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狩猟者の出番

 唖然として固まっていたチェーブの腰を誰かが叩いた。その衝撃で我に返って横を見ると、タータが緊迫した表情で見上げていた。


「お、おお。タータさん。なんかすげーやばい感じがするんだけど。」

「チェーブ。ちょっと耳かせ。」


 再起動したチェーブだが、上手く言葉が出てこないでいる。タータはそんなチェーブに向かって手招きをした。大きな声で話せないことだと察し、チェーブは腰を折り顔を近づける。


「よく聞け。俺も信じられねぇんだけどよ。」

「何があったか分かるのか?」

「あぁ。あの奥でな・・・魔獣が出やがった。」

「なあっ?!んな馬鹿な!」


 チェーブはさすがに二の句が付けないでいる。人付き合いの良さから様々な与太話を聞いてきたが、魔獣が街で出たなんて話は聞いたことがない。あるとすれば御伽噺や物語のような創作ぐらいだ。しかしタータは真剣な顔で憤っていた。


「俺だって信じたくねぇ。クソッ、なんで街で魔獣が出んだよ。人が住んでるとこじゃ生まれたことねぇってのに。」

「嘘だろ・・・おい。こんな街中で。やべーなんてもんじゃ・・・。」


 魔獣は人里を襲うことはあっても、町や村の中で発生することは無い。記録上では僅かにあるのだが、建国時まで遡っても片手で足りる程度だ。それも近い場所で発生したのか、町や村の中なのかハッキリしない。人の住む場所の多さを考えれば、ほぼ無いと言っていい。


 しかし、もし街中に魔獣が現れた場合。雑に考えても騎士団や狩猟者が到着するまでに百人規模で犠牲が出るだろう。それだけでも大災害レベルだが、今回は輪をかけて最悪な魔獣が生まれていた。近い距離であれば気配で種類まで分かるタータは、それが分かってしまっていた。


「しかもこの感じ、たぶんカッツだ。」

「よりによってカッツかよ・・・。」

「それだけじゃねぇ。街中だから飼い猫だろうし、明らかに“成り立て”だ。」

「最悪じゃねーか!どんだけ被害が出るか!」


 単純な強さでいえば、魔獣化してから時が立つほどに強くなる。特に防御力は桁違いに上がる。しかし厄介さは“成り立て”と呼ばれる、魔獣化して間もない方が圧倒的だ。特にカッツはその性質上、最悪の部類に入る。


 魔獣化が進めば理性も本能も無くなっていく。食べず、飲まず、行動が単純になっていく。そして眼の前の獲物を壊すことしかしなくなる。単純であるからこそ、狩猟者は強力な魔獣を狩ることが出来るのだ。


 しかし、まだ本能も理性も多分に残っている“成り立て”はニオイでの追跡や待ち伏せもするし、こちらの攻撃を回避するだけでなく、不利を悟ると逃げることすらある。


 幸いなことに“成り立て”は滅多に出会えるものではない。発生してから発見されるまで、そして依頼から狩猟者が来るまでに魔獣化はどんどん進行していく。討伐されるまでにかかる時間は、魔獣が本能すらも失ってしまうのに十分な長さだ。


 危険さを分かっている2人は焦慮するが、周りからは野次馬が集まってくる。このまま魔獣が暴れ出せばどうなるか。


「クソッ、危ねぇってのにワラワラと集まりやがってよぉ。」


 タータが周りを見渡して、さらに苛立を募らせる。しかし判断は早い。


「仕方ねぇ、チェーブ!どこまで出来るか分からねぇが、狩るぞ!」

「ああ・・・分かった。それしかねーよな。」

「ちょうど衛兵が出てきた!避難を頼んでくれ!」

「あいよ!そっちは?」

「手ぶらで来ちまったから、その辺から武器調達してくる!」


 タータは踵を返して走り出し、チェーブはそのまま路地から出てきた衛兵の元へと駆けつける。衛兵同士で何かを確認しあっているようだ。側にいる御者の老人は路地の奥を見つめて口をパクパクさせていた。


「おい、大丈夫か!」

「君は・・・そうだ、隊長の知り合いだったな。」


 少し年配の衛兵がチェーブに気付いた。スクッドシグに前衛を任されていたアルムーラという衛兵だ。


「何があったんだ?倉庫は?」

「倉庫は崩れた。たぶん、魔獣と隊長の戦いで。」

「連中、あの倉庫で猫を魔獣に変えたんだ!狂ってやがる!」


 若い1人が唾棄するように叫ぶ。倉庫の中二階をその目で確認した衛兵だ。表情は怒りと焦燥が入り混じり、貴族らしくもなく声にそれが出ていた。


「おいおい、マジなのかよ・・・・。」

「隊長が囮になって我々を逃してくれたんだ。あの瓦礫の下」

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」


 アルムーラの言葉を遮りカッツの咆哮が響く。瓦礫や屋根を押しのけ立ち上がる影が、ここから見える壁に写っていた。そのまま耳を動かしてこちらに気づき、体を伏せ気味にしながら滑らかにゆっくりと歩を進めている。猫が狩をする時、獲物に忍び寄る動きそのままだ。


