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旅立ち

 北街のさらに北。墓地の並ぶ山を登る集団があった。緑青(ろくしょう)の貫頭衣に朱色のドーガを身に着けた牧師を先頭に、棺を喪服を着た4人で抱えて階段を登っていく。エウカ派の貴族の葬式だ。平民よりもさらに高い場所にある貴族用の墓地へと遺体を運ぶ途中だ。


 そこに階段を降りてきた墓守のセニンが出くわす。杖を左腕に背後へ回して脇へ下がり、右手を握って胸へ当て、目を閉じて頭を下げる。エウカ派の正しい所作だ。牧師は立ち止まり、会釈をしながら器に指を付けて振り、赤い液体を少し道に撒いた。


「“しばしの安らぎを”。墓守のセニンと申します。」

「“しばしの安らぎを”。牧師のミシオナです。エウカ=ウスクラの作法をご存知とは驚きました。こちらのお墓に眠る方々はさぞ心安らかに眠れているのでしょう。」

「何かお手伝い出来ることはありますかな?」

「ありがとうございます。ですがご埋葬は知人のみで、とのことですので。」

「左様ですか。それは失礼いたしました。」

「それでは。」


 葬儀の列はそのまま上へ登っていく。貴族としての派手な葬儀はすでに終わっているため、納骨や埋葬は身内のみということは多い。それでも此度の葬儀は人数が足りないように見えた。1人は足が悪いのか、松葉杖をついている。


 小山の中腹にある墓地に着くと牧師はそそくさと引き返した。本来は棺を置くまではいるのだが、遺族の強い希望があったのだ。それなりに俗に染まっていた牧師は、仕事が早く終わるのならと喜んで要望を受け入れていた。


 掘ってあった墓穴に棺を置く。牧師が完全に見えなくなってから喪主の青年が穴に降り、棺をコンコンと叩いた。するとズルリと蓋が動く。青年も手を貸してそのまま横に蓋を落とすと、中から男が起き上がった。


 それは逃亡中のはずの英雄、サフィーシング・ネヴン・ヴナトールその人だった。土葬であるエウカ派、特に貴族であれば大きな棺を使う。その中に潜んで脱出したのだ。


「お待たせしました。これでも急いだのですが。」

「問題ない。」


 表情も声色も変えずに立ち上がる。見た目は髭が伸び、髪もボサボサで服も汚れている。それでも何故か威厳にも似た迫力がにじみ出ていた。ヴナトールは片足で軽々と墓穴から飛び出る。腰ほどもある深さをほとんど構えずに一飛びだ。


 東で騒動を起こして囮の馬車を放ち、その間に北の墓地を抜けて他領へと向かう。これが彼らが構想していた逃走ルートだ。この墓地の山を越えた先には、北へ向かう古い街道がある。北町からは行けず、東から街を出て大回りしなければ通れない。この場所に貴族の墓地があるため、小道すら直接通すことが出来なかったのだ。


 ヴナトールに別の1人が歩み寄る。半分に欠けたお椀のようなモノを手にしていた。根本には太い木の棒が付いている。折れた足の代わりに使う、膝に固定するタイプの義足だ。棺に入れて一緒に持ってきていた。


「サフィーシング様、これを付けますので。」

「すまんな。」


 折れた左足を膝から垂直に曲げ、そこに義足を付けてもらう。ほどんどつっかえ棒でしかないが、多少は歩くのが楽になるだろう。もう1人が自分でついていた松葉杖を手渡す。それを受け取りながらヴナトールは、棺の中で端に寄せられて窮屈そうに横たわる老人を眺めた。


「トゥナローシュ、お前の祖父殿には迷惑をかけてしまったな。」

「お気になさらないでください。こちらこそ遺体と共にしか運べず申し訳ありません。」

「それは構わん。だが、手にかけたのだろう?」

「あのままでは苦しむだけでしたから。」


 そう、トゥナローシュと呼ばれた男は自身の祖父を殺した。この脱出のために。元々没落した家で祖父は病床に伏せていたとはいえ、普通はそれでも実行できるものではない。だが、歪んだ決意とヴナトールへの狂信的な忠誠が彼にそうさせたのだ。


 この場にいる者はトゥナローシュの言葉に驚くことも騒ぐこともなかった。無言で棺の蓋を戻し埋葬を再開する。ヴナトールは立ったままだ。そこに喪服を着た2人が墓場へと入ってきた。喪主であるトゥナローシュが声をかける。


「早かったな、ジュダール。」

「用意していた場所を嗅ぎつけられたんだ。アレ(魔獣)は討伐された。」


 ザワッと緊張が走る。騎士は街中にはまずいない。通過する程度だ。昼間であれば城や貴族街か、街道や訓練所などの街の外にいるはずだ。だからこそ、街中へ誘き出そうとしていたのだ。


