久々の狩猟
森の中を赤銅色の髪の少女が駆ける。タータだ。いつものバンダナをかぶり、手甲と足甲をつけ、体には革製のエプロンをしている。鉈は後腰の鞘へと仕舞っており、手に持っているのは槍だ。
「ほいっと。」
走りながら突如横へ跳ぶ。そのすぐ後に茶色の何かが、先程までタータの居た場所に激突する。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」
「カッツはうるさくていけねぇな。」
後ろも振り返らずに走り続けるタータがつぶやく。激突した何かは四肢があり、顔も尾もあった。猫の魔獣、カッツだ。しかし歪な造形をしている。すでに原型は留めていない。大きさは小さめの熊ぐらいだろうか。
割けた口から覗く上下6本ずつの牙は長く太い。上顎の牙は口からはみ出し、下顎の牙はマズルを突き破って顔に穴を開けている。鼻頭から背中までは瘤のような低い角がいくつも生えている。巨大化した体に見合った前足は太く、そこから伸びる爪は短剣ほどの大きさがある。ネコ科に特有の肩周りの筋肉はさらに大きく隆起していた。
片側に2つずつある金色の目が、別々にギョロギョロと動く。その1つが再びタータを捉えた。
「ギャア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」
「あー、うっせぇ。」
タータは耳をふさいで走りながら1人愚痴た。今いるのは広葉樹が生い茂るベズウォース山の麓の森。テンプトタールから南西に徒歩で2日弱、狩猟者が小走りで半日ほどの場所に広がる森林だ。タータとチェーブの2人は近くのスーヴェスト村からの依頼で魔獣を狩りに来ていた。
「ほい。」
タータが軽く跳び、細めの木を蹴って方向を変えると、またそこにカッツが激突した。木が音を立てて倒れていく。
「やっぱ小せぇ方が避けやすいな。」
細いとはいえ生木を一撃で折る威力だ。当たればただでは済まない。しかしタータは恐怖をまるで感じていないようだ。予定通りに予想通りの事が起こったているだけ、ということなのだろう。
タータは少し速度を上げた。今までは獲物の視界からあえて外れないように抑えていたのだ。目的地はすぐそこ、少しだけ開けた森の広場だ。
「お客さんが来たぜ!用意はいいな!」
「あいよ!」
叫んだタータにチェーブが答える。姿は見えない。どこかに潜んでいるようだ。本能の大半を失った魔獣は、獲物を追うときに耳や鼻はほとんど使わない。特に、見える距離の獲物を負う場合は他の機能は停止してしまう。そこが魔獣全てに共通する弱点の1つだ。
「よっと。」
タータが広場の途中で跳ねた。罠を避けるためだ。そのまま広場の周縁まで走り、木を駆け上がる。
「オラア!」
チェーブが叫ぶと同時に、ロープを断つ音が聞こえた。ザァッと地面に隠されていた網が一気に立ち上がる。
「ジァア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」
「一丁上がりっと。」
若木のしなりを利用した罠だ。固定されていたロープを切れば木が立ち上がり、網が魔獣の行く手を阻む。魔獣は勢いを殺せないまま絡め取らて動きが止まる。
「ふっ!」
タータが槍を構えて木の上から降ってきた。枝を蹴って加速もしている。その勢いのまま魔獣の頭へとぶつかると、槍は頭骨を貫き魔獣を地面へと縫い付けた。魔獣はビクンと全身が震えた後、四肢の力が抜けて地に伏せる。
「おっしゃあああ!」
すかさず駆け寄ったチェーブが斧を首元に叩き込み、脊髄を断つ。タータの一撃でほぼ死んでいたが、きっちりと留めを刺さなければ何が起こるか分からない。それが魔獣だ。チェーブはさらに2度斧を振るい、首を完全に切り落とした。
大きく息を吐いてから大斧を地面につき、チェーブは腰を伸ばした。
「いやー、やっぱ罠は楽だな。準備がどうしようもなく面倒だし、誘い出しが大変だけど。」
「カッツだからって気を抜いて怪我したくはねぇからな。怪我明けや病み上がりなんかはこれで感覚を思い出すのがいいんだ。」
