夜襲
夕暮れが過ぎ日は落ちて、街中は人の顔がなんとか分かる程度の暗さになっていた。南東にある運河沿いの倉庫街。スクッドシグは巡回がてら、部下を1人連れてそこを歩いていた。
テンプトタールの東北東から南西に向け蛇行しながら流れている川は、付近の流れが緩やかなこともあり水運に使われている。北町を横切り合流する川と合わせて堀の役目もあるが、主な役目はやはり流通路だ。その川からテンプトタール街へと引き込まれた運河沿いには倉庫が多い。
巡回している途中で2人は立ち止まり、槍を左手に移して腰からランタンを外す。暗くなる前に火を入れておくのだ。しゃがみこんでランタンを地面へ置いて蓋を開ける。ポーチから装飾された棒のようなものを取り出し、中のろうそくへと向けた。
「コムデュウート・エルデュル。」
呪文を唱えると棒の先に小さな火が灯る。薪を燃やせるような火力はないが、ろうそくを灯すには十分だ。だんだんと紫に染まってきた街中は遠くや路地が見えなくなってきている。
「異常なさそうですね。」
「そうだね。昨日は東の方で少しごたついてたみたいだけど、こちらは大丈夫そうだ。」
「空いてた倉庫の改装を、夕方過ぎまでやっていたとの報告でした。ずいぶん急がせているようです。そのせいで普段は顔を合わせない、気の強い職人同士が集まったため衝突があったと。」
「なるほどね。犯罪じゃなくてよかったよ。」
「もう少し心を律してほしいものですが。」
貴族らしい感想にスクッドシグは苦笑する。貴族から見れば平民はとても感情的だ。大抵は悪い印象を持つだろう。無意味な衝突や軋轢は貴族にとって避けるべき事態だからだ。
しかしスクッドシグは表情がコロコロと変わる平民たちが好きだった。いつ頃からそう思うようになったのかはっきりしない。ただ、きっかけは恐らくタータだったとは思っている。
「やあ、こんばんは。」
突然、積まれた空箱の影から1人の男が出てきて挨拶をした。少し籠もった声だ。表情ははっきりと見えない。ただ、つば広の帽子をかぶり、レイピアを下げているのは分かった。貴族だ。衛兵の2人は歩みを止める。
「こんばんは。こちらに何か御用が?」
「まあね。」
「失礼ですがお名前をお伺いしても?私は」
「スクットシグ・オブロナ・ポリーツィア殿だね。知ってるよ。」
スクッドシグが言う前に相手は言い当てた。ただ、知人でないのは間違いない。知らない声だ。髪の色は青系だろうか。服は暗い色で統一され、上着から垣間見えるシャツだけが白い。
「では貴方様のお名前は?」
「ああ、すまないが自己紹介は出来ないんだ。察してくれるかい?」
貴族が夜に紛れて平民街へ繰り出す。スクッドシグもたまにやっているが、貴族の間ではあまりよい目で見られない。だから言えない、ということだろう。
「そう、ですか。ではせめてご用件だけでもお聞かせくださいませんか?」
「用件、ねえ。そりゃ決まってる。」
男の気配が変わるのが分かった。スクッドシグは困惑する。声は明らかに成人男性なのに、楽しいことを目の前にした子供のような声に聞こえたのだ。帽子の影で見えないが笑っている雰囲気も感じた。
男は左腕を積んである箱の陰に伸ばし、何かを引き抜いた。長い、身の丈ほどもあるシルエットだ。ボート用の櫂のような幅広の外見をしているが、先端にいくほど細い形をしていた。まさか、と思った衛兵2人の不安が当たる。騎士の使う大剣だ。
「ランテールナ!応援要請を、急げ!」
「用件は君との立ち会いさ!バクナ・マウト・ミン!」
「あ・・・・は、はい!」
スクッドシグが相手の大剣を見て即座に判断し、部下のランテールナへ指示を飛ばす。同時にランタンを捨てて円盾を装備する。相手は魔法の光をまといながら一足飛びに迫る来るが、呪文が間に合った。
「スタトゥン・ヨウルトゥ・ムーン!」
「ハッハァ!」
直後に男の大剣が袈裟斬りに襲う。全身をバネのように使った攻撃だ。ギィンと音がして円盾が光り、大剣の軌道は逸らされた。スクッドシグが反撃をする間もなく、男はすぐに距離を取った。
光で一瞬だけ見えた顔は仮面をつけていた。舞踏会に使うような目元を覆うものではなく、顔全てを覆うタイプだ。描かれた模様は気味が悪いほどに強調された笑顔だった。
「おおっと。やるね、これを防ぐなんて。」
「あなたは法に触れた!この場で捕縛する!」
「さあて、でっきるっかなー?ハァ!」
さらに男が剣を振るう。連続で3撃。どれも体をねじり、その反動と体重を載せた強烈な攻撃だ。巫山戯た物言いと違い、命を狙った本気の重さと速さがあった。
しかし全てを弾き、流し、止め、そのたびに盾が輝いた。再び距離を取る。スクッドシグは槍を捨て、剣を抜く。槍では出入りの速度に追いつけないと判断したのだ。
男は大きく息を吐いて一歩踏み出して半身になり、右手一本で剣を肩に担いだ。ふてぶてしい態度だが、間合いは絶妙だ。明らかにスクッドシグが槍を持っていたときより近い。剣で仕掛けたとしても十分に対応出来る距離だ。
「余裕あんな、あんた。」