「街中に騎士が?今の時間なら通過すらしないはずだが。」

「いや、衛兵と狩猟者だ。例のヤツ(スクッドシグ)もいた。」

「あの者か・・・ッ!」

「馬車は行かせた。少しは気が引けるだろう。」


 そのとき何かが落下してきて地面へ衝突した。先程まで優雅に空を舞っていた鳶だ。しかし普通の鳶ではない。頭から尾にかけて、細工が施されたマチ針のような物が多数刺さっていた。ジュダールと共にここへ来た男が声を上げる。


「空から見ましたが、まだ騎士達は馬車を追っています。ですが、捕まるのも時間の問題でしょう。なるべく早くここから移動すべきかと。」


 男は言いながらしゃがみこみんで、鳶から針を抜いて回収し始めた。鳶はグッタリとしていてすでに死んでいるようだ。その様子を横目に、トゥナローシュが穴を埋める手を止め、ヴナトールに向き直る。


「すぐに出ましょう。山の向こう側に馬車を待機させていますが、そこまでは歩きになります。」

「分かった。」


 棺が見えなくなる程度に土はかかっているが墓穴はまだ埋まりきっていない。しかし全員が作業を止め、無言のまま踵を返して歩き出した。ただ1人を除いて。


「ちょっといいかな?」


 ジュダールだ。腰のレイピアを抜きながら、ヴナトールへと話しかける。武器を持つ者は咄嗟に構えるが、ヴナトールはただ相手を見つめるだけだった。出てきた言葉は一言。


「今か?」


 ジュダールは英雄への忠誠心で動いているわけではない。本人は強くなりたいと公言していて実際に強く、さらに努力もしているが本質は少し違う。自分が強いと、自分が一番であると、そう実感したいだけなのだ。


 そのためには、一方的な殺人ではなく「これは戦いである」という建前が必要だった。殺すだけなら寝首をかくなり、毒を盛るなり、寝所に火をつけるなどいくらでも方法はある。あくまでも戦いの中で勝つことが彼の中では重要なのだ。


 ただし、互いにベストの状態で、などとは考えない。だから今挑む。手負いの英雄の姿は、この男を動かすには十分だった。戦場でヴナトールの強さは実際に見ている。左腕も左足も使えないのなら多少苦戦しても勝てると踏んでいた。すでにレイピアの先をヴナトールへと向けている。


「今やるかって聞いてるのなら、そうだね。」

「そうか。では来い。周りは手を出すな。」


 ヴナトールは短く告げると、松葉杖の先をを浮かせて右足だけで立った。構えというには程遠い姿勢だ。隙きだらけに見える。それをジュダールが嬉しくてたまらないとばかりに歪んだ笑顔で見つめていた。


 相手は松葉杖の持ち手を持っている。そこから杖先まではレイピアとそう変わらない。だが、殺傷力が違う。ほんの少し先に当てるだけで勝てるだろう。左腕も左足も使えないのだから、速度も自分が上だと確信していた。


 そして一歩踏み込むため、ほんの少し体重を移動しようとした瞬間、松葉杖で胸を突かれて吹き飛んでいた。


「ぐぉ?!」


 通路を転がり、他家の墓石にぶつかって止まる。ヴナトールはいつの間にか杖先を前に出した状態で、ジュダールがさっきまでいた場所に立っていた。全員が唖然としている中、何も変わらない声と表情でヴナトールが振り返り、杖をついて歩き出す。


「終わりだ。行くぞ。」


 ジュダールは何が起こったかは分からない。だが何故か、ヴナトールの動きを明確に思い出せていた。一挙手一投足を頭に描くことが出来る。速度もそこまで速くは無かった。だが攻撃が当たる瞬間まで、動いていることに全く気付けなかった。


「ゴホッゴホッ、く・・・なんで・・・?」


 ジュダールが咳き込みながらも起き上がり、困惑した顔で聞いた。周りで見ていた者達も思わずヴナトールへと視線を向ける。彼らも見ていたはずなのに、ジュダールが吹き飛んだ理由がまるで分からなかったのだ。


「言葉では説明できん。ただ言えるのは・・・。」


 そこで言葉を区切りヴナトールが上半身だけで振り返った。やはり顔にはいかなる感情も浮かんでいない。


「俺もお前たちも、まだまだ強くなれるということだ。」


 短く言い放ったヴナトールが再び歩み始めた。周りの者達は英雄の強さがさらに磨かれたことが分かり、墓場に似つかわしくない笑顔でそれに続く。吹き飛ばされたはずのジュダールもその言葉に感銘を受けたのか、歪みのない子供のような微笑みで英雄を追いかけた。


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