりの違いに晶人も少し当惑する。これがリーミアのルールというものなのだろうか。
晶人の問いかけにサモールは何も答えてくれなかった。
〈ただ境界を越えようとすることにためらいがあるだけだ。アキヒトが気にかけるようなことではない〉
横でメイグが苦しみながら答えた。
少ししてグラッズが晶人の元に来る。
「以外と嫌な気持ちになるな。帰りたい気がするぜ」
そして肩で息をする。晶人がその後ろを見ると、エレサが立ち止まっていた。
「どうして進めるの? 私、もう充分」
晶人は軽くため息をつくと、泣き言を言うエレサの前まで走っていき、その手を引っ張った。
「今更わがままいうなよ。もともと自分達の立てた計画だろ」
そしてエレサの手を引いて歩き出した。晶人はそのまま皆の前を通り過ぎて進む。皆も何とか歩きだそうとした。
「そう急ぐなよ。俺達はこれでも精いっぱいなんだぜ」
グラッズすら文句を言いだした。
「後一人くらいなら手を引いてやるけど」
しかしサモールは答えず辛い顔をしながら歩き、メイグも今回は答えなかった。
グラッズはその二人を見て苦笑する。
「いや、いい。手を引いてもらったらお前の腕をちぎってしまいそうだ。エレサだけにしとけ」
「わ、私だって一人で歩けるよ!」
途端にエレサが怒鳴りだす。
「じゃあ手を放すか?」
晶人が平然と答えると、エレサは一瞬で黙ってしまった。やはり一人で歩くのは辛いらしい。
そのまま彼らはのろのろ進んでいたが、太陽が真上に見える頃になると、歩調が元に戻ってきた。
「もういい」
エレサは自分から晶人の手を振りほどいた。晶人が立ち止まって皆を見る。
「メイグ、もうみんな大丈夫なのか?」
〈次の町へ入った。ここなら大丈夫だ〉
「そうか」
どうやら辛いのは境界をすぎる時だけらしい。リーミアのルールというのも案外弱いものだ。
しかしこれで晶人は自分の真の役割を知ることができた。先導者とはこうして境界間を渡す者のようだ。
晶人は皆が元気になるのを見て、再び口を開いた。
「そろそろ俺、休憩をとりたいんだけど。いいかな」
「どうして休むの!」
エレサが咎める。
無理もない。皆、調子が出てきたばかりだ。
「疲れたんだよ。朝からずっと歩きどうしだっただろ。最近運動不足だし、さすがにきついよ」
晶人はさっさと近くの岩に行き、そこに腰を下ろした。
日差しはかなりあるが、我慢できないほどの暑さではない。ここの気候はいつもこんなものなのだろうか。
それを見てグラッズが感心したように言う。
「弱いとは思っていたが、自分で言うだけのことはあるんだな。お前の世界ではみんなそうなのか?」
「俺よりも弱い(・・)さ。まだ良い方なんだぜ、これでも」
晶人は軽く背を伸ばした後、早速カバンから焼き鳥もどきとおにぎり、そして水替わりのリンゴをとって食べる。疲れたのはこれらが重かったせいかも知れない。どうせ次の街で手に入るなら、こんなに用意する必要は無かったと晶人は反省する。
グラッズは晶人の側に来て、砂の上に腰を下ろした。
「お前、朝も歩きながら何か食べてなかったか?」
「普通は朝と昼と夜に食べるぞ」
軽く晶人は答える。
「無駄が多い奴だな」
「お前達はいつ食べるんだ?」
「まぁ人にもよるだろうが、俺は夜しか喰わねぇ」
晶人が当分動きそうにないので、エレサも諦めてかぶっていたフードを下げ、その場に腰を下ろした。
晶人は手早く食事を終え、またグラッズに話しかけた。
「普通に歩いていれば、夜までには建物のある場所に着けるだろ?」
「ああ、大丈夫じゃないか」
エレサはそれを聞いて首を傾げる。
「建物のある所に行けないと困るの?」
「ああ、ゆっくり寝られないからね」
エレサは呆れたように呟いた。
「夜は休むんだ」
「お前らはいつ休むつもりだったんだ?」
「だってアキヒト、今休んでいるじゃない。だから夜の間もずっと進むのかと・・」
「俺は一日の四分の一は休まないと動けなくなるんだよ」
「つくづく不便な奴だな」
グラッズがため息混じりに言った。
その時サモールがいきなり近寄ってきて晶人の横に立った。
「アキヒト、誰か来たようだ」
