再びの狩猟
「ってなことがあったんだってさ。」
墓参りの翌々日、タータとチェーブは森を歩いていた。ここは、テンプトタール北西にある森林だ。山地であり急な斜面も多く、道も通っていないため人は住んでいない。今日の目的は狩猟で、討伐ではない。
魔獣は様々な場所で発生しているが、人の目に止まらなければ依頼になることはない。発生から自壊するまで、森の中で人知れず全てが終わる方が圧倒的に多い。ほとんどの狩猟者はまずやらないのだが、早めに街を出たいタータは手っ取り早く魔獣を探して狩ることを選んだ。
ただ、出現に法則性もなにもないため、探すのは苦労する。昨日から探索しているが、まだ見つけられないでいた。暇なのでずっと雑談をしながらの探索だ。チェーブが弟子だった頃のこと、先日会ったホーンドのこと、美味い店の話や露天で見つけた珍品まで話題は尽きない。話し好きのチェーブは色んなネタを持っていた。
今の話題は、スクッドシグが襲われたことだ。飲み屋で酒を楽しんでいたチェーブに、衛兵の服のままで忠告に来てくれたらしい。狙われてるのは自分だが、もしかしたら目をつけられてるかもしれない、注意してくれ、と。
「へぇ。有名人は大変だな。」
「感想それかよ。もっとこう、あるだろ?」
「お、やっと見つけた。あっちだ。こりゃ寝てんな。」
会話の途中でタータの感知範囲に魔獣が引っかかった。タータは寝ていると言ったが、実際には気絶している。魔力による暴走に身体が耐えられなくなって気を失うのだ。暴れ、気絶し、また暴れる。それを自壊するまで繰り返す。それが魔獣だ。
「マサカリでどこまでやれっかねぇ。」
「木を切るもんだし、いけるんじゃね?」
「所詮は一般人用だ。細ぇし薄いし軽いんだよ。」
タータの今回の武器は木こりの使うマサカリだ。しかし狩猟者としては物足りない。使いやすさを考慮した軽さや持ちやすさよりも、重さと頑丈さのほうが大事なのだ。タータは頑丈さを補うのは諦めて3本持ってきていた。2本を背に、1本を手に持っている。
「さっきの話だけどさ。シグさんにもっとこう、心配とかねーの?」
「無ぇ。」
「ひでーな。一応、命の恩人なんだぜ?」
「そりゃ分かってっけどよ。」
タータの切り捨てるような物言いに、チェーブは思わず非難するような口調になってしまう。魔獣に近付いているから集中していると分かっているが、恩人で友人のことなのだ。すげなく返答されてはあまり気分が良いものではない。
タータは軽く空を見上げて少し考えたあと振り返り、後ろ歩きしながらチェーブを見る。木の根がうねった斜面をそのまま上がりながら口を開き、やはり噤んだ。言いづらいのだろうが、その様子を見てチェーブから促す。
「ひょっとして心配しねー理由とかあんのか?」
「実はなぁ・・・。あの衛兵にも魔法使いが面倒なことしてんだよ。それ知ってるから心配なんざアホらしくてな。」
「え・・・マジ?」
「マジだ。ギルドで頭に触ってたろ?あんときだそうだ。」
「あー、何かしたんだろうとは思ってたわ。」
「一昨日だったか俺の部屋にぬいぐ・・・現れたんだが、そんとき聞いた。今はあの英雄より魔力が強いってよ。」
「そりゃまた・・・信じらんねーことを・・・。」
「俺だって信じたくねぇけどよ。実際にやってんだからしょうがねぇ。よし、そろそろだな。」
2人は荷物を下ろす。今日の狩りは罠を使わずに、足を潰してから倒す予定だ。視覚に頼っている魔獣とはいえ音への感度は残っていて、大きな音を立てれば起こしてしまう。可能な限り近づき、そこから一気に倒すのがセオリーだ。
大きな音を立てなように気をつけながら少し進むと、周りには肉塊と骨が散らばっていた。魔獣が食い散らかした跡だ。ただ、下草も食い散らかされており、それが魔獣のいる方へと繋がっていた。草や木がこうなるのは草食系の魔獣の特徴だ。少し目をつむって集中していたタータが確信を持って言う。
「ハーゼイだな。こっから黙るぞ。」
「あいよ。」
2人はなるべく音を立てないように進み、ギリギリ察知されないであろう距離で止まった。魔獣はやはりハーゼイだ。斜面の下にいる。横たわるその姿はすでにうさぎではない。耳は4つあり、長い前歯は3本生えていて、顔は返り血にまみれてる。
