墓参り
「クソッ、寝すぎちまった。」
止まり木亭の2階からタータが降りてきた。昨日は数日ぶりにぬいぐるみを抱いて寝てみたのだが、心底安心してしまったのか正午近くまで寝てしまった。部屋の明るさにも、2回鳴ったはずの鐘の音にも全く気付けなかった。
「おう、嬢ちゃん。おはようさん。」
「ふわぅ、おはよ。もう早くねぇ時間だけどな。」
声をかけてきた宿屋の主人は店内の掃除をしていた。タータはあくびを噛み殺して返す。すでに昼前、そろそろ正午の鐘がなりそうな時間だ。
「昨日帰ってきたんだろ?休みってのは大事だ。特に命を賭けた後はな。」
「よく知ってんな、その言葉。」
「なに、客の狩猟者から聞いてよ。いつか使いたいと思ってたのさ。」
宿の主人がいたずらっ子のように笑う。言いたかった台詞をやっと言えたのが嬉しいのだ。タータは苦笑しながら“野郎ってのはみんな子供っぽいな”と思っていた。
「今からお出かけかい?」
「あぁ、北町を周ってこようかと思ってさ。」
「ほう、墓参りかい?」
「武器探しさ。でも、ついでにやっとこうかな。」
北町の外れには墓地がある。付近は墓町とも呼ばれ、葬儀に関わる人が多く住んでる場所だ。火葬場で働く者や遺骨を入れる箱を作る者、墓守、葬儀を重視する宗派の教会などが軒を連ねる。もちろん人が集まる場所なので鍛冶屋もある。
「あそこで武器なんてあんのかね?」
「目ぼしいのは無いだろうなぁ。でも他の鍛冶屋は大忙しでよ。あっちなら注文は出来るじゃねぇかと思ってな。」
「戦死した連中の葬式は終わってるから手は空いてるってことか。嬢ちゃん、頭いいな。」
「長く生きてっからな。」
「ククッ、言うねえ。」
掃除を続けながら宿の主人が笑う。本人以外には冗談にしか聞こえない台詞だ。タータとしては宿の主人は年下だと知っていたせいで、思わず言ってしまっただけなのだが。
軽く伸びをしてからタータが出口へ向かい、ドアを開けようとしたところで宿の主人が再び声をかけた。
「そうそう。うちは昼飯やってないから外で食ってくれな。」
「宿取るときに聞いたよ。」
「たまに忘れてる客がいるんだよ。嬢ちゃんの師匠とかな。」
「あいつらしいな。じゃ、夕飯楽しみにしてるぜ。」
「任せときな。」
タータは別れの挨拶代わりに軽く手を上げて、街へと繰り出した。
---
テンプトタールの街の大半は緩やかな丘陵地だが、北町はそこから細い川を境にして半ば切り離されている場所だ。傾斜のきつい山々が迫っていることもあり起伏も激しい。
北町の外れ、山裾から少し上がった場所に平民の共同墓地が散らばっている。さらに上は領主一族以外の貴族の墓地がある。道はある程度整備されているが入り組んでいて、馬車が通れるような道は殆ど無い。特に墓地へと続く道は階段が多く、どれも細かった。
ただ、墓参りでも埋葬でも不便であるが問題にはされていない。眠る故人が天に登る馬車を間違えないように、墓の近くへ乗り付けるのは禁忌とされているからだ。もっとも貴族は平気で平民の墓の横を馬車で通るのだが。
平民用の墓地の一角にある狩猟者用の共同墓の前で、タータは膝をついて黙祷していた。随分長いことそのままだ。心の中で今は亡き仕事仲間と会話をしているのだろう。
午後の2つ目の鐘がなった。夏至が近いとはいえ日はずいぶん傾いて、もう夕方に差し掛かっていた。すっとタータが目を開け立ち上がる。その表情は哀しそうにも、懐かしそうにも見えた。
「俺は入りそびれちまったけど、また来るからよ。お前ら、またな。」
眠る仲間への普段どおりの挨拶をして、振り返って歩き出す。西の空を見て色が変わりつつあるのを確認し、タータは誰に聞かせるでもなくつぶやいた。
「思ったより時間が経っちまったな。鍛冶屋は空振りだったけど、まぁ墓参り出来たからヨシとするか。」
