退治完了
魔獣はすぐに砂に変わり始めた。ホーンドの元へタータが駆け寄っているが、意識はあるようだ。軽く手を上げて何かを答え立ち上がった。チェーブは倉庫の壁からなんとか斧を引き抜いて、スクッドシグの方へと歩いていく。
「シグさん、大丈夫だったんだな。良かった。」
「ああ、なんとかね。」
チェーブが明るく声を掛けるとスクッドシグは微笑みながら答えた。服や装備はボロボロだが、体と盾には傷一つ無いように見える。強力な魔力と盾のお蔭で助かったのだろう。
そのことを察したチェーブはタータの言っていた“面倒なこと”という言葉を思い出していた。確かにこれは異常だ。だが自分は何も言えないし、何も出来ない。なるべくそちらの話題を避けようと、チェーブは魔獣を指さして話しかける。
「いったいコレってなんなんだ?街中で魔獣とか聞いたこと無いんだけど。」
「うん・・・詳しくは調べてみないと分からない、かな。さて・・・。」
スクッドシグは言葉を濁して明言を避けた。実際に見たのは別の衛兵であるし、このことをどう処理するかもまだ分からない。下手なことは言えないのだろう。そして、後ろを振り返りグンタークへと声をかける。
「大丈夫かい?」
「あ、ええハイ。あ・・・。」
グンダークのズボンには大きなシミが出来ていた。自分でも気付かない内に漏らしたのだ。途端に顔が赤くなって前に立つ2人を見上げ、そして青くなって俯いた。恥ずかしくてたまらないのだ。
そのグンダークの膝上に布がフワリとかけられた。タータだ。泊りがけで狩りに行っていたため、ハンモックや敷物などに使う野営用の雑布をバッグ入れていたのだ。
「ズボンの尻が破れたんだろ?これ巻いて隠しときな。」
「え、えと。」
「安モン買うとそうなるもんさ。」
「ぁあ、えと、ありがとう。」
グンダークは明らかに年下の女の子に気を使われて、とてもバツが悪そうだ。それでもイソイソと腰に布を巻く。ここは橋からも対岸からもよく見える。タータが大きめの声で周りに聞かせるように言ったのは、周りに“ズボンの尻が破れた”とあえて教えるためだ。それが分かってるチェーブは茶化すようにタータに話しかけた。
「タータちゃんは優しいなー。」
「誰がちゃんだコラ。」
「えー、じゃあタータちん。」
「ヤメロ。殴んぞ。」
拳を見せて睨みを利かせるが、その様子は微塵も威圧感がない。猫のぬいぐるみを抱いているのだ。怖がらせようとしても無理がある。スクッドシグはそんな師匠と弟子のやり取りを微笑ましく見ていた。そこに衛兵が1人駆け寄ってきた。少し年配のアルムーラだ。
「隊長!ご無事でしたか!」
「ああ、こちらは大丈夫だ。あれは・・・なるほど。先に避難を優先したのか。いい判断だ。」
「はっ。こちらの狩猟者の提案です。お蔭で街も住人も無事です。」
「そうか。チェーブ、ありがとう。」
「いや、まあ、友人として当たり前のこと?みたいなですよ。」
直接の礼にチェーブの言葉使いが怪しくなった。視線もあちこちに飛んで落ち着きがない。それを笑顔で見てからスクッドシグが部下へ命令を下す。
「封鎖をこの付近だけに絞るぞ。伝達。」
「はっ。」
「チェーブ少し待っていてくれるかい?聞きたいことがあるんだ。」
「あぃ、じゃなくて、分かりました。この辺でちょっと休んでます。」
チェーブは普段どおりに返事をしかけて、慌てて敬語に直す。軽く手を上げながらスクッドシグが離れると、今度はホーンドが歩いてきた。片腕を抑えていて歩き方もぎこちない。まだ節々が痛むようだ。
「ふぃー、この馬鹿のせいでえらい目にあったぜ。」
「爪のない側の攻撃で良かったな、ホーンド。」
「ああ。こんなことなら、そのまま殴らせときゃよかったよ。」
「う・・・すんません、ホーンドさん・・・。」
「ったくよ。これで実感したろ?トドメを刺すまで油断しない。狩猟者の鉄則だ。二度と忘れんじゃねえぞ。」
ホーンドはいつものゲンコツではなく、手のひらをポンとグンダークの頭に置いた。失敗は誰にでもある。本人が反省しているのなら、貶すのではなく諭す。いつの間にか向こう見ずな聞かん坊は、良い指導者になっていたようだ。
