仲直り
しばらくしてやっと動き出したラズは項垂れて涙目になっていた。子供の身体なために情緒もそれに準じており、感情の起伏が激しい上にコントロール出来ていないようだ。
「どうしよう・・・。」
「どうしようもねぇよ。アイツが来たときに頼むしかねぇな。」
「聞いてくれるかな・・・。」
「さあな、いや聞いてくれる!聞いてくれるって!ああ、もう!俺も言ってやるから泣くなって!」
「グスッ・・・うう、ありがとう・・・。」
冷たい否定に泣き出したのを止めようとしたら、今度は感謝で泣き出した。元から無駄に感受性が高かったのだ。ヴナトールの子どもじみた夢すらも共感するほどに。それが子供になったことで増幅されて、どうにも暴走しているように見える。
タータが何度目かわからない溜息をついたところで、女将が豆のスープとクタルを持ってきた。ラズの顔を見て、やれやれといった表情で料理を置きながら話しかけてくる。
「あらあら、また泣かしちゃったの?」
「いや、違うんだ。ちょっと悲しいことを思い出しただけで。な?」
「うう、そうなんだ。まさか私なんかに・・・グスッ。」
「本当に?お姉ちゃんにイジメられたらオバちゃんに言うんだよ?」
「イジメたりなんてしねぇよ。ガキじゃねぇんだ。」
タータは酷く不機嫌そうな顔で答えた。独特の矜持を持つタータにとってイジメは、最低のクソ野郎がすることという認識で、それを自分がやったと疑われるのは心外なのだ。
「子供はみんなそう言うのよ。う~ん、じゃあ夕食食べ終わるまで仲良くしてたら、甘いもの上げようかな?」
「マジ!?」
「本当か!?」
タータの不機嫌極まりない顔と、ラズのグズグズの泣き顔が一転して、期待に満ちた表情に変わる。提案した女将はその変わり様に少し驚いてから、仕方なさそうに微笑んだ。
「ふふふ、やっぱり姉妹ね。おんなじ顔して目がキラキラしてるわよ。」
「うっ、いやまぁいい。約束だからな?」
「はいはい。ちゃんと仲良くするのよ?」
「おうよ、な?」
「ああ、任せておけ。」
方や拳を突き出し、方や胸を叩き頷きあった。それを見た女将が微笑んだままテーブルを離れれと、2人はそそくさと料理に手を付け始める。少し食べ進めたところでラズが随分と嬉しそうに食べてるのに気づき、タータは不思議そうに小声で聞いた。
「そこまで美味いか、コレ?」
「うむ。美味い。なにしろ2年間食事をしてなかったからな。味わうということが、これほど楽しいことだとは思わなかった。」
「ほぉ。じゃあアイツの料理は食ってねぇのか。」
「麦粥は食べたぞ。あれも美味かった。」
「そりゃ良かった。」
タータは知っている。魔法使いの作る料理は別格の美味さだ。凝ったものは作らないが、気も遠くなるほどの年月磨いたその腕は、ただのスープですら平民向けの大衆食堂とは比べ物にならない美味い。テンプトタールで空いた時間に評判のいい店を食べ歩いたものの、魔法使いの料理に比肩するところは無かった。甘いものだけは別だが。
ラズがあの料理を味わってないことを可哀想だとも、羨ましいとも思ってしまい、タータは複雑な顔をしている。作り置きの料理でここまで笑顔になれるのは、むしろそちらのほうが幸せな気がしていた。しかしあの料理を味わえたのは、とても有意義だったとも思う。儘ならないものだと思いながら見ていると、視線に気づいたラズが不思議そうに聞いた。
「なんだ?何か変か?」
「いや、そうじゃねぇんだけどな。そういや、なんでこの宿って分かったんだ?」
上手く説明できる自信がなかったタータは、いつものように強引に話題を変える。子供の身体に思考を引っ張られているラズは疑問にも思わずに普通に答えた。
「あの方が送ってくださってな。自分で探すと言ったのだが、この宿屋で待っていれば会えると仰ったのだ。」
「読みどおりってことか。それとも魔法でもかけたのやら。」
「手をかざしておられたから魔法だと思う。」
「また面倒なことを・・・。」
「誰にも分からないから面倒にはならない、と仰ってたぞ。」
「ぐぅ、対策してやがんのか。何も言えねぇ・・・。」
タータは苦虫を噛み潰したような顔になってしまう。魔法使いにはいつも、余計なことをするな、面倒なことになるからと言っていたら、余計なことは止めずに隠蔽するようになってしまった。面倒なことにはならないため、これはさすがに止めようがない。
そのときフと思い出した。このグルードクラー公爵領では子供の出入りが制限されている。だからこそ自分は狩猟者見習いになって、その許可を得たのだ。このままラズを連れ回すとしたら、領地から出られないかもしれない。
ブラトゥガルドゥは他領との玄関口の1つではあるが、水運の中継地でもある。そのような場所で検問や監査を細かにやれば、物や人の流れが滞ってしまう。そのため、領地の出入りの手続きは港ではなく、町外への出入りの時点で行われる。この街は半ば別の領地でもあるのだ。つまり、タータだけはすでに関所を越えたことになる。
しかしラズはここに直接飛んできている。町への出入りの記録に載っていないし、門番の記憶にも残っていない。可能性は低いが調べられれば捕まってしまうかもしれない。しかもラズが臨機応変に上手く誤魔化せるとは思えない。なんとか言い訳を考えておかないと、間違いなく面倒なことになる。そのことに思いが至り、タータはまた溜息をついてしまった。
「ハァ・・・どうすっかなぁ。」
「ん?どうしたんだ?何か嫌いな物でも混じってたのか?」
「違うわ。またお前のことなんだが、まぁ後でな。」
「むむ、また何か迷惑をかけてしまったのか・・・。」
「違ぇよ。いいから食えって。この後には甘味が出てくんだからよ。」
「そうだった。悲しんでる場合ではないな。」
少し伏し目がちになったかと思えば、これから出てくる甘味を思って笑顔になる。その様子を見てさらに深い溜め息が出たタータだった。




