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夕食と雑談

 1日が終わりに近づき空は茜色だ。煉瓦色の瓦屋根が連なる町並みも、その壁や道も赤く染まっていた。


 止まり木亭の1階はいつものようにテーブル席が埋まっている。大人たちの話し声で賑やかな店内だが、窓からは子供たちの笑い声も聞こえる。どうやら長く伸びた影を壁に映して遊んでいるようだ。


 タータとチェーブは昨日と同じようにカウンター席で並んで座っていた。昨日より少し早い時間だ。今の話題は別れたあとのことだ。


 スクッドシグがギルドを出た後、くたびれ果てたタータもまた、ギルドを後にしていた。残されたチェーブは付近の店の人々、住人、通りがかりの商人や職人にこれでもかと質問をされていたらしい。


 狩猟者は近寄りがたい雰囲気の者が多い。しかしチェーブは背が低いせいか人当たりがいいせいか、話しかけられやすい。今回はそれが裏目に出て、話しても話しても、次から次に質問をする者が現れる。そんな状況になっていたそうだ。


 最初こそ大げさに身振り手振りで答えてたものの、最後には話し好きなチェーブですら「明日な、明日!」と言って追い返す事態になっていた。今日でギルド手伝いの期限が切れたため、もう明日からは常駐していないのだが。


「そんで、そっちは帰ってからどうだったんだ?」

「部屋に戻ってグッタリさ。でもベッドで寝てたらアレ(魔法使い)が来てよ。」

「あー・・・ハサミ探してたっけ?」

「そう、それで俺ンとこに取りに来た。人が気持ちよく微睡んでるトコ起こしやがってよ。」


 タータは不満げに言って、白アスパラの麦粥を口にする。この時期によく食べられる定番のメニューだ。


「前に言ってた“こだわり”ってやつなんだろうけど、なんでまたハサミを?俺らは助かったけどさ。」

「布が切れねぇってよ。」

「んん?つまりタータさん、カッパラッて来たのか?」

「違ぇよ!誰が人のモン盗むってんだ!そう見えんのか、えぇ!?」


 タータがたまに見せる、謎の矜持に触れてしまったようだ。だが拳の甲を相手に向け睨みつける様はなんとも迫力がない。


 チェーブが視線を感じてチラリと見ると、タータを微笑ましそうに見ている宿屋の主人と目が合った。見つかったのが恥ずかしかったのかスッと目をそらし、そのまま一度奥へと下がっていく。チェーブは苦笑してしまった。


「まあまあ、冗談だって。」

「ったくよぉ。で、だ。俺も今日初めて知ったんだけどよ。ハサミって右手用と左手用があるんだと。」

「へー、そんなんあんの?挾んで切るだけだから変わんねー気がするけど。ヤットコにはねーだろ?」

「それがハサミにゃ本当にあんだよ。」


 力の入れ方の関係でハサミに左利き用があるのは、服飾に関わることが多い女性には常識だ。だが、そこに疎い男2人は初めて知った知識だった。狩猟者が使う武器は全て両刃に研ぐのだから知らないのも無理はない。状況に応じて、左右どちらでも振り回すのだから。


「俺の前掛け、首元がガッタガタだったろ?」

「あー、あのエプロンな。確かにもうちょい上手くやれよと思った。」

「余計なお世話だ。あと、エプロンじゃねぇ。前掛けだ、ま・え・か・け。」

「はいはい。」

「クソっ、師匠をなんだと思ってんだ、この元弟子は。」

「今は俺が師匠でーす。」

「ハァ、タチの悪い師匠についちまったなぁ。」


 チェーブは軽く胸を張りながら答え、タータは大げさに肩を落とす。どうにもこの元弟子は師匠を、いや、他の年上も普通にからかおうとする。弟子にしたときからそうだったのだから、どうしようもないとは分かっている。が、思わず溜息が出でしまう。ちょっとからかいすぎたかと思ったチェーブは、話の続きを促すように口を開く。


「つまり、タータさんが持ってきたのは左手用だったってことか。」

「そうだ。おかげで上手く切れねぇで、ガッタガタになっちまった。」

「裁縫の腕のせいじゃねーってことか。」

「それなりに出来るようになってんだぜ?俺はてっきり、裏打ちの魔獣の革によっぽど良いモン使ってんだと思ってたけどよ。」

「良くねーの?」

「そこそこのモンではある。でも右手用のハサミだとサクサク切れた。あんなに苦労したってのによ・・・。」


 どうやらいつもの、失敗談による教育だったようだ。その知識を活かす場面があるのかは分からないが。一方のチェーブはすでに5本目となる串焼きを頬張りながら、ハサミの切れ味の良さに驚いていた。


「ング。魔獣の革がサクサク切れるってすげーハサミだな。」

「鉈と同じでモノは一級品だからな。ただやっぱ、ナイフで一気にってのに比べると切り口はイマイチだし、分厚い革は無理だ。」

「やっぱ職人が革包丁(レザーナイフ)を使ってんのは意味があるんだなあ。」

「だろうな。俺らが剣を使わねぇってのに似てるのかもな。」

「あー、分かりやすいなそれ。」


 何事も突き詰めていけば特化した形が残るものだ。職人であれば“どちらも出来る道具”より“道具を役割ごとに用意する”方が理にかなっている。狩猟者であればチームでそれを振り分ける。例外は用意したくても出来ない者か、用意する時間が無い場合だろう。


