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騒動の終わり

 ヴナトールが縛り上げられたまま担架に乗せられ、護送用の馬車へと運ばれて行く。担架を持つ者が4人、抑えるものが2人。もがくせいで大掛かりだ。それを見届けながら、スクッドシグはふと疑問に思ったことを聞いた。



「そういえばヴィーラン卿、天窓から見ていたとおっしゃいましたが。」


 ヴィーラン子