街中で魔獣退治
タータは立ち上がって、尻のあたりをパタパタと叩いて土を落としている。よほど急いでいたのか、カバンも肩から下げたままだ。そこに興奮気味のチェーブが駆け寄ってきた。
「やったな!」
「大したこっちゃねぇよ。前と同じさ。」
見上げたタータは優しい微笑みを浮かべ、チェーブの二の腕をパンパンと叩いた。そして師匠らしい労いの言葉をかける。
「お前が時間稼いだのが一番デケェんだ。お陰で間に合った。ありがとよ。」
「うぇえ?」
突然の褒め言葉にチェーブは素っ頓狂な声を上げてしまった。その反応を見てタータは苦笑してしまう。
「なに照れてんだよ。らしくねぇぜ?」
「すげえ子だな。チェーブさんがべた褒めすんのも分かるわ。」
「あぁ、ありがとよ。」
ホーンドの言葉に今度はタータが少し赤くなる。どうにもこの師弟は真っ直ぐな褒め言葉に慣れていないようだ。それを誤魔化すようにタータは魔獣を指さして言った。
「それよりもトドメを頼む。手応えがイマイチだったから動き出すかもしれねぇ。」
「あいよ。そうだ、これ取ってくんね?」
「あぁ、ほいっと。」
チェーブの腕からやっとぬいぐるみが外された。チェーブは左腕を肩から回して、斧を構えて魔獣に近付いていく。猫のぬいぐるみを抱いた姿は、魔獣を串刺しにしたようには見えない、極普通の少女のように見えた。
魔獣は力なく伏せている。胸のあたりを貫かれた胴からは血溜まりが作られ、頭に刺さった槍は喉元から穂先がハミ出していた。四肢に力もなく、口を地面につけるように頭も垂れ下がっていた。あとはトドメを刺せば終わりだ。
俄に橋の付近が騒がしくなった。3人がそちらへ目をやると、衛兵の静止を振り切って駆け寄ってくる少年がいた。グンダークだ。キラキラとした瞳で両手を上げながら走ってくる。
「そっちに行っちゃダメだ、戻りなさい!」
「すっっっげええええええ!やっぱパネェっすね!!」
「なっ!?馬鹿野郎ッ、来るんじゃねえ!」
ホーンドが叫んで飛び出した。まだトドメを刺していないのだ。魔獣は砂に変わり始めるまで油断してはならない。狩猟者の基本中の基本だ。しかし間近で戦闘を見て興奮してしまったグンダークは、それを完全に忘れてしまっていた。
「え?」
ほうけた顔で立ち止まったそこは、よりによって串刺しにされたカッツの目の前だった。獲物が近いことを感じたのか、カッツの目に生気が戻った。いや、それよりもずっと禍々しい、狂気が宿った。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」
カッツが吠え、残った足で踏ん張り身体を揺する。胸を貫いていた槍から身体を強引に引き剥がした。傷は裂け千切れ、内蔵と血が飛び出すがお構いなしだ。恐怖に身がすくんだのか、理解を超えた状況に追いつけないのか、グンダークは固まって動けないでいた。カッツは頭には槍が刺さったまま眼の前の獲物へと襲いかかる。
「バッカ野郎がぁ!」
ホーンドが悪態をつきながらグンダークへと走る。カッツが左腕を大きく振り上げ、横薙ぎに振るう。狩りではなく喧嘩で使う猫のパンチだが、魔獣化で巨大化し、怪力になったソレは凶悪な威力を持っていた。
「グァっ!」
寸前でグンダークを突き飛ばしたホーンドが、カッツの左腕の直撃を受けて倉庫の壁に叩きつけられた。しかしカッツは獲物をグンダークと定めたのか、そちらに見向きもしない。血と涎を垂らしながら、狂気の目でグンダークを見据える。
これが“成り立て”の恐ろしいところの1つだ。魔獣化が進んでいれば目立つ相手、眼の前の相手を狙う。しかし“成り立て”は特定の相手に執着したり、逆に見境なく襲いかかったり、遠くの相手を狙ったりと、どう動くかが全く分からない。
「くそ、武器がねぇ!衛兵から借りてくる!」
「あいよ!こっちは任せろ!」
タータの声に返答しながらも、すでに飛び出していたチェーブが右前足へと斧を横薙ぎに叩きつける。タータはそれを横目に、二の腕にぬいぐるみをしがみつかせて駆け出した。
魔獣の前足がどちらも使えなくなれば攻撃手段が激減する。無理やり後ろ足で跳んだとしてもろくに飛べず、着地すらもままならない。それなら逃走させずに済むとチェーブは判断した。しかしカッツは見えていないにもかかわらず、転がるように逆方向へ跳んだ。
「避けんのかよ!」
これもまた“成り立て”だからこそ起きた事態だ。普段狩るような魔獣なら視覚に頼っているため、見えない場所からの攻撃は避けることはない。見えていたとしても、獲物に食らいつくことを優先するため避けたりしない。見えてないにも関わらず避けたのは、いまだに音と気配を察知しているからだろう。
カッツは胸から大量に血を撒き散らしつつも、また跳びかかろうと身をかがめる。そこをチェーブが腰から下を逆袈裟に断ち切った。カッツは倉庫へと吹っ飛び、転がって壁にぶつかって止まる。しかしそれでもまだカッツは上半身を起こして構え、グンダークへと襲いかかろうとしている。
「まだ動けんのかよ!」
斧を構え直しながらチェーブは叫んだ。カッツは腰下を失ったにも関わらず、前足を縮めて跳躍の体勢に入る。
「ヒィッ!!」
グンダークは恐怖で動けない。突き飛ばされて尻餅をついた姿勢のまま、腰が抜けて逃げることさえ出来ないでいた。それを助けるべく進路を塞ぐように、チェーブの斧が横薙ぎに振るわれる。しかしカッツは前足だけで斜めに飛び退き、腹を割くだけに留まった。切り口から内蔵のほとんどがぶち撒けられる。多少のダメージは与えられたが、チェーブは焦った声を上げた。
「やべっ!」
斧が勢い余って倉庫の壁に食い込んでいた。崩れ落ちてきた煉瓦が武器に降り注ぎ、すぐには引き抜けなくなっている。今魔獣に動かれたら間に合わない。
カッツはグンダークを見ていた。まだ狩る気でいるのだ。内蔵はほとんどなくなり、血も僅かに溢れるだけになっている。それでも右前足の爪を立て、左前足の傷口を地に打ち付けながらグンダークへ迫った。狂気に満ちた目で口を大きく開き、喰いかかる。
その瞬間、白い影がカッツとグンダークの間に割り込んだ。光がほとばしり、昼間にもかかわらず周りを眩く照らす。キィンと高い音が響き、魔獣は体ごと弾かれた。
「間に合った!」
そこには膝立ちで円盾を掲げたスクッドシグがいた。サーコートはボロボロで、その下の鎖帷子も解けて千切れている。ガントレットもグリーヴも所々が凹み、兜は付けずに紅碧の髪が顕になっていた。
「シグさん、まだだ!」
チェーブが叫んだ。スクッドシグは盾を構え直す。魔獣はなおも動こうと藻掻いていた。しかし力がうまく出ないのか、先程のような俊敏さはない。身体を引きずりながら頭を持ち上げたときに、タータの雄叫びが届いた。
「オラァァァアアアア!」
2本目の槍が後頭部を貫き、口から穂先が飛び出した。魔獣はビクンと身体を震わせてから、今度こそ動かなくなった。




