張り込み
チェーブは東の倉庫街で、運河沿いの道に立っていた。追跡していた馬車は路地に入り、1つ奥の倉庫前に止まっている。路地はその倉庫にのみ繋がった袋小路で、ここさえ見張っていれば出入りは分かる。
まだ着いてからそれほど経っていない。隠れていたため直接は見てないが、2人が降りて倉庫に入ったのは足音で分かった。まだ出てきてはいない。御者も馬車の上で待機したままだ。
「チェーブ!」
「シグ・・・じゃなくて、スクッドシグさん。こっちです。」
スクッドシグと合わせて5人の衛兵がこちらへ走ってきた。タータはちゃんと連れてきてくれたようだ。姿は見えないが、貴族が多いため距離をおいているのだろう。チェーブは路地を指さして、馬車の居場所を告げる。
「その道の奥です。」
「ここだと馬車では通れないんじゃ?」
「荷運び用や貴族様のは無理ですが、ギルドが使う小さい馬車なら大丈夫です。」
「ん・・・確かに入ってるな。」
スクッドシグは路地を覗き見て馬車を確認した。普段街中で見かけるものに比べると、かなり小さめの4輪馬車だ。大人だと詰めて4人乗れるかどうか。貴族が使うものよりも2回りほど小さい。
「身分が低めの方に会うとき用に、小さく作った馬車があるんです。失礼にならないようにって。あのギルドはそういうとこにも気を使ってましたから。」
「確かに貴族なら、自分より大きな馬車を乗り付けてくる商人は嫌がるか。いったいどこでそんなことを?」
「こう見えても、商人の三男坊ですから。」
「なるほど、そうだったね。」
話しながらもスクッドシグは、手振りで指示を出して1人を確認に出す。そしてチェーブの左腕にしがみついている猫のぬいぐるみに気付いた。
「ところで、その猫のぬいぐるみはどうしたんだい?」
「あー、これは弟子・・・がですね?まー、俺に預けてきまして。」
「ふふふ、そうか。無事に持って帰ってこいということだね。君が心配だったんだろう。」
「あー、そうですかね?」
「きっとそうだよ。」
言い訳を考えながらの間延びした返答を、スクッドシグは良いように捉えてくれた。チェーブは胸をなでおろしながら周りを見渡す。ここまで連れてきてくれたはずのタータが見当たらない。
「タータさ・・・ウチの弟子は?」
「5人もいたから近付いてくれなかったよ。運河の手前で別れから、近くにはいると思う。気をつけてたけど、やっぱり怖がらせてしまったみたいだ。」
「あー、まあ、慣れてないですから。」
「隊長、連行しました。」
様子を見に行った衛兵が、初老の御者を連れてきた。背後から槍を突きつけられ、両手を上げて震えている。恐らくは命令に従っただけで、何も聞かされてはいないのだろう。スクッドシグは御者に近づき、衛兵に槍を下げさせてから質問を始めた。
「槍は下げてくれ。スクラヴ商会の者だね?」
「あ、いえ、あっしは雇われで。」
「そうか。誰が乗っていたのか教えてくれるかい?」
「へ、へえ。貴族様2人だと思いやす。でも中を見るなって言われてまして。誰が乗ってるかまでは・・・。」
「誰に言われて乗せてたのかな?」
「えと、ギルドの使いってのが来まして。空馬車で、南の貴族街近くの倉庫に来いって。」
「乗っていた貴族はそこまで別の馬車で来てた?」
「へえ。倉庫前で待ってたら馬車の音がしまして。倉庫を開けて中に馬車を入れてました。そんで貴族様が1人歩いて来て、振り返るな、中も見るなって言われてその通りに。2人乗り込んだところで出せ、と。」
城は貴族街に囲まれていて、正門を出れば南の貴族外だ。そこからさらに街へ出て、すぐに乗り換えたのだろう。ただ、この場所に至るには少し時間がかかりすぎている。
「時間がかかってるようだけど、何かあったのかい?」
「東の倉庫街に大通りを使わずに目立たずに行けって。ですから、遠回りでも出来るだけギリギリ通れる道を選びやした。あとは指示通りに。」
「なるほど。」
「その・・・あっしは何かやばいもの、運んでたんですかね?てっきり逢引とかお忍びとかそういうのだとばかり・・・。」
御者が震えながら切羽詰ったように聞いてきた。まさかギルドからの指示で犯罪の片棒を担がされるとは思いもしなかっただろう。それが貴族絡みであれば、生死に関わるのだ。しかしその質問でスクッドシグは目を見開く。
「ッ・・!人以外にもあったのかい?」