長い狩猟者生活だ。死に別れた友人や顔見知りも多い。ひとりひとりのことを思いながら黙祷していると、体感以上に時間が経ってしまっていた。墓地から出て階段を降り、別の墓地の横の通路を通り、そしてまた階段を降りていく。
「しっかしホント、ここは階段だらけだなぁ。」
墓地からの帰路は、川近くに出るまで階段と坂の繰り返しだ。来るときに比べれば楽だとは分かっている。それでも、いざ階段を降り始めると愚痴が出てしまう。
しばらく降りていくと、別のルートで階段を登っていく一段の中に、特徴的な衣装をまとった牧師がいた。この辺りでは珍しい宗派だ。
「お、珍しい。ありゃエウカ派の坊さんか。」
牧師は緑青の貫頭衣に朱色のドーガを身に着けている。頭には金色のサークレットをはめ、右手に三叉の槍を、左手に赤い液体の入った器を持っていた。他の宗派や宗教と比べるとかなり派手だ。
後ろに続く数人は貴族のようで、一目で上物と分かる黒の喪服をまとっている。先頭を歩くのはまだ若い青年だ。牧師のすぐ後ろは家主のはずなので、彼が当主だ。若くして家を背負うことになったのだろう。家格も高くないのか、後ろに並ぶのも5人と少ない。
「お嬢ちゃん、珍しいもん見れたなあ。」
立ち止まって様子を見ていたタータに老人が話しかけてきた。前つばのゆったりとした帽子をかぶり、顔が隠れるほど豊かな顔髭をしている。髪も髭も真っ白だ。首に鈴を下げ、ランタンをつけた杖を持っているということは墓守だが、好々爺といった雰囲気を持っている。
「あぁ。エウカ派たぁ、この街じゃまず見ねぇよな。」
「知ってるのかい。他所から来たのかな?」
「北からな。あっちでも珍しいけどよ。」
「なるほどねえ。せっかくだから解説してあげようと思ったんだが、お節介だったかな。」
老人は髭を揉みこすりながら言った。どうやら親切で声をかけてきたようだ。
「ちょうど孫がお嬢ちゃんぐらいでね。つい声をかけたくなったんだよ。年取って爺になると、教えたがりになちまってなあ。」
「まぁこんぐらの年齢じゃ、普通は知らねぇもんさ。教えてもらえりゃ喜ぶと思うぜ。」
「ありがとうよ。年寄りに気を使うとは出来た子だねえ。」
いつもは褒められると照れてしまうのだが、老人の雰囲気のせいなのか、素直に嬉しいと感じて得意げな顔になっていた。そして相手が喜ぶならと思い、タータは質問をしてみた。
「そういや、こっちでも土葬なのか?」
「そこも知ってるのかい。」
老人は少し目を開いてから、笑顔で首を縦に振る。老人特有のしわくちゃな、それでいて心が伝わるような笑顔だ。ほとんどの宗教で火葬である中で、エウカ派は土葬を推奨する珍しい宗派だ。墓街の住人以外でそこまで知っている者はほとんどいない。
「うんうん、こっちでも土葬だよ。今は先に穴掘りに行ってるんだな。たぶん昨日、亡くなったんだろう。」
「死んでから1日経って穴掘って間に合うのかねぇ。」
「そこは知らないのかい。貴族様は腐らない魔道具を使うんだよ。」
「じゃあ経典通りに葬式は死んで3日後の明後日ってことか。ずるいねぇ貴族は。平民だとエウカ派もすぐに埋めるってのに。」
「ふふ、そっちは知ってるとは面白いお嬢ちゃんだね。」
「長く生きてっからな。」
「ブッ、アハハハハハ。」
タータの言葉で老人は口を大きく開けて笑う。まさか孫と同じぐらいの年齢の子供にそう言われるとは予想していなかった。タータはさらに得意顔でニヤリと笑う。
「ハハハハ、こりゃいい。本当に面白いお嬢ちゃんだ。引き止めて悪かったね。何か聞きたいことがあったら、いつでもおいで。」
「ありがとよ、爺さん。じゃあ、またな。」
お互いに名前も聞かずに別れを告げるが、よい出会いだったといえる相手だった。一方、エウカ派の集団は遠くから迷惑そうに2人を睨んでいた。