タータはすでに網を回収し始めている。声にも動作にも特に疲れは見えない。やるべきことを何時も通りにやっただけ、という雰囲気だ。
「身体はどうだ?」
「やっぱ鈍ってるよ。骨は断てたけど、落とすのにさらに2回だ。これぐらいなら1発でやれなきゃなー。」
「鈍ってるって分かるのが大事なんだ。それが分からないままってのが一番やべぇからな。」
「実感したぜ。このまま狩りに出てたらやばかった。」
チェーブは斧を再び担ぎ上げ、軽く素振りを始めた。どこがおかしかったのかの確認だ。
「んー、左腕が上手く使えてねーのかな。」
「無意識に庇ってんのかもな。1ヶ月も吊るしてたんだ、癖にもならぁな。」
「筋肉も落ちてるしなあ。もうちょい左腕中心に鍛えるか。」
「そうしな。死んだら後悔も出来ねぇしな。」
「経験者の言葉は重みが違うわ。」
「お前は経験すんなよ?」
「振っといてなんだけど笑い難いっての。」
チェーブはその返しに思わず片手を上げながら苦笑し、タータは満足げにニヤリと笑った。怪我の経験をネタに笑い話をするのは狩猟者の定番だが、さすがに死んだ経験をそうされては笑うに笑えない。フゥと息をつき魔獣に向き直り、頭を地面に縫い付けた槍へ目を移す。
「やっぱ折れちまったなー。」
槍は魔獣の頭からハミ出た部分から折れてしまっていた。衝撃に耐えられなかったのだ。今回使ったのは中古で流れていた対人用の槍で、長い柄の先に刃先が付いている普通のものだ。ただ、この形では刃先が獲物に埋まり込み、どうしても柄の部分が折れてしまう。持ち手から先までが長く、根本に近づくにつれ太く頑丈になるランスが本来は狩猟者の武器なのだ。
「ランスじゃねぇしな。おぅ、そっち持てや。」
2人は離れて網を引っ張り合う。きちんと張った状態で畳まなければ絡まり合ってしまい、次に使うのが大変になってしまう。下手に慣れてしまった狩猟者は雑にまとめてしまうところだが、ベテランの2人はそういう手抜きはしない。お互いに端を持ち、タータが行ったり来たりしながら半分ずつに畳んでいく。
「槍、勿体ねーな。」
「中古の割にゃソコソコ値が張ったってのに、使い捨てにしかならねぇもんな。」
「対人用は細いってのがなー。刃先も薄いしよ。」
「まぁ貫けたからヨシとするさ。」
「ポトコーバの店は?」
「儀礼用の剣打ちで大忙し。金貰っても作る暇ねぇってよ。」
「もうすぐ授与式だしな。他のとこは?」
「どこも一緒だ。あそこのがランスは一番いいんだけどなぁ。」
「いっそどっかの村で頼むとか?」
「村の鍛冶屋じゃ腕も設備も足りねぇさ。打つのは鍋と包丁だからな。」
「それもそうか。」
「よし、終わりっと。あとはロープだな。」
「そっちは俺がやるよ。」
「おぅ、頼んだ。」
タータは網を畳み終えぐるぐると巻いて小さく丸め、チェーブはロープの回収を始めた。あとは広場の木陰に置いてある背負子にくくり助けて片付けは終わりだ。
「ほんじゃ、そこそこ“崩壊”したし剥ぎますかね。」
片付けが終わった後、チェーブは地に伏した魔獣を見ながら伸びをする。死んだ魔獣は体内の魔力を徐々に失い、筋肉や内臓はすべて灰褐色の砂に変わる。それを狩猟者は“崩壊”と呼んでいた。崩壊が進めば最後に残るのは骨と毛皮だけだ。
切断面から砂がザラザラと出てきているが、血はほとんど出ていない。魔獣化してある程度経つと、身体の水分はほぼ無くなってしまう。残っているのは頭骨の中ぐらいだろう。ここまで魔獣化が進んだ個体になれば、獲物も千切り飛ばすだけで食べることは無いし、水も飲まない。ただ殺すだけの生ける災害。それが魔獣なのだ。
「チェーブ、骨はどうする?」
「面倒だしいいんじゃね?あ、でも長いのと爪は持ってくか。」
「カッツの骨は小さいのばっかだからなぁ。頭は村に渡すか。」
「これであの村も安心だな。」
「ほんじゃひっくり返すぞ。」
「あいよ。」
「せーの。」
2人は魔獣を仰向けの状態にすると、腰からナイフを抜いた。静寂を取り戻した森は、コマドリの鳴く声が響いていた。




