同僚との再会
テンプトタール南の町、ブラトゥガルドゥは荷の積み下ろしが多い港町でもあり、上下流へ向かう船が休む水運の中継地点でもある。人も物も集まるため商人に限らず人が多い。服装も様々で山岳地帯の衣装を着たものもいれば、漁師らしく着崩した軽い服装の者もいる。
ただ、その中でも北の国風の衣装は非常に目立つ。宿屋のドアを開けたタータが見た、7歳ぐらいの幼女はまさにそれだった。天色のワンピースは袖口と裾に赤と白で織柄を施さている派手なものだ。
同じ織柄はズボンの裾口にもあり、黒味の強い焦げ茶の革によく映えている。そして頭巾の付いた肩掛けは、白を基調に青と赤が鮮やかに線を引いていた。赤みの強い白茶色の髪がその意匠によく似合っていた。
幼女は腰に手を当て仁王立ちにタータを見上げている。瞳は濃い飴色で少し得意げで嬉しそうだった。それを見たタータは開けたドアをそっと閉める。だが、すぐに内側から開けられた。
「閉めるな!」
「閉めるわ!なんでお前がここに居んだよ!」
「お、私だと分かったのか?」
必死な顔の幼女がすぐに明るい嬉しそうな表情に変わる。自分だとすぐに分かってくれたことが嬉しいようだ。
「分かるわ!前のとほとんど一緒じゃねぇか!」
「む、やはりそうなのか。まだ姿を確認してなかったんだ。」
「そうか、それじゃな。」
「待て!待ってくれ!」
さらに立ち去ろうとしたタータに、幼女が半泣きでしがみついた。傍から見れば幼い姉妹の喧嘩のように見えるのだろう。小さな食堂である宿屋の女将が微笑ましいものを見るような表情で声をかけてきた。
「この子はお姉ちゃん待ってたんだよ。何があったか知らないけど、許してあげなよ。」
「う・・・いやコレは妹じゃなくてな・・・。」
「そうだ。私は妹ではない。」
幼女はタータから手を離し左手を後腰に、右手を左の鎖骨へ添えて女将へと向き直る。その振る舞いや所作は貴族や騎士のそれだが、子供が背伸びをして真似をしてるようにしか見えない。女将も可愛いものを見る目で楽しそうに微笑んでいた。
「あら、違うの?」
「うむ。私はこの者に付き従う者であり、罪を償う者でもある。近いのだと・・・そうだ、言うなれば“犯罪奴隷”だな。」
「じゃ。」
「待て!待ってくれ!」
とんだ爆弾発言にタータは身を翻して駆け出そうとした。すぐにそれを察知した幼女が素早く左足にしがみつく。服が汚れるのもお構いなしだ。さすがにこの姿勢では無理やり逃げることも出来ない。
すでに幼女は半泣きで涙を浮かべていた。何も悪くないはずの自分が悪い気がして、タータは何も言えなくなる。女将はそっと近付いてきて、タータの肩に手を載せて諭すように言った。
「難しい言葉知ってるみたいだけど今じゃ犯罪奴隷なんて居ないわよ。ほら、そのぐらい反省してるってことなんだし、許してあげなよ。」
「ぅくっ、頼むぅ、私を、ひぐっ、許せないのは、ひぐっ、分かるけど。」
「ああ、もう!分かった、分かったから泣くな!」
「うんうん、仲直り出来てよかったねえ。」
女将は笑顔で2人の頭にポンと頭を乗せる。タータはむず痒そうに顔をしかめるが幼女はまだ咽び泣いていた。収まるまではしばらくはかかりそうだった。
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宿屋の1階の食事処で2人はカウンターに座っていた。タータはずっと不機嫌な顔のままだ。幼女が落ち着いたところで宿を取りはしたものの、女将に同部屋にされたからだ。こちらの抗議も暖簾に腕押し。子育て経験のある女性には何を言っても諭されて、最後には言い包められてしまったのだ。
結局はしぶしぶ同部屋であることを了承したが、2人部屋ではなく1人部屋にされてしまった。宿の女将は2人が同じベッドで仲良く寝るだろうと思ったのだろう。しかしタータは床に寝るつもりだった。この幼女と同じベッドに入るなどしたくはない。相手のことをよく知っているからだ。
幼女の名はラズブナト・クリマ・スプリマーラ。通称ラズ。かの英雄と共に旅をし、タータが殺される現場にいた従者だ。そして彼は英雄と同い年であり、元のタータより若いとはいえ、それなりの年齢の元男だった。
女将の言うとおりにしてしまえば見た目はともかく、オッサンとオニイサンが同じベッドで夜を明かすことになる。お嬢ちゃん扱いされることは諦めているとはいえ、さすがにそれは精神的にキツイ。女児同士なら当たり前のことかもしれないが、男児であれば5歳にもなれば1人で寝るのが当たり前の世界だ。女に見られることは諦めていたが、こんなところでその弊害を体験するとは思わなかった。