メイグも前に動き、耳を動かし始める。エレサとグラッズはすぐに立ち上がった。
「敵なのか?」
晶人は手早く荷物をまとめて聞いてみた。
「わからない」
それがサモールの答えだった。
しばらくすると晶人の目にも遠くの岩山に人が現れたのがわかった。
その人物はすぐ岩山から降りて、恐れることなくこちらに歩いてくる。
「じゃあ、行ってみるか。向こうもこっちに来ているようだし」
「好きにしてくれ、従うさ」
グラッズが答え、それを合図に皆は歩き始めた。
近づいていくと、その人物は女の姿を持っていることがわかった。
外見はこの砂漠に似つかわしくなく、とにかく白い。服も肌も髪の色まで真っ白だった。エレサ同様異形の姿ではないが、晶人の世界の者とは明らかに異なっている。着ている服もやはり異質で、どことなく和服を思わせるものだった。イメージなら日本の雪女に近いだろう。
彼女は皆の前まで来て立ち止まった。そして微笑みを浮かべる。エレサはその顔が気に入らなかったらしい。
「あんた何者? 私達の邪魔をしようっていうなら、止めといた方がいいよ!」
エレサが前に出て手のひらを相手に向ける。手のひらでは火花がバチバチと音を鳴らしていた。
しかし彼女はエレサを無視して晶人に向かい、頭を下げた。晶人も思わず頭を下げる。
「わたくしは、氷女フリーミーと申す者です。初めまして、アキート様ですね。お待ち申し上げておりました」
「待っていた?」
フリーミーは優しい笑顔を浮かべ、うなずいた。
「待ちなさい! 何であなたが私達を待っているっていうの!」
しかし今度もフリーミーはエレサを全く無視して続けた。
「これからはお供させていただきます。どうぞ何なりとお申し付け下さい」
エレサの手のひらの音が更に大きくなった。明らかに殺気立っている。
皆の頭に声が響いた。
〈大丈夫だ、彼女は敵ではない。以前、私が自分の感じた意志を確かめようとした時、私の飛ばした脳波に反応した者は四人いた。しかし結局集まったのは三人だった。私は気にしていなかったが〉
「ではわたくしが、その四人目ということになりますね。かなり前に超越者リーミアの許へ行かなくてはならないと感じ、その後に脳波人メイグの波動をお受けいたしました。しかしわたくしはこの町の者です。脳波人メイグの考えを理解できたからといい、そちらの町へ行くことはできませんでした。ですが超越者リーミアの許へ行くためには、皆様はこの町を通らなくてはならないはずです。そこで皆様がこの町をお通りになる時に接触いたせばよろしいと考え、ここでお待ち申し上げておりました。これからはご同行させていただきます」
フリーミーはそうしてまた頭を下げた。
「ダメ! 信用できない!」
エレサはやはり放電を止めていない。するとやっとフリーミーがエレサを見た。
「あなたがお決めになることではないと思われますが」
「こいつ、リーミアの手先かも知れない!」
「それはあなたも御同様だと思われます。始めからアキート様とご一緒でしたからといい、あなたが味方であるとは限らないはずです」
二人の間に険悪な空気が流れた。たまらず晶人は口を挟んだ。
「止めろよ二人とも。俺は彼女が敵だとは思えない。俺のことをアキートと呼ぶし、メイグにも同調したんだろ。味方は多い方がいいさ。心強いよ」
「俺はお前さんがいいなら反対しないぜ」
しかしエレサは一人猛反対した。
「こんな奴、足手まといになるだけだ!」
足手まといという言葉が気に障ったのか、フリーミーの言葉もきつくなった。
「あなたとはどうやら気類を異とするようですね。わたくしも、あなたのようながさつな方はご遠慮申し上げたいものです。多くの人数がありましてもお邪魔になりますだけでしょうから、一人くらいお消えいただいた方がよろしいですわね」
エレサの口元に笑みが浮かぶ。
「私も同じことを考えていたんだ」
いきなりエレサが手のひらの電撃を放った。フリーミーはそれを軽く跳んでかわし、晶人達から離れる。エレサもそれを追って走りだした。
「止めろって! グラッズ、止めてこいよ」
「やらせとけばいいんだよ。どっちが勝ったって問題はないし、相打ちになったとしてもやっぱり関係ない」