額には切れ目が縦に走り、前足は短いままだが4本に増えている。灰褐色の毛は背中だけが長く伸び、発達した後肢は身体の半分弱を占めるほど肥大化していた。身体は狼より少し大きい程度だ。
タータが振り返って左足を叩く。チェーブは頷いてから右足を同じ様に叩いた。そして一度自分を指してから、魔獣を指差す。2人で予め打ち合わせていた簡単なサインだ。チェーブが先行して右足を、タータが後から左足を狙う。
タータが左手を広げてチェーブに示し、指を折っていく。チェーブはいつでも動けるように構え、タータの手が閉じきると同時に走り出した。タータはそこから2呼吸ほど置いて続く。
少し斜面を走り下りたところで魔獣が反応する。額の切れ目が開いて目が現れ、身体を起こす。さすがに耳がいい。だが、狩猟者は怪力である故に俊足だ。魔獣が起き上がりきる直前に肉薄した。
「おおおお!」
チェーブが叫びながら斧を振るう。狙いは右後ろ足の膝だ。先日狩ったカッツの首とは違い、一撃で断ち切った。
「らぁ!」
一瞬遅れてタータのマサカリが左の後ろ足へ叩き込まれる。刃は半ばほどまで食い込むが、心配していた通りに刃が欠けて柄が折れた。鉄の砕ける音と木の折れる音が森に響く。すぐに背中からもう1本取り出すが、その間に魔獣が右足を失いながらもチェーブに向き直り飛びかかる。
「うぉっと。」
チェーブは横に跳んで避ける。身構えていたから余裕の回避だ。タータは魔獣を追うように飛んで、今度は左足首へとマサカリを叩きつけ、断ち切る。それでも魔獣は4本の前足と足首のない左後ろ足を使い、チェーブを追う。
「なんで俺ばっか!」
「俺は小せぇから目立たねぇのさ!」
軽口を叩きながら、タータが魔獣の左膝へとマサカリを振るった。再び鉄が砕け木が折れる音が響く。またマサカリが壊れてしまったが今度は膝を斬り落とせた。
速度が落ちた魔獣はなおも短い4本前足で追いすがるものの、チェーブが余裕を持って正面から斧を振り下ろす。額の目ごと頭が2つに断ち切られると、魔獣はビクンと体を震わせて崩れ落ちた。切断面が早速砂に変わっていくのを確認してから、タータは残念そうに口を開く。
「そこそこ値が張ったんだがなぁ。やっぱ折れちまった。」
「意外と耐えられねーんだな。」
「次は杭打ち用の槌にしてみっか。」
「そっちのが頑丈そうだなー。さて、あとは荷物を回収しつつ崩壊を待ちますかね。」
「ついでに鉄を拾っとくから手伝ってくれ。」
「あいよー。くず鉄でも幾らかにはなるもんなー。」
それなりに値が張ったマサカリだっただけにタータは不機嫌顔だ。手にしている折れた柄を投げるように捨てる。そして砕けた鉄を拾ってから2人は先ほど荷物を置いた場所へと歩き出した。チェーブは軽く伸びをしながら、タータは少し考え事をしながらだ。
「そうだ、やっぱお前も知っとけ。」
「聞きたくない、ってのは無し?」
「無しだ。」
タータの言葉にチェーブはしかめっ面になってしまう。前回は円盾の秘密を聞かされたが今度は何を言われるのか。
「さっきの話なんだが簡単に言うと、あの衛兵の魔力は英雄よりずっと強くなった。だから心配なんざいらねぇんだ。」
「ええ?それだけで?」
他人の魔力の強さを変えられるなど、常識ではあり得ないことだ。貴族が知れば大金を積むどころか私財を全て投げ売ってでも、その方法を知ろうとするだろう。
ただチェーブは自身が貴族ではなく、魔力の知識もあまり無いため異常さには気付け無い。ただの筋肉の力で考えてしまい“それだけ”という認識になってしまう。
そもそも強さとは相対的で流動的なものだ。相手より力が強くても工夫に知識、運や状況で簡単にひっくり返される。それで心配する必要がない、とまで言い切れるとは思えない。ただ、タータは諦めたような表情で話を続ける。
「英雄よりどんぐらい魔力が強いと思う?」
「あの魔法使いだろ・・・英雄より強いってことは2割、いや5割増しぐらい?」
「足りねぇよ。」
「まさか2倍、いや3倍・・・はさすがにねーか。」
「10倍。」
「ファッ?!」
「頭おかしいだろ?」
チェーブは驚きすぎて固まった。しかしタータはため息をついてお手上げのポーズのまま、気付かずにスタスタと歩いていく。
「そこにあの円盾が加わるんだ。どうしたって負けねぇ・・・おいどうした?」
硬直が解けたチェーブは頭を抱えて“やっぱり聞きたくなかった”と呟きながらしゃがみこんでいた。




