依頼終了
正午の鐘が鳴ってからしばらく経った頃、狩猟者ギルドの扉が開いた。入ってきたのは少女と男の2人組。タータとチェーブだ。
「いらっしゃ・・・おう、チェーブじゃねえか。」
「戻ったぜ、フェレストさん。」
「ああ。“無事こそ良い知らせだ”な。おつかれさん。嬢ちゃんもおつかれ。」
「“迎えに元気を貰えた”ぜ。ご苦労さん。」
フェレストが言った狩猟者特有の挨拶をタータは自然に返した。慣れた言い方は見た目にそぐわずベテランのように聞こえる。声が高く貫禄は無いのだが。
「挨拶も教えてもらったんだな。いい師匠やってんじゃねえか、チェーブ。」
「だろ?俺はやるときはやるのさ。」
「お前が言うとシモにしか聞こえねえがな。」
フェレストはからかうように笑いながら言った。チェーブは肩をすくめながら答える。
「ったくよー、弟子が変なこと覚えっから止めてくれよ。」
「ああ、すまんすまん。嬢ちゃんの前でする話じゃなかったか。じゃあ、木札を。」
「あいよ。」
チェーブは小さな木札を手渡した。依頼を受けた狩猟者は木札を渡される。大きさは手のひら程度で、依頼人とその場所、魔獣の種類しか書いてない。これに依頼主のサインか血判を貰い、ギルドに提出すれば依頼達成になる。後は城へ達成報告をすれば追加報酬が支払われる。
追加報酬は今の領主になってから始まった制度だ。そのおかげでグルードクラー公爵領では依頼料が安い。端々の村にはまだ周知されていないのだが、次第に広がっていくだろう。
「トラブルは?」
「一切なし。」
「じゃあ滞りなく達成、と。怪我明けなのにさすが銅タグだな。」
「ま、たかがカッツだしな。2人がかりならなんとでもなるさ。」
「カカッ、あの若造が言うようになったもんだ。」
「俺は昔から言ってたぜ。調子に乗るなってよく叩かれてたけど。」
「そういやそうだったな。」
2人が笑い合っている後ろでこっそりとタータも笑っていた。チェーブは昔から「たかがカッツ」と言っていたのを思い出したのだ。昔は大言壮語だったが、今では実力が言動に追いついたのが師匠として嬉しかった。
「じゃあ城には報告上げておくが、追加報酬はたぶんちょっと遅れる。もうすぐ授与式だってんで立て込んでるんだとさ。」
「早めに欲しいけど、こっちじゃどうしようもねーしなー。」
「たぶん明後日には出るだろ。それ以降取りに来てくれ。」
「あいよ。」
「そうそう、飯はもう食ったか?」
終了手続きの書類を書きながらフェレストが聞いてきた。
「ああ、途中の屋台で済ませてきた。」
「じゃあ体はあいてるな。ギルドマスターが帰ってきてるんだ。騒動の話を聞かせてくれってよ。」
「うぇ、マジかよ。面倒くせーなー。」
「お前は当事者で、ギルドの職員でもあったんだ。ちゃんと説明する責任ってのもんがあるから諦めな。ほい、ここにサインな。おーい、デボード!チェーブが来たぞ!おーい!」
「へえへえ。下っ端は辛いねぇ。」
フェレストは大声で裏にいるのであろうギルドマスター、デボードに声を掛けた。チェーブは指し示された場所にサインして、項垂れながら首を振る。当日に嫌という程させられた説明を、再びやらなければいけないのは気が滅入るのだろう。
そのとき入口のドアが開き、新たに2人が入ってきた。1人は背が高めのガッシリとした、濃い赤墨色の髪を短く刈揃えた青年。もう1人は体付きも成長途中の、青みがかった黒鉄の髪を後頭部で縛った少年だ。
青年は大斧を背負い、まとめたロープを下げているが他に荷物はなく、少年は大きな背嚢を背に、両手で毛皮を抱えていた。同業者の仕事上がりだ。リーダーと見習いだと一目で分かる。室内を見渡した青年のほうがチェーブに気づき声を掛けた。
「お、チェーブさんじゃんか。腕は治ったのか?」
「よう、ホーンド。この通りよ。」
チェーブは肘を曲げて左腕を上げ、右手で叩いてみせる。笑顔で応えるホーンドは8年ほどの付き合いの、後輩であり友人の1人だ。
