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猫のぬいぐるみ

 猫のぬいぐるみはそれほど大きくはない。体長は子猫ほどだろうか。しかし横に広く、猫らしさが全く無い体型をしていた。どう見てもデブ猫。それも誇張されたそれだ。後ろ足を前へ投げ出し人間のように座り、前足はだらしなく体の横でブラブラしている。


 誇張された造形でいながら半端にリアルなその顔は、何故か傲然で尊大な印象を受ける。目はほとんど瞑っているが、若干右上に傾いている首の角度のせいか、何故か人くささがあった。


 タータは眉間にシワをよせ目を閉じ、頭を人差し指で支えるようなポーズで、この部屋に来た時を思い出そうとしていた。昼、荷物を置きに来たとき・・・いなかった。店を周って帰ってきたとき・・・いなかった。


 つまり夕食に下階に降りて戻ってくるまでの間に、これは置かれたことになる。そんなことが出来るのは1人しかいない。


あの野郎(魔法使い)め・・・なんでコイツを。」


 犯人は分かった、いや、実は最初から分かっていた。少しでも他の可能性を信じてみたものの、無理だった。明らかに魔法使いの仕業だ。もっとも分かったところで貴族以上にどうしようもない相手であり、手の打ちようがないのだが。


 タータは深くため息をつきながらベッドに腰掛け、右手をぬいぐるみの頭に置く。しばらく撫でているとタータの表情はとても柔らかいものになっていた。そのとき前触れもなく横から声をかけられる。


「帰ったが。」

「なぁ?!」


 魔法使いだ。相変わらず何の気配もないまま突然現れた。2年の同居で嫌という程驚かされ、ある程度は慣れたと思っていた。しかし、ぬいぐるみに心が向いていたせいで、いつも以上に過剰に反応してしまう。


「なした?」

「どうしたじゃねぇよッ・・・。っつーかお前、声抑えろッ。」


 タータは器用にも小声で怒る。宿屋の主人こだわりの木壁は頑丈だが、まったく話し声が漏れないわけではない。1人部屋で北方訛りの声がすれば嫌でも目立ってしまう。


「なしてよ?」

「お前の言葉は目立つんだよッ・・・。」

「ああ大丈夫。音さ漏れねよぅしてっから。」

「先に言えよ!」


 音がもれないと聞いてタータが大声で抗議する。しかし魔法使いに堪えた様子は見られない。


「なまらやがましわらすだな。」

「お前がそうさせてんだよ!」

「なにきもやげ(腹立て)とんだ?」


 魔法使いは自分が悪いとは微塵も思っていないようだ。さすがにタータも諦めて大きくため息をつく。


「ハァ・・・。何言っても無駄だって知ってっけどよぉ。」

「でな、これ足しといたさ。」


 いきなり話が飛んだ。魔法使いは猫のぬいぐるみを指さしている。しかし意味がよく分からない。タータは小首をかしげながら聞き返す。


「足すって何を?」

「これな、あー・・・内地じゃ何だっけ?古代遺物(アーティファクト)?魔具?魔道具?」

「っておい、コイツ魔道具にしたのかよ!?」

「んだ。でもちょしても探ってもぬいぐるみ。」

「は・・・?そりゃただのぬいぐるみってことか?」

「あやも中身もそだ。でも魔道具。」

「つまり、触っても調べてもぬいぐるみだけど実は魔道具ってことか?」

「そだ。どうよ?」


 タータはベッドに突っ伏した。魔法使いはまたとんでもないモノを作っていた。しかもそれを見せに来た。胸を張ってるのは自慢しに来たということなのだろうか。どうすればよいか分からずに、そのままの姿勢で愚痴てしまう。


「また面倒くせぇモンを・・・。」

「おめ面倒だー面倒だー言うっしょ?だもんで誰も変と思えね、面倒でねえ魔道具作ってみた。」

「作ってみた、てお前な・・・。」

「ゆるくなかったけど楽しかったぁもんでよ。」


 魔法使いはタータに言われた“面倒なこと”に対策をした魔道具を作りたかったようだ。製作者としての欲求が満たされたからか、自分じゃ考えつかない新しい課題が嬉しかったのか、顔は見えないが満足気だ。


「でよ。しばらくどったらモンか試そってよ。だーらおめさやれ。」

「・・・俺?」

「んだ。わぁじゃ分からねもの。」


 魔法使いは面倒と言っていた本人に、ぬいぐるみを試させるつもりだ。理には適っている。面倒だと感じなければ成功、感じれば失敗だと評価も分かりやすい。


 余計なことをするとはいえ命の恩人であるのだから、タータとしても出来れば協力したいとは思っていた。ぬいぐるみを見て、魔法使いを見て、またぬいぐるみを見る。しばしの葛藤の後に身体を起こし、ため息をつきつつも引き受けることにした。


