突入
時間は少し巻き戻る。チェーブが橋に向かって歩いているころ、スクッドシグは倉庫前にいた。馬車や周辺の確認が終わり、扉に手をかけた部下に頷く。
この街では扉はどれも内開きだ。倉庫などでは扉のためのスペースが無駄になるが、中に重量物を置くだけで侵入を防ぐことが出来る。街が包囲された歴史から、そちらの方を重視するのが当たり前になっていた。もし開けようとして無理であれば、魔道具を起動して全員で体当たりをして強引に開ける予定だ。
だが、すぐに出るつもりだったのか、侵入者を想定していないのか、扉は簡単に開いた。ギィと蝶番が鳴る。人が入れる広さになったところで、前衛の1人が中に入りスクッドシグ、残りの2人が続いた。
倉庫内に入ると外の喧騒が消えた。防音の魔道具が設置されているのだろうが、この倉庫には許可が出ていないはずだ。間違いなく貴族が関わっている。前衛の2人は横に広がり、アルムーラが大声で宣言する。
「我々は衛兵だ!この倉庫にいる者、入り口まで出頭せよ!」
倉庫の中に声が轟く。だが反応がない。明り取りの窓すらも塞がれているが、扉からの光で内部の状況は見えている。倉庫であるはずなのにほとんど何も無い。最近作られたばかりと分かる、真新しい中二階があるだけだ。
「もう一度告げる!我々は」
「やれやれ、まさかここが発見されるとはね。」
再び宣言し始めたところで、中二階から声が届く。影が蠢くように、誰かがゆらりと階段縁に立った。それは暗い色の上下をまとい、中のシャツだけが白く、大剣を担いた人間だった。
「なっ・・・まさか!?」
「お久しぶりですね、ポリーツィア殿。」
「全員抜刀!道具許可!」
「バクナ・マウト・ミン!」
「スタトゥン・ヨウルトゥ・ムーン!」
自分を襲ってきた男だと気付いたスクッドシグは、即座に魔道具の使用許可を出した。どちらも素早く呪文を唱えて起動する。
5人から光が漏れ、風が吹いた。スクッドシグの光だけが周りよりも明るい。しかし、相手のほうが若干速く唱え終わり、先に動いた。中二階から直接飛び降りながらの袈裟斬りだ。
「ウォラァッ!」
「させるか!」
反応が遅れた前衛のアルムーラが狙われた。即座にスクッドシグが割り込み、光とともに斬撃を弾き返すものの、相手は綺麗に着地した。
「ここは私がやる!上を!」
「はっ!」
「させねえよお!!」
男が階段へと跳躍し、根本から斬り飛ばした。支えを失った階段が崩れ落ちる。以前は立ち会いのためだけに襲ってきた男が、中二階に行かせないことを優先している。何かがあるのだ。
「上に何かある!確認を!」
「させねえって行ってんだろ!」
男はスクッドシグ以外へ襲いかかる。だが、またスクッドシグが割り込んだ。再び円盾が光り、大剣ごと相手が弾かれる。
以前の戦闘を経て、スクッドシグは円盾だけではなく、強くなった魔力の使い方にも慣れてきていた。日々の訓練もあるが、実戦はその何十倍も経験になるのだ。今では受け流すだけでなく、弾き飛ばすことも意識して出来ている。
「くそっ邪魔すんな!」
「エスコルト、ランテールナへ応援要請を伝えろ!」
「は、はい!」
後衛にいたエスコルトが倉庫の外へ駆け出した。男は残った衛兵へと斬りかかるが、そこにもスクッドシグは割り込んだ。今度は斬撃を受け流しながら弾き、相手の体制を崩して肩から体当たりをする。
「ぐぉッ?!」
男が跳ね飛ばされ木箱にぶつかる。空だった箱は砕け散り、それでも勢いは止まらず石壁にぶつかる。ドンと音がして建物が揺れる。
「今のうちに速く上へ!」
「はっ!」
「ゲホッ、くそお!!」
明らかに圧倒しているのを見て安心したのか、衛兵が訓練どおりに動き出す。狩猟者ギルドで明り取りの窓を覗いた要領だ。男は阻止するべく剣を構えて駆け出そうとするが、その前にはスクッドシグが立ちはだかった。扉からの光で男の顔がよく見える。
「やはりあなたか。ジュダール・プロスト・オフィヴェルズ。」
「もう知っているとは意外だね。」
「悪名は聞いている。大人しく捕まる気は?」
「さて、どうしようかな?」
ジュダール構えを維持したまま軽い口調で答えた。彼は最東の地、今回の戦場となったドレヴィアーニ出身の騎士で、戦争で活躍した者の1人だ。ただし、悪評のほうが遥かに高い。戦争前からすでに実家からも主家からも勘当されている。
戦争では躊躇なく味方を巻き込むため、ついたあだ名は禍津風。英雄らしい働きを見せたヴナトールと違い、味方を囮にすることも見捨てることも厭わない。戦争での活躍にも関わらず、どの家からも領地からも声がかからない札付きだ。
「では捕縛させてもらう!」
「くそっ、おい!まだか!」
相手の言葉に時間稼ぎを感じたスクッドシグは、即座に斬りかかった。ジュダールは斬撃を大剣で受けながら上に向かって叫ぶ。そこを逃さず、スクッドシグは下から円盾で剣を掬い上げ、もう一度壁へと吹き飛ばした。
「カハッ・・・。」
壁にぶつかり崩れ落ちたジュダールは、それでも立ち上がろうとする。だがスクッドシグはすぐに右腕を蹴り飛ばした。大剣が手から離れ倉庫の奥へと転がる。ジュダールが怨嗟の表情で見上げると、目の前に剣が突きつけられていた。チェックメイトだ。後はうつ伏せにさせ、枷をかければ終わる。そのはずだった。
そのとき、中二階から倉庫内に強烈な光が迸る。さらに、狂気を孕んだ獣の咆哮が響き渡った。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」
「なんだ?!」
「隊長!逃げてください!コイツら狂ってやがる!!」
中二階へ上がっていた衛兵が転げるように落ちてきた。ギリギリ受け身は取れたようだが、顔は蒼白で恐怖に歪んでいた。
「へっ、なんとか間に合ったか。」
「何をした!」
「さてなんだろうね?」
部下の言葉にも視線を外さないスクッドシグだが、その声には焦りがあった。目を離せばジュダールはすぐに逃げ出すだろう。しかし、背後にいる部下の反応は尋常ではない。何か信じられないものを見たのか、震える声で中二階を見た衛兵が続ける。
「信じられません!コイツら、コイツらッ!魔獣を生み出しました!速く外へ!」
「なっ!?」
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」
剣を突きつけられたままジュダールが不敵に笑うと、再び魔獣の叫びが轟いた。




