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出立

 タータは南の運河に来ていた。ここで運搬船に便乗させてもらい、川下にある町のブラトゥガルドゥへと向かう。すでに約束は取り付けてあり、あとはやってくるのを待つだけだ。


 グルードクラー公爵領の南には大きく長い湖がある。いくつかの領地をまたぐ巨大な湖、トレント=ウシャ湖だ。流れ込む川は数多あるが、流れが緩やかな場合は水運に利用されている。テンプトタール近くの川もそうだ。


 トレント=ウシャ湖からは海へと続く大きく穏やかな川があり、そちらも水運が盛んだ。テンプトタールからブラトゥガルドゥへを経由し、その川を下る。そのままフルトゥーレがいる川沿いの男爵領へと向かうつもりだ。


 見送りに来ていたチェーブは少し寂しそうだ。まだ再開してそれほど経っていないが、久しぶりの師匠とのコンビは安心できたし楽しかった。街を出ることは聞いていたが、やはり色々と思うことはあった。


「陸路じゃなくて川下るとはなー。遠回りな気がするけど。」

「フルトゥーレには会っときてぇんだ。」


 チューブは寂しいとはいえ別れに駄々をこねるほど若くはないし、この街には色々としがらみが出来てしまった。せめてこの時間を大事にするべく、なるべく自然にいつもどおりの会話をしている。


「あいつにも言うのか?魔法使いのこととか。」

「あぁ。少し短かったとはいえ、アイツも俺の弟子だったからな。」

「ククク、あいつ今のタータさん見て何ていうかな?」

「さてな。感動屋だから泣くだろうが、あとは歌い出すのか、脱ぎだすのか。」

「ハハハ、酒飲んでるの前提かよ。」


 フルトゥーレは貴族とは思えないほど感情豊かな男だった。そして飲み屋に限らず、騒いで話をするのが好きだった。チェーブが師事して1年後に弟子入りしてきたのだが、2人はすぐに仲良くなって、色々と馬鹿をしたものだ。


「まぁさすがのアイツも、実家じゃ騒いでねぇだろうがな。」

「男爵領っつったっけ?」

「んー、お前には言ってもいいか。」


 タータは少し顎に手を当て考えたあと、フルトゥーレがいる領地を教えることにした。


「ポドナーレ男爵領だ。」

「ってことは、フルトゥーレ・ポドナーレって言うのか。」

「フルトゥーレ・トルィ・トアムナルーナだぞ。」

「領地名が家名じゃねーの?」

「ポドナーレ家が潰れて、アイツの爺さんが代わりに入ったんだと。」


 それほど多くはないが、領地名と家名が異なる場合もある。跡継ぎが居なかったり、取り潰されたりで、封じられる領主が代わることがあるからだ。普通は親戚筋から養子を迎えて名を残すのだから、件の男爵家は取り潰されたのだろう。


「貴族ってことしか教えてくれなかったんだよなー。」

「お前とダチのままでいたかったんだろうな。家の名前を伝えりゃ、そこの人間として見られちまうってな。」

「あー、あいつ妙なトコで繊細だもんな。」

「お前はそんなこと気にするタマじゃねぇのによ。」

「ひでー言われようだ。ま、当たってるけどさ。」


 お互いに笑いあう。チェーブは人目があれば相応の態度を取るが、友人であることをやめる気はさらさらない。そういう男だ。間近で見てきたタータにはそれがよく分かっていた。


「そうそう。お前にはこれも教えとこうか。」

「・・・また面倒なこと(魔法使い)関係?」

「違ぇよ。マーレとリースのことさ。」

「まさか、2人とも実は貴族でした、とかじゃねーよな?」

「なんだよ、知ってんのか。」

「うそ!?テキトー言っただけなんだけど!?」


 チェーブが頭を抱える。戯言が事実だとは思わなかった。しかもまた貴族。商家の元三男坊としては身に余りすぎて、重圧にしかならない。ただ、全員が1人の狩猟者を中心にしている気がしていた。


「ハハハ、お前は何かと貴族と縁があんな。」

「縁があるのは俺じゃなくてタータさんじゃねーかな・・・。」

「否定できねぇな、オイ。」


 今度はタータが困り顔になる。チェーブから見ればスクッドシグもマーレやリースもタータの関係者だ。他にも仲の良い衛兵がいるのだから、チェーブに縁があるというのもあながち間違いでは無いのだが。


 2人して困り顔で佇んでいると、タータが何かを思いついたのか、手を叩いて顔を上げた。


「そうだ、言い忘れてた。」

「また面倒ごと?」

「いや、大事なことだ。遠くない内に戻ってくるだろうが、ウースには言うな。」

「でもよ・・・。」

「あの馬鹿は絶対に隠せねぇ。」

「そりゃ確かに。」


 ウースは良くも悪くも、いや、悪いほうが多いほど真っ直ぐな男だ。頭を使うのは苦手で、人を騙すのも嘘を言うのも大嫌いだ。にも関わらず嘘を言われても怒らない度量の広さを持っている。しかも騙されたとしても、それが笑い話や楽しい話になるなら恥など考えずに喜んで言いふらしてしまう。


 以前チェーブはウースに、ナイフをプレゼントをしたことがあった。世話になっている礼としてだが、恥ずかしいから内緒にしてくれ、と口止めしたにも関わらずその日の内にギルドで自慢していた。恐らくタータが生きていることを知れば、嬉しさのあまりすぐに広めてしまうだろう。本人は悪気が一切ないのだが、面倒なことになるのは明らかだった。


「それにアイツは俺の弟子じゃねぇ。物事ってのはどっかで線引しなきゃなんねぇ。俺の線引は」

「弟子かどうか、だな。うん、分かったよ。」

「ならいいさ。どうしてもってときは俺が言うからよ。」


 ちょうど上流側から荷物を満載した小さな運搬船が近付いてきた。前後に1人ずつ、長い竿を持った船頭が乗っている。あの船に便乗して、下流へと向かう予定だ。夕方前には町へと着くだろう。もう別れの時間だ。タータは振り返り、いつもの調子で話しかける


「手紙は渡しとくが、他に伝えることあんなら聞いとくぜ?」

「ん・・・じゃあ、飲みに来いって言っといてくれ。こっちならあいつもハメ外せるだろ。」

「分かった。キッチリ伝えとく。」

「お嬢ちゃん、待たせたな!止まらねえから飛び乗りな!俺のすぐ後ろだ!」

「おう!」


 船頭の言葉にタータが威勢よく返事をして船に飛び移る。小舟が少し左右に揺らぐが、船頭が竿を使い簡単にそれを止めた。タータは振り返ってチェーブを見て、大声で名を呼ぶ。


「チェーブ!」


 半泣きの顔で肩を落とし気味だったチェーブが、ハッとした顔で見返した。タータは右手でビッとチェーブを指差し、左手を腰に当てたまま励ますように言う。


「お前はこの街一番の狩猟者だ!師匠の俺が保証する!だから胸張ってろ!」

「ぐぅ・・・ずりーぞ、それ!んなこと言われたらよ・・・。」

「“別れは再開の約束だ”!また帰ってくるさ!」

「グスッ、ああ!“別れは再開の約束だ”!」


 狩猟者の挨拶を叫びながらタータが大きく手を振ると、チェーブも涙を浮かべながらも笑顔で手を振り返した。そして、どちらも大きく息を吸い込んでから別れの挨拶を同時に言った。


「じゃあな!」

「またな!」


 見えなくなるまで見送ったあと、チェーブは目を拭いながらも背筋をピンと伸ばす。その顔は自信に溢れたベテランの表情をしていた。


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