さらにもう1つ、不機嫌になる理由がある。タータは広いベッドで思う存分手足を伸ばして寝るのを密かな楽しみにしていた。身体が小さくなったからこそ出来ることだ。それを今夜は味わえないのだから陰鬱な気分になってしまう。しかめっ面になるのも無理はないだろう。一方のラズはとても上機嫌でニコニコしている。その様子を見て、タータがため息とともに話しかけた。
「ハァ・・・ラズ、聞きたいんだけどよ。」
「うむ、なんでも聞いてくれ。包み隠さず答えることを誓おう。」
「そういう大げさなのヤメロ。目立つだろうが。」
「う、すまん。」
ラズは貴族の所作がまだ抜けていない。青年のままであれば普通なのだろうが、幼女の姿でそれをやると微笑ましいのか、妙に大人が食いついてくる。それはタータ曰くの“面倒なこと”だ。今もチラチラと、カウンター奥で料理をしている女将が微笑みながら様子をうかがってるのが分かる。
「で、お前の前のヤツどうしたんだ?」
魔法使いの家にいた頃のラズの身体は人形だった。タータのような試験用の身体は1つしか無かったらしい。魔法使い曰く、魂だけを保存することは出来るが魂と記憶は別物であり、そのままにしておくと記憶が無くなるとのことで、ラズはとりあえず人形に魂と記憶を移された。
その人形の見た目や服装はほぼ今と同じだ。ただ、身体は木製で関節は球体だったし、なにより顔が無表情だった。今は人と同じように表情が出ていて肌も木ではなく人のそれになっている。
「そのことか。うん、あの方に頼み込んでな。」
「マジか・・・。」
魔法使いは頼んだからといって動く性格ではない。自分の興味が向くかどうかが重要で、それ以外で他人に何かをすることはまずないのだ。どうして頼みごとを聞いてくれたのか、タータには当たりが付いていたため、声には魔法使いへの同情の響きがあった。
「最初は断られたんだが、諦めずに食い下がっていたらこうしてくれた。人形は保管するって言ってた。」
「ハァ・・・今回はどんぐらいまとわりついてたんだ?」
「大したことはない。3日だ。」
ラズはこともなげにそう言った。この男、もとい幼女は恐ろしいほどに諦めが悪い。そして良い意味でも悪い意味でも英雄と同じレベルの精神力を持っている。あちらと違って貴族としての倫理観も常識もあるのだが、自身にとって最重要なことに対しては折れることがない。
そして今ラズにとって最重要なのがタータへの贖罪だ。タータを殺したのは英雄なのだが、それを止められなかった自分が悪いと思っている。タータが貴族だったラズに敬語を使わないのも、ラズ本人がそうしろと訴えてきたからだ。最初は断ったのだが、昼過ぎから夕方まで説得されてタータが折れた。
魔法使いも同じ目にあったことがある。タータが休みなく実験に付き合っているのを見て、休暇を与えるべきだと訴えたのだ。鬱陶しいからと何度も遠くへ飛ばされたが、自力ですぐに戻ってきてなお言い続けるため、最後には声を出せないようにされた。それでも石版に文字を書いて食い下がっていたため、最終的には2日ほどで魔法使いのほうが折れた。タータにとっては感謝すべきことなのだろうが、あのしつこさには閉口したものだ。
「何が悲しくてそこまですっかねぇ。」
「もちろん君への贖罪だ。サフィーシングの非道に気付かず、君を殺モガガガ。」
慌ててタータが口をふさいだ。子供の戯言と聞き流されるだろうが、余計なことを言って注目を集めるのは面倒になる。
「妙なこと言うなっての。ここはあの家じゃねぇんだぞ?」
「モゴ、・・・すまない。君を手伝いたくて来たのに、どうにも空回りしているようだ。」
ラズがしょぼんと項垂れた。やったことに対して随分と深い反省だ。それに気付いたタータは念の為に聞いてみる。
「お前、いつそうなったんだ?」
「昨日だ。」
「調整は?」
「すぐに慣れるだろうと断った。」
「ハァァァァァ、お前なぁ・・・。」
今日一番の深い溜息をついたタータが呆れた顔で言う。
「ちゃんと調整しねぇから、身体に心が引っ張られてんだよ。」
「え?」
「さっきの半泣きといい、今の考えなしっぷりといい、お前は今はガキそのままなんだ。」
「エエエ?!」
頬を両手で抑えて驚いた顔のまま固まったラズを見て、タータはまた一層深いため息をついた。