「勝つってのは少なくとも一人死ぬってことだろ!」
「一人減っても、二人減っても大して違いがないぜ、お前について行くのは俺一人でも良いくらいなんだ」
他の二人もグラッズと同じ意見らしく何も言わなかった。
「冗談じゃない!」
晶人は駆け出そうとした。が、グラッズが慌てて晶人を押さえた。
「バカ、死にたいのか。お前は弱い(・・)んだろ」
エレサとフリーミーの戦いはもう始まってしまっていた。
「行け!」
エレサが手から無数の電撃を放つ。それはフリーミーの体に当たり、フリーミーの体が粉々に散った。
「人形か・・」
その後ろにはやはりフリーミーの無事な体があった。
「確かにあなたの電撃はわたくしの体を砕くほどの力がありそうですね。当たれば、ですけれど」
途端にフリーミーの体がいくつにも分かれ、エレサを囲み始める。
しかしエレサはそれを鼻で笑う。
「そういうときは全部壊せばいいのさ!」
エレサはフード付きの大きな上着を脱ぎ捨てた。美しい小麦色の肌と黒いレオタードが現れる。
エレサが腕を天に広げると、体が輝きだし電撃が四方に放射された。電撃はことごとくフリーミーのダミー人形を砕いていく。
「どうしたの。あんたダミーを作るしか芸がなさそうじゃない」
いつの間にか一人になっていたフリーミーに向かってエレサは嫌みをいう。しかしフリーミーは笑顔で答えた。
「あなたは電撃しか出せないのでしょう? では、次はわたくしから攻撃させていただきます」
フリーミーは両手を胸で合わせ、その手を上にかざした。するとそこから白い塊が現れて上空に飛び、空中で鋭い氷柱の雨に変わって降り注いだ。
エレサは前に跳び、氷柱の雨を軽くかわす。そして電撃を撃とうとした。
「えっ!」
そこでエレサの動きが止まる。フリーミーの足から出されていた冷気が地面を伝わって、エレサの足を凍り付かせたのである。
頭上からはフリーミーの氷柱が降り注ぐ。
逃げる余裕はない。
氷柱が当たる瞬間、エレサは自分の身体を強く抱いた。
エレサの体は激しく輝き、氷柱全てを粉砕する。
エレサは自分の足を縛り付けていた氷をも砕き、そのまま宙に浮かんだ。
「よくもやったな!」
エレサが怒鳴った。しかしむしろフリーミーの顔の方が険しかった。
フリーミーは両手を前に出し、青白い冷気の光線を放射する。それを余裕でかわしながら、エレサはまた地上に降り立った。
「わたくし、お弱いのに抵抗なさるお方が大嫌いですわ。では、次の攻撃に移らせていただきます」
フリーミーは片手で自分のうなじの襟をつかんだ。
「止めろ!」
そこにグラッズの手を振りほどいた晶人が割り込んできた。晶人は二人の間に立って手を広げる。
「どきなさい、アキヒト! こんな奴はいない方がいい」
「アキヒト・・様? アキート様ではないのですか?」
晶人はフリーミーの方をしっかりと見る。
「こんな喧嘩を止めてくれれば、始めからちゃんと話すよ。戦いだけは止めてくれ」
「どけってば!」
エレサは怒鳴って、また手のひらで火花をならした。
「脅したって無駄だよ。エレサに俺を攻撃できるわけはないだろ。俺を殺せば自分達の計画はダメになるし、俺はその一撃であっさり死んでしまうほど弱いからね」
エレサは苦い顔をしていたが諦めて、手の火花を消した。
「弱い? なぜアキート様がお弱いとおっしゃられるのです?」
「その話しも後。とにかく今後一切仲間同士の喧嘩は禁止だ。俺がリーダーならそれくらいの約束事は守ってもらう」
エレサは唇を噛みながらもしぶしぶうなずいた。フリーミーもややあってうなずく。
晶人は安心して二人の間から離れた。
しかし晶人がこの二人の直線上から離れた途端、エレサは電撃を放ち、フリーミーは冷気の光線を撃った。
「止めろ、バカ!」
すぐにまた晶人は二人の直線上に戻る。
「えっ! アキヒト、危ない!」
「アキート様! お避けになって下さい!」
晶人が自分の行動を後悔した時はもう遅かった。
エレサの電撃が晶人の右手を、フリーミーの冷気が晶人の左手を綺麗に包み、その鋭い衝撃で晶人の意識はあっさりと吹き飛ばされてしまった。
近くに光が見えた。