「ハァ、分かったよ。やるよ。」

「そか。」

「で、何が出来んだ?」

「まんず背中にこう魔力を流すと、こうくっつく。」


 タータの膝の上に魔法使いがぬいぐるみを乗せると、ぬいぐるみは短い手足を精一杯に伸ばしてガシッとしがみついた。タータは理解が及ばずにしばし固まってしまう。


「・・・何に使うんだこれ?」

「落とさないっしょ。」


 どうやら落とさないための機能らしい。持ち歩くものでもないのだが。


「んで、おめからがっつ離れると命の力、おめの言ってた“気配”さ出る。」

「・・・それも何に使うんだよ。」

「無くしても場所分かるっしょ。」


 どうやら落としてしまったとしても、探せるようになっているらしい。そもそも落とすことがあるとは思えないが。


「で、目閉じて名前さ言えば、コレの周り見えるし聞こえる。」

「・・・覗き用か?」


 チェーブの影響を受けすぎたのか、シモの発言になってしまった。だが魔法使いは気にもとめずに続ける。


「周りが分かりゃ遠くても、大体の場所分かるっしょ。」

「全部、俺が無くす前提じゃねぇか!」


 さすがに我慢できずツッコんでしまった。あり得ないレベルの高度な技術を注ぎ込んだ、貴族の魔道士では絶対に作れない魔道具の機能が、紛失防止である。しかも見た目はデブ猫のぬいぐるみだ。


「おめの言う面倒でねぇ機能にしただけだぁ。」


 魔法使いが少し楽しそうに言った。タータは再び項垂れ、今までにないほど深く溜息をついた。確かに目立つ機能でもなく、無駄でもない。ただ何故このぬいぐるみなのか分からない。タータは項垂れたまま、抱きついているぬいぐるみを指さして聞いた。


「そもそもなんでコイツなんだよ。」

「おめの部屋掃いてたらこれ忘れでたからよ。ついでだ。」

「忘れたんじゃねぇよ。置いてきたんだよ。」

「じょっぱるなて。おめ、それ抱いて寝てたっしょ。」

「なっ・・・。」


 何故知ってる、という言葉をギリギリで飲み込んだ。確かにタータは魔法使いの家でこのぬいぐるみをよく抱いて寝ていた。とはいえバレるのは恥ずかしい。だからいつも朝日が昇る前に起きていたのだ。タータの顔が真っ赤に染まり、つい魔法使いから目をそらしてしまった。


いいふりこが(格好つけ)なくてもえがべぇ。わらすには当たり前だ。」

「ッ・・・うっせぇ。中身はガキじゃねぇんだよ。」


 珍しく魔法使いがフォローしたが、タータには中年男性としての記憶があるのだ。姿形が大きく違うとはいえ、人形を抱いて寝ていたのを他人に知られるのは辛いものがある。


「いらねんなら試したあとなげれ。おめ以外にはぬいぐるみだ。」

「捨てねぇよ!」

いたわしい(勿体無い)んけ?」

「違ぇよ。色々あんだよ、コイツとは。」


 魔法使いは手放してもいいと言ったのだが、タータはすぐに拒否した。このぬいぐるみには随分世話になった。甦った当初は、自分と弟子が斬られる悪夢を毎晩のように見ていた。それを止めてくれたのがこのぬいぐるみだった。


 それだけではない。くたびれ果てたときも癒やしてくれたし、こちらの愚痴も文句1つなく聞いてくれた。抱いるだけでも安心して眠れる。それを、捨てられるワケがない。タータはデブ猫の顔をじっと見つめた。


「がおってまぁ。どっかいずいか?」

「違うわ!っとによぉ・・・ちょっとコイツとのこと思い出してたんだよ。」

「おなごになってきたな。」

「なってねぇよ、一切な。」


 ぬいぐるみをコレではなくコイツと呼び、さも人扱いするあたり随分と染まってきているようだが、タータに自覚は無かった。部屋においておく分には特に問題ないだろう、と気持ちを切り替える。そこで魔法使いが言っていた、目をつむって名前を言えば周りが見える、というのを思い出した。


「そういえば目をつむって名前呼べって言ってたけどよ。コイツなんて名前なんだ?」

「ミミだ。おめ、そう名付けてたっしょ。」

「なんで知ってんだよ!?」


 コッソリ付けていたぬいぐるみの名前を他人から聞いて、タータの絶叫が宿屋・・・ではなく部屋だけに大きく響いた。


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