 カッツが路地に出てきた。“成り立て”にも関わらず身体は大きい。普通は魔獣化が進むほどに巨体になるものだが、このカッツは熊を超えた体躯へと変貌している。骨格はすでに猫ではなく豹や虎のそれだ。


 相手に見られているにも関わらず、カッツはそのままゆっくりと近付いてくる。見つかっていることを理解できていないのだ。状況と行動が全く合っていないが、これが“成り立て”の厄介さだ。普通の魔獣は一直線に襲いかかってくるのだが、元になった獣によってそこが変わってしまう。


「やっべえ・・・。おい、周りの避難を先に!ここは食い止める!」

「我々は衛兵だ。君こそ逃げろ!」

「俺は狩猟者、魔獣の専門家だから大丈夫だ!」


 チェーブは斧を両手に路地に立つ。魔獣相手に一般人では為す術がない。逃げることも身を守ることも満足に出来ない。当然狩ることも無理だ。だからこそ狩猟者がいるのだ。


 止まり木亭に行かず、直接探索に出たのは僥倖だった。宿に戻っていれば武器を置いていただろう。命を賭けた場においては、使い慣れた武器を持っているかどうかは大きな差になる。


「だが我々は!」

「一般人がやべえんだ!“成り立て”のカッツは獲物で遊ぶんだよ!!」


 食い下がる若い衛兵にチェーブは大声で答える。“成り立て”は元となった獣の要素が強く出る。野良猫ならばまだいいが、人に飼われていた猫が元であれば、狩る対象もコロコロと変え、目に入ったものを次々と襲う。しかも止めを刺さずに獲物を弄ぶのだ。


 チェーブの勘は逃げろと言っている。だがそれはしない。この場で時間稼ぎが出来るのは自分だけだ。振り返り、出来るだけ余裕のある笑みを浮かべる。少しでも安心させるためだ。


「あんたら、街の笑顔を守るんだろう?」

「その言葉を・・・知ってるのか。」

「シグさんから聞いた。早く街のみんなを避難させてくれ。」

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」


 視線が外れたせいか、カッツが叫びながら走り寄ってきた。これも状況とチグハグな動きだ。獣であれば狩る瞬間に叫ぶなどしない。チェーブは前に向き直り、当てるというよりも牽制のために斧を大きく振るう。


「ダラぁ!!」


 躱したカッツが後ろへ大きく飛び退いた。着地するとすぐに、再び伏せるような姿勢でゆっくりとにじり寄ってくる。猫は思わぬ反撃や抵抗を受ければ諦めることが多い。だが壊れかけた本能のせいか、魔獣化による暴走が出てきたのか、カッツはまだこちらを狩る気でいるようだ。


 チェーブは内心で震えながらも少し安堵する。無視して飛び越え、通りへ出ることも可能なはずだ。それをしなかったのはこちらを獲物だと思ってるということ。まだしばらくは時間が稼げる。ふぅと息をついてから振り返らずに衛兵に叫んだ。


「早く!いつかはここから出ちまう!そしたらどうなるか!」

「くッ・・・分かった。すぐに加勢に戻る!ペレテローシュ、エスコルト、ランテールナ!避難誘導開始!応援にも伝えろ!」

「は、はい!」

「しかし!」


 なおも衛兵の1人が食い下がる。彼らは街を守るためにいるのだ。狩猟者1人に任せてこの場を後にすることはどうしても選べない。だが、年配のアルムーラが強い声で命令する。


「住人を守ることが先決だ!今の指揮権は私にある!速くしろ!そしてすぐにここへ戻るんだ!」

「わ、分かりました!」

「よし、散開!」

「あ、あのあっしはどうすれば・・・。」

「あなたも速く逃げろ!あとで衛兵のとこに来てくれればいい!」


 律儀に待っていた御者も躊躇なく開放する。恐らくそのまま逃げて二度と現れないだろう。ただ、それでも死んでしまうよりは遥かにいい。アルムーラはそう判断していた。


 衛兵が散らばり、1人になったチェーブからは笑顔が消えた。カッツはベテランでも単独では手を焼く魔獣だ。しかも“成り立て”でどう動くか予想がつかない。


「さて、どんだけ足止め出来っかね・・・。」


 チェーブは魔獣を睨みつける。そして目立つように斧を大上段に構えつつ、一歩前に踏み出した。


2万PV超えました!

呼んでくれた方々、ありがとうございます!

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