「へえ。見てないんですが、積んだ時とかの音からするとこう、人が入れそうな大きい箱を、たぶん・・・。」
「ありがとう。すまないが、後でまた頼むよ。少し待っていてくれ。」
「ぃええっ?」
「大丈夫。あなたは頼まれただけだ。それを後で詳しく聞かせてくれればいい。ランテールナ、彼と居てくれ。」
「はっ。」
普通は怪しい者がいれば逃げられないように縛るものだが、スクッドシグはわざわざ衛兵を見張りにつけた。重要な証人を消されないようにという配慮だ。縛られて無ければ危険なときに逃げることも出来るし、彼もまた護るべき住人の1人でもある。
スクッドシグはチェーブへと向き直り、笑顔で礼を言う。
「チェーブ、見つけてくれてありがとう。ここからは私達に任せてくれ。」
「ええ、頼んます。」
「念の為、出来るだけ離れていてくれるかい。」
「あいょ・・・分かりました。橋のあたりで見物させてもらいますよ。」
チェーブも笑顔で返した。これから大捕物だ。その前に気持ちが少しでも軽くなればいい、そう思っていた。頷いたスクッドシグは衛兵へ振り返り、指示を飛ばす。
「よし、前後衛で分かれるぞ。前は私とアルムーラ。後ろはペレテローシュ、エスコルト。ランテールナはここで御者を保護しつつ、赤光を上げる準備を。」
「「はっ!」」
「抵抗されたら私が1人引き受ける。もう1人は全員でかかれ。行くぞ。」
「「はっ!」」
4人が訓練された動きで路地へ入っていく。全員重装備をしてるし、スクッドシグは英雄の10倍も魔力が強いと聞いている。本人は知らないだろうが心配は無用のはずだ。
チェーブは安心しきれない顔で、大通りに近い橋の袂へと移動した。ここからでは倉庫は見えないが、路地の出入りを確認するぐらいは出来る。もし逃げる者がいたら見失わないように追いかけるつもりでいた。嫌な予感は弱くなったが、まだ消えていない。
「ふいー、なんとか役に立てたかな。」
「お、チェーブさんじゃんか。」
橋に着くと、先日ギルドで会ったホーンドが声をかけてきた。今日も見習いのグンダークと一緒だ。まだ見習いになって日が浅いため、教育がてら連れ歩いているのだろう。自分もそういう時期があったな、と懐かしい気持ちになりながらチェーブは返事をした。
「よう、ホーンド。グンダークも一緒か。」
「ウス。こんちわッス。」
「こんなとこでどうしたんだ?今日は狩りに行ってんじゃなかったっけ?」
「そっちは終わった。その後にちょっと、自主的に衛兵さんのお手伝いしててな。」
「へえ。ダチになったって人のお手伝い?」
「すげえ!チェーブさん、衛兵に知り合いがいるんスか!」
「コラ、割り込むなっての。」
キラキラした瞳で乗り出してきたグンタークの頭に、先日のギルドと同じくゲンコツが刺さった。
「イッッッッテェェェェ・・・・。」
「ハハハ、グンダークも懲りねーな。」
この見習いはまるで昔のホーンドそのままだ。思わず本人をニヤけ顔で見てしまう。昔の自分の姿がちらつくのか、ホーンドは怒りながらも困ったような顔をしていた。チェーブと目が合うと、スッと目を逸らす。言いたいことは分かっているが聞きたくは無いのだ。
「ったく、こいつは。そんでチェーブさん、お手伝いは終わったのか?」
「さっき終わったトコ。」
「何やってたんだ?手伝えるようなモンもないだろうに。」
「探してる馬車があるってんでな。それを見つけたんで教えただけさ。お前らは?」
あまり詳細に話すわけにもいかず、軽く言葉を濁して質問を返す。タータにはすぐにバレてしまったが、機密事項と言われているのだ。他には言わないようにしなければならない。
「そこで研ぎに出してた斧を回収してきたんだ。」
「あー、オムバタランの店か。腕いいんだよな。」
「そうだよなあ。細腕の爺さんなのにすげえよ。」
「あの、あれなんスかね?赤い光が浮いてるッスけど。」
「ん?ありゃあ・・・。悪い、ちょっと見てくる。」
いつの間にか屋根より上に赤い光が輝いている。あれは衛兵を集める信号のはずだ。路地へ目を移すとランテールナが真剣な顔で路地を見ていた。何かあったのかと、チェーブはそちらへと歩き出す。
そのときドォンと轟音が響いた。次いで、ガラガラと建物が崩れる音も届く。聞こえてきたのはスクッドシグたちが向かった倉庫の方角だ。立ち止まり周囲を伺う人々の中、チェーブは驚きの表情のまま固まった。いつも命を救ってくれた自慢の勘が、さらに強く危険を訴えていた。