「随分長いこと吊ってたから引退かと思ってたよ。調子も戻ってるようで何よりだな。」
「ホントはまだ本調子じゃねーけどなー。カッツの脊髄は一発だったけど、首落とすのに2発もかかったんだよ。」
「脊髄1発なら十分じゃん。」
「そういう油断が危ねーんだって。そっちは今帰りか?」
「ああ。西でムステラ狩ってきたとこ。」
「あ、あの、“振り払う斧”のチェーブさんッスか。」
会話の途中で少年が話しかけた。恐る恐るといった声色だが、目はキラキラと輝いている。憧れの人に出会えたと言わんばかりの顔だ。チェーブは苦笑気味に少年へ顔を向けた。
「おう、そうだぜ。お前は?」
「グンダークっス。ホーンドさんとこの“青い牙”で見習いやってるッス。」
「すまねえ、チェーブさん。」
ホーンドが謝罪をしながらグンダークに近づき、頭にゲンコツを落とした。ゴンッと結構な音が響く。よっぽど痛かったのだろう。グンタークは抱えていた毛皮を落として、頭を抑えながらしゃがみ込んだ。
「イッッッッテェェェェ・・・・。」
「お前な、人が話してるときに割り込むんじゃねえ。基本だ、基本。」
「ハハハッ。」
そのやり取りに思わずチェーブは笑ってしまう。昔は自分も同じ様に会話に割り込んでゲンコツを食らっていたものだが、目の前のホーンドも全く同じことをしていたのを思い出したのだ。チェーブの笑い声にホーンドは居心地の悪そうなしかめっ面になってしまう。それを横目で見ながらチェーブはグンタークに話しかけた。
「ま、俺もホーンドもそういうの気にしねーけど、こだわるヤツもいるんだ。下手すりゃボコられっから気をつけろよ?」
「“師匠”。あとは任せていいか?店周りてぇんだ。」
3人のやり取りを見ていたタータがチェーブに話しかけた。これからギルマスと話もあり、長くなりそうだと思ったのだ。本当は早めに言いたかったのだが、3人の会話を見ているのも面白く、機を逃してしまっていた。
そういうときに強引に割り込むのは、タータのいつものやり方だ。本当は眼の前のグンタークと同じ目にあってもおかしくないが、チェーブは全く気にせずに後処理を引き受けた。
「ああ、やっとくよ。いいの見つかるといいな。」
「期待はしてねぇがな。じゃ、頼んだ。」
タータはくるりと振り返りその場を後にする。チェーブは挨拶代わりに軽く手を上げた。それを見ていたホーンドはタータの失礼な行動に呆気にとられ、ダンタークはチェーブの器の大きさに目を輝かせていた。見習いらしくない態度に寛大に答える様は、余裕のあるベテランのそれだ。実際は師匠と弟子が逆だったりするのだが。
タータが入り口のドアを開けると同時に、カウンター奥の扉も開く。中から背の高い中年の男が出てきた。顔立ちは40前だが総白髪で、綺麗に整えられた顎髭をしている。ギルドマスターのデボードだ。
「待たせたな、チェーブ。」
「よう、デボードさん。久しぶり。」
「“無事こそ良い知らせだ”。左腕も良さそうだな。」
「“迎えに元気を貰えた”。なんとかな。」
裏から出てきたデボードがチェーブと挨拶を交わすのを聞きながら、ギルドから出ていくタータは嬉しそうに微笑んでいた。
「(あの向こう見ずな聞かん坊も成長してんだな)」
ホーンドの昔を知るタータには、師匠によくゲンコツを落とされていた姿が印象深かった。口答えもするし、会話に割り込むし、平気で文句を言うヤンチャ小僧。それが人を導く立場になっていた。どうやらホーンドに抱いていた人物像は訂正しなければならないようだ。後輩たちの成長を垣間見て満足げなタータは、鼻歌を歌いながら街へと繰り出した。
---
後輩達の成長を見て気分が良かったその日の夜。夕食に甘味を食べて上機嫌のまま部屋に入ったタータは、すぐに頭を抱えてることになった。
「嘘だろ・・・置いてきたはずなのに・・・。」
タータの視線の先にはベットに鎮座する、妙にふてぶてしい猫のぬいぐるみがあった。