「見付けた。そこにいるんでしょ? こんな所で何をしているの。早く助けに来てよ、お願いだから、ねぇ、晶人」
こっちはそれどころじゃない。自分はもう死んだかも知れないのだ。
「違うの? 晶人じゃないの? だったら、あなた誰」
彼女の怯えの混じった鋭い声が頭の中に響きわたる。
体中にきつい痛みが走った。
「アキヒト! アキヒト!」
エレサの高い声が晶人を眠りから覚ました。今晶人は後ろから誰かに抱き抱えられているらしかった。エレサとフリーミーが前に仲良く並んで前にいた。
両手にまた鋭い痛みが走る。首を回しその両手を見た途端、晶人は強い吐き気を覚えた。
いわゆるショック症状という奴だろうか。
しかし気をなんとか落ちつけて指示を出す。「エレサ、俺の左に回って腕に弱く電流を流してくれ。フリーミー、お前は右に回って腕を冷やしてくれ」
「それで治るの?」
「・・。取りあえずやってくれ」
二人は早速晶人の両側に回った。ふよふよと浮いたメイグが見えた。グラッズも前の方にいる。と、いうことは後ろで晶人を支えているのはサモールなのだろう。
「無茶だな、アキヒト。お前は弱いんだ。少しは自覚しろ!」
「・・わかっているさ。だけどどうも仲間割れっていうのが嫌いでね、反射的に体が出ちまった。これからは気を付けるさ」
「やっかいな奴だな。もうお前の見ている前では喧嘩はさせねぇよ。それよりお前、治るんだろうな。こんな所で死んだりはしないでくれよ」
「・・」
治るわけがなかった。両腕が繋がっているだけでも奇跡に近い。右腕はぼろぼろに砕けて焦げているし、左手は黒ずんで壊死しかけているのである。
〈両腕が無くても平気なのか? 君の体のもろさから考えて、そうは思えないのだが〉
メイグが静かに語りかけてくる。だが、当たっている。応急手当など期待できないこの世界で、こんな大怪我は死に直結していると言ってもいい。
意識を保つのでさえ精いっぱいである。ちょっと気を抜くと、眠りに落ちてしまいそうだった。
〈どうにか方法はないのか?〉
「わからないよ」
隠しても無駄と思い、晶人は素直に答えた。
「えっ? 何が?」
一心に弱い電流を流していたエレサが顔を上げる。この電流も、フリーミーの冷気もあまり効果を上げていないようだった。感覚は全くない。ただ付け根の辺りから痛みだけが流れてくる。
その時背中にいたサモールが動いた。
「私がやってみよう」
〈なるほど。この中ではサモールの外見が一番アキヒトと似ている(・・・・)。もしかすると体質も似ているのかも知れない〉
今度はグラッズが後ろに回って晶人を抱き抱えた。エレサとフリーミーも離れる。
サモールは晶人の前に立つといきなり自分の片手を切断し、そこから滴り落ちる体液を晶人の両腕にかけだした。
体液のかけられた部分から白い煙が立つ。
晶人の体中にいっそう激しい痛みが駆けめぐった。今までの痛みとは大きく違い、今度の衝撃は腕全体からである。死んでいたはずの神経が断末魔の叫びを上げているようだ。
晶人は小さく悲鳴を上げて、口から泡を吐き、気を失った。
「おい、アキヒト! 死んじまったのか!」
そんな言葉を何度か耳に受け、晶人の目の焦点が定まってきた。
「い、生きてる・・らしい」
まだ痛みは激しかったが、さっきよりはましだった。しかし自分の両腕を見た途端、また晶人は気を失いかけた。
「な、なんだ、これは」
晶人の見たのは白骨化した自分の両腕だったのである。
「うまくいかなかったようだ」
サモールが自分の腕をつなげながら言う。
〈体質が同じならば、サモールの血に反応して回復力が上がると思った。しかし・・〉
「・・」
晶人はゆっくりと数度深呼吸をした。そしてまた目を開ける。
血は止まっているようだった。精神的ショックは強烈だが、生きていることに間違いはない。それだけには感謝した方がいいだろう。どうせあのままでは死んでいたのだ。
晶人はすぐに動き出そうとした。このままここにいたら、動けなくなってしまいそうで恐かった。
その時、指が小さく音を立てた。
「!」
もう一度、今度はしっかりと腕を見て指を動かしてみる。
今度も指は動いた。
医学的には奇妙なことだろうが、骨だけになっても神経が通っている。