 串焼きを片付けたチェーブはグラーシュの残りを食べながら話を続ける。


「ほんで、ハサミ返したらまたすぐに帰ったのか?」

「それがよ。あいつ(魔法使い)には“お前のせいで出来なかったからお前が縫え”って言われてやらされた。」

「一体何を?」

「枕カバーの穴塞ぎ。裏から当て布して塞ぐだけで楽だったけどよ。」

「・・・マジで?」

「マジだ。」

「タータさんが?」

「俺がだ。」

「昔のタータさんじゃ考えらんねーな・・・。想像するとちょっとおもしろいけど。」

「前は針なんざ持てねぇ指してたからなぁ。」


 昔のタータの手は巨体に合わせて非常に大きく、店によってはスプーンやフォークですら持つのが一苦労なほどだった。指も太く、普通の縫い針などは髪の毛をつまむようなものだ。嫌々ながら少し楽しそうに話しているのは、昔は諦めていたことが出来るようになったからかもしれない。


 2人でとりとめもなく話し、タータの料理が片付いたところで、宿の主人がパイを出してきた。楽しみにしていたデザートだ。


「おう、嬢ちゃん。マルベリーのパイだ。」

「おっしゃ来た来た。」

「甘味がそんなに美味しいかねえ。」


 見た目相応に無邪気に喜ぶタータを見るのはどうにも慣れない。中身をよく知っているというのも考えものだ。どうしてもチェーブは、信じられないものを見るような目になってしまう。だがタータの中身を知らない宿屋の主人は分かってないな、と言わんばかりに鼻を鳴らす。


「だからお前はフラれるんだよ。」

「余計なお世話だ、ほっといてくれ。」

「女と子供にゃ甘いモノ。基本だぞ基本。見てみろよ、この幸せそうな顔。」


 タータは2人の会話も耳に入らず、ニコニコと笑顔でパイを頬張っていた。とても幸せそうだ。それを見てさらにチェーブはひいてしまうが、宿の主人がホレ見ろと言わんばかりに得意顔になる。


「うわ・・・信じらんねー・・・。」

「ハッ、こりゃお前が落ち着くのはまだまだ先だな。」


 宿屋の主人は呆れたように肩をすくめながら、他の客の料理を作りにカウンターを移動した。チェーブは何か言いたくても言えないせいか、とても複雑な表情をしていた。


 心ここにあらずのタータが戻ってきたのは半分ほど食べた後だった。顔だけはまだ笑顔のままだ。


「いやぁ美味ぇわ。お前も食えばいいのによ。」

「俺はいいよ。酒のがいい。」

「これだから野郎はダメなんだな。やっと分かったわ。」


 腕を組んでウンウンと頷いているタータを見て、チェーブはあんたもこうだった、と言いたい気持ちをグッと抑える。下手につつくと、如何に甘味が重要かの説明が始まりそうだと察していた。そこで話題を変えることにする。


「そうそう、帰ってきたフェレストさんが言ってたんだけどさ。見習いタグでもそのままじゃ領地出れなくなったってよ。」

「ハァ!?どういうこった!?」


 寝耳に水だったタータは驚いた。明日には宿を引き払って西へ向かうつもりだったのだ。


「なんでも、商人ギルドの1つが見習いを悪用してたってさ。対策で領の出入りには仕事をこなした証拠が必要になるって。」

「また商人か。前も似たようなことしてたよな。これだから金の亡者共はよぉ、クソッ。」

「俺もそこの三男坊なんだけどなあ。」

「お前はシモの亡者だろうが。」

「う、否定できねー。」


 タータの容赦ない指摘に、否定できないチェーブはバツの悪い顔になる。おちゃらけた反論ではなく、肯定しながら少し戯けてるのは、タータが憤りを感じているのが分かったからだ。


「大体だな、狩猟者見習いはあの戦鎚持ち上げて合格なんだぞ?そんなヤツが大人しく捕まったり売られたりするワケねぇだろうによ。アホくせぇ。」

「もっともだけど、そう決めた貴族に言ってくれよ。」

「言えねぇから愚痴ってんだよ。」

「ま、そりゃそうか。」


 タータはまた1口パイを齧る。不満を口に出したら少し落ち着いたのか、パイで機嫌が治ったのか、軽く溜息をついた後はいつもの調子でチェーブに聞いた。


「で、何したらいいんだ?」

「そんなに手間じゃねーよ。依頼じゃなくてもいいから2匹、師匠に付いて狩ってくるだけでいいって。」

「微妙に面倒くせぇな、オイ。」

「他のギルドはもっと厳しいらしいぜ?傭兵の連中とか、護衛10回とかだったかな。」

「うへぇ。それに比べりゃまだマシか。」


 傭兵は対人の専門家だ。戦争にも参加するが、普段の主な仕事は護衛や警備だ。街中で、街道で、森や草原で対象を護るのだが、1回の仕事が数日がかりになることも珍しくない。それが10回ともなれば1ヶ月以上はかかるだろう。


 狩猟者であれば2匹なら早ければ1日だ。ベテランのタータなら長くても10日とかからないだろう。傭兵に比べれば命の危険は遥かに高いが、必要な時間はずっと短い。


「仕方ねぇ。おいチェーブ、明後日狩りに行くぞ。」

「えー、俺も?」

「たりめぇだろうが。明日は準備。明後日の鐘1つで出発な。」

「まったく、師匠使いが荒い弟子だぜ。」

「お前は怪我明けだ。体の調子見るのにちょうどいいだろ。」


 肩をすくめたチェーブだったが、タータはどうやら元弟子を気遣っているらしい。怪我が治った後はミスしやすいと言われている。単独の者でも同じレベルか上の技量を持つ狩猟者と共に行動するのが定番だ。タータはその役をやろうと言うのだ。最も信頼できる狩猟者が言うのだから乗らない手はない。


「あいよ。鈍ってなけりゃいいけどなー。」


 チェーブは久しぶりの狩りを思いながら、軽く左腕を回して感触を確かめていた。


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