「どっかで見た光景だな。」
「ほっといてくれ。」
チェーブはホーンドがかつて同じ様に怒られていたのを覚えている。本当によく似た師弟だ。ニヤけてしまうのも無理はない。チェーブの茶化しに顔をしかめつつ、ホーンドはタータに礼をする。
「お嬢ちゃんもありがとうな。お蔭でコイツも色々と助かったよ。」
「おう。」
「う・・・。」
そっけない返事のタータと違い、グンダークは気まずそうにしていた。立ち直るには少し時間がかかるだろう。経験者であるホーンドはよく知っていた。あまりイジられのも辛いかと、ホーンドはグンタークの頭から手を下ろして魔獣へ顔を向けた。
「それにしてもいい腕だ。頭を貫くって難しいのによ。骨で滑っからさ。」
「たぶん師匠がいいンだろ。」
「俺は何も教えちゃいねーがな。」
「だから上手くなったのさ。」
「ひでぇ!」
「ハハハ。」
軽口を言い合っていると、衛兵と話し終えたスクッドシグが戻ってきた。終わったにしては表情がすぐれない。
「チェーブ、いいかい?」
「あいよシグさん。聞きたいことって?」
「この路地から誰かが出てきた、とかは無かったかい?」
「いや、ずっと見てたけど衛兵だけ。他はいなかったな。」
チェーブは路地を離れた後もずっと入口付近を見ていた。その後は路地に入って戦っていたのだ。誰かが通れば見逃しようがない。魔獣が再び暴れ始めたときは逆に、倒壊した倉庫から出てきたスクッドシグが見ていたはずだ。
「そうか・・・。あの倉庫には2人貴族がいたんだ。」
「瓦礫の下なんじゃ?」
「いや、私が魔獣の注意を引いていた間に逃げ出した。」
「え、マジで?」
「うん、マジだよ。ということは取り逃がしたか。」
スクッドシグは貴族らしく感情を抑えた表情だったが、声には悔しさが見え隠れしていた。街を守ることを第一としてるのだ。住人を躊躇なく巻き添えにしようとした実行犯が、まんまと逃げおおせたたことが悔しくてたまらないのだろう。
「最近工事したようだから、屋根へ抜ける梯子でも用意してたのかもしれない。」
「じゃあ、連中って、わざわざ魔獣を作りにここに来たのかよ。」
「おそらくそうだ。これは街中で、魔獣に殺戮をさせて注意を引くための、ただの陽動だったんだ。」
スクッドシグがギリッと拳を握り込む。身体が僅かに震えていた。この方法を選んだのは、逃げるときに邪魔になる騎士を動かすためだ。騎士は装備も揃っていて実戦経験も豊富な、集団での戦いである戦争の専門家達だ。相手が英雄といえど骨折して手負いなのだ。1部隊もいれば容易に捕まえられる。
魔獣の相手は衛兵では厳しい。もし街に出たのなら騎士があたることになる。それを狙って己が逃げるためだけに住人を犠牲にしようとしたのだ。その狂気の行動にスクッドシグは怒りで体が震えていた。他にも方法があったはずだ。警戒が緩むまで潜伏したり、夜に行動を起こすことも出来た。
そこでふと気付く。そもそも脱獄が真昼に行われて、それが簡単にバレたことがおかしいのだ。スクッドシグから怒りが霧散し、腕を組み顎に手を当て考え込む。その様子を見て邪魔をしないように、チェーブは何も言えないでいた。すると別の衛兵が駆け寄ってきた。焦る表情から急ぎだと分かる。
「隊長!東で強引に橋を突破した馬車があったそうです!」
「やはりか。追跡は?」
「はっ!騎士が3部隊で追っていると聞きました!」
「分かった。であればこちらは現場を保持。調査の魔道士が到着するのを待て。応援の者達は持ち場に戻るよう伝えてくれ。」
「はっ!」
スクッドシグが指示を出して仕事中の顔に戻る。相手は騒ぎを起こして最寄りの騎士を引きつけ、手薄になったところを抜ける算段だった。こちらがそれを潰したから、最後の手段で強引にでも突破した。そういうことなのだろう。
「引き止めて悪かったね、チェーブ。もう大丈夫だ。帰ったらゆっくり休んでくれ。」
「お、おう。シグさんも無理しねーでくれよ。」
「ああ、ありがとう。」
チェーブは笑顔で別れたものの、嫌な予感が拭えない。空を見上げると雲が増え、少し日差しが陰りだしている。その下を鳶が優雅に飛んでいた。