「サモール、効果はあったようだよ。骨だけになっても、腕は死んでいない」
「そうか」
サモールが一言呟く。奇妙に動く晶人の指を見てグラッズも感心の声を上げる。
「へぇ、成功ではないが失敗でもなかったわけだな。まぁ、良かった方か」
「そうなるかな」
あまり声を出すと涙声になりそうだったので晶人はそれ以上答えなかった。それほどにこのわずかな希望が嬉しかった。
「よかった」
エレサが呟く。
「そうですわ。ご無事で何よりです。わたくしの責任とは言いきれませんが、その原因の一端を担っておりましたのは事実。心が痛みます」
「フリーミー! もしかして私の責任だって言いたいの!」
「止めろよ、頼むから。今度やったら骨も残らない」
二人はうつむいた。
〈アキヒト、どうするのだ? 君は今日中に建物のある場所に着きたいのだろう?〉
「ああ、できればそうしたいよ。だけど俺、動けるかな?」
するとサモールが晶人を抱き上げた。連れていってくれると言うのだろう。晶人は軽くうなずく。
「じゃあお願いしようかな。そろそろ出発しよう。町で早く休みたい」
彼らは町へと歩き出した。
それからは何事もなくフリーミーの住む街へ入れた。
日はもう沈んでしまっていた。砂漠の残光が街を照らし出している。
街に入るとフリーミーは皆を一つの建物の中に連れてきた。
「わたくしは、いつもここで休んでおります。どうぞ皆様、ご自由にお休み下さい」
フリーミーが案内した場所はやはり粗末な高いビルの中だった。中は広い作りになっている。
もう晶人は自分の足で歩いていた。腕が使えないことが不自由なだけで、歩けないわけではない。
晶人は近くの壁により掛かって座った。そこへフリーミーが近寄り、右手に並んで座る。
「フリーミー、俺のことは聞いたか?」
「はい、脳波人メイグからお伺いいたしました。少々驚きましたが、わたくしといたしましても、アキート様がアキヒト様でいらっしゃることに依存はございません。これからよろしくお願いいたします」
晶人は少し微笑むと目を閉じた。その途端に眠りが体を支配し始める。こんな体勢で眠るとまた明日体が痛いだろうが、もうそんなことはどうでもよかった。
考え事も明日に回した方が良さそうである。明日になればこの旅にも慣れてくるだろう。
横で何かが動き、晶人はまどろみの中薄く目を開けた。
左隣に誰かが来て座ったようだ。
エレサだろう。
彼女は晶人に聞こえるかどうかのか細い声で呟いた。
「今日はごめん、アキヒト・・」
晶人はそのまま眠った。
晶人の眠りの中に、また光が現れる。
「晶人、どこ?」
晶人は声を出してみた。
「俺を前から呼んでいたのは君だね。君は一体誰なんだ?」
「いた。やっと見付けられた。今そこにいるんだね。遠いよ。早く助けに来て」
光の輝きが強くなった。晶人はもう一度声をかける。
「わかっている。俺も早く君の所に行きたい。だから教えてくれ、君は・・」
「早く来て。恐い。堪えられないよ」
そして急速に光は消えていった。
少ししてメイグが皆の頭に語りかけてきた。
〈アキヒトは眠ったようだ〉
「変な奴だとは思っていたが、こんなにひどいとは思わなかったぜ」
グラッズが笑いながら呟いた。彼はちょうど晶人の向かいの壁により掛かっている。
グラッズの言葉に立ったままのサモールが応える。
「私達はアキヒトを守らなくてはならない」
「わかっているさ。そうじゃなきゃ、俺達はリーミアの許になんか行けないもんな。だが、ああ無鉄砲にやられると、守るのも大変だぜ。今まで俺達が戦わなかったのはただの偶然にすぎねぇが、これからは意識して喧嘩しないようにしねぇとな」
「こんな奴と仲良くしたくなんかない!」
エレサが強く怒鳴る。
〈アキヒトが起きる。そんなに大きな声を出さなくてもいい〉
すると今度はフリーミーが小さく言った。
「もちろんわたくしも、あなたと仲良くいたしたいとは思いません。しかしわたくしは、アキヒト様のためにあなたと諍いを起こさないつもりでおります」
「そいつはいいな。フリーミーの方がわかっているじゃないか」
「わ、私だってもう喧嘩なんてしないよ!」
〈エレサ、声が大きい〉