「手合わせが望みなら、正式に申し込め!何故ここでやるんだ!」
「手合わせだあ?あんなただの遊びじゃ・・・コロシアイにならねえだろうが!」
男が一瞬で間を詰める。さきほどよりも速い。その速度は剣にも乗せられ、大上段から放たれる。スクッドシグは男の右側に踏み込みつつ円盾で捌く。狙いは振り終わりだ。
しかし、流されて地面を斬った大剣はその方向を急激に変え、土を飛ばしながら、スクッドシグを右下から襲う。その一撃を剣で跳ね上げるが、再び大剣の軌道が変わる。今度は盾で弾くが、また同じ様に反撃の間を潰して大剣が迫る。それから打ち合いを繰り返すこと5回、やはり男は間合いを離した。
「ここまで凌がれるなんて思わなかったなあ。」
男が心底嬉しそうな、少し震えた声で言った。仮面の絵と同じ様に、その下の表情も歪な笑顔だと分かってしまう。
「リオセンス・スティウルヌル!」
応援要請を送り終わったランテールナが、別の魔道具を空に投げ上げて赤く光らせる。場所を知らせるためだ。昼間でも分かる強い光が運河沿いの道を紅く染めた。
「何が目的だ!こんなことをして、何の意味がある!」
「意味ィ?」
スクッドシグの問いに、男がゆっくりと構えを変えていく。
「そんなもの、簡単さあ。俺は強くなりたいのさ、誰よりも!」
言うやいなや、男が突進してきた。今度は突きだ。円盾で左に受け流すが、さっきと同じ様にすぐに次が放たれる。また弾いて反撃を試みるが、機先を制してまた下がった。
「あんた英雄に勝ったんだろお?あの化物に。そんじゃあ・・・。」
さらに速度を上げた男が大きく踏み込んできた。肉薄してから大剣での横薙ぎだ。狙いは足元。スクッドシグは後ろへ飛び下がり、なんとか避ける。
「あんたに勝てば、英雄より俺のほうが強いってことだろうが!」
「加勢します!ハァッ!」
「雑魚は引っ込んでろ!」
「ぐぁっ!?」
盾を構え斬りかかったランテールナが、円盾の上からの雑な蹴り一発で吹き飛ばされる。その隙を逃さずに、スクッドシグが踏み込んで斬りかかる。片足を使ったせいで回避できない男は、大剣を盾にその一撃を受け止めた。
「そんなことのために、ここで待ち伏せしていたのか!」
「そんなこと、じゃあねえんだよお!」
大剣を傾け相手の剣を滑らせながら、男は大剣の柄を顔にぶつけてきた。咄嗟に円盾で止めるが、左側の視界が遮られる。その死角で男は後腰から装飾がされた短剣を引き抜く。いや、短剣ではない、刺突を主とするスティレットだ。
「スケリディ・イス!」
スティレットは青白く輝き、それを男が逆手に持って振りかぶる。狙いは円盾だ。体重を魔法を載せた上からの刺突。だが、盾ごと腕を貫けるはずが、当たる瞬間に強く光った盾に弾かれる。そのままスクッドシグが相手の体勢を崩すため、肩で体当たりした。しかし男はそれが分かっていたのか、後ろに跳ぶようにいなす。
「クソ!当たる瞬間に魔力上げてるのか!器用だな!」
男はスティレットを後腰へと直し、そのままの姿勢で周りを見渡した。まだ姿は見えないが、グリーブを付けた者に特有の足音が複数近付いて来ている。衛兵の応援だ。
「逃げられないぞ。さあ、同行してもらおうか。」
「あんた本当に強いな。時間が足りなかったみたいだ。」
男は構えを解く。ただ、右腕は後腰のままだ。スクッドシグは油断なく円盾を構えたまま近付いていく。そのとき、男が小さく呟くのがわかった。背後に小さな光が灯る。魔道具の起動だ。
男が地面に何かを投げつけると、煙が横に広がった。道だけでなく運河まで見えなくなる。大剣を持つ相手だ。姿が見えないまま不用意に接近すれば、何があるか分からない。スクッドシグと起き上がったランテールナが近付けずに構えていると、対岸から声がした。
「しばらくは会えないと思うが、またお会いしよう。ポリーティア殿。」
男がいつの間にか移動していた。人が飛べる距離ではない。魔道具を使っていても、並の騎士では渡れない川幅だ。よほどの魔力の強さと、身体のバネを持つのだろう。男は慇懃に礼をし、踵を返して走り出した。その姿はすぐに夕闇に溶けてしまう。
「待て!」
「追わなくていい。あれは1人では危険だ。」
「ですがっ!」
走り出そうとしたランテールナをスクッドシグが止める。口調が上に立つ者のそれになっている。ギルドで戦った英雄とはまた違う強さを持つ強敵だった。1人で行けば間違いなく返り討ちにされるだろう。
「調べれば身元は分かるはずだ。我々の仕事は敵を倒すことではない。分かるな?」
「は・・・はい。分かりました。」
「よし。戻ったら、夕方から所在不明になっている騎士を洗い出すぞ。」
「はっ!」
そのとき、ちょうど角を曲がってこちらへとやってくる応援たちが見えた。対岸付近の捜索は、あの騎士の強さから危険だろう。重装備をしていない今の状況では何人犠牲になるか分からない。
狙いが自分であって町の住人で無いのならば、捕まえるのは今でなくてもいい。スクッドシグはそう判断して、応援たちの元へと歩き出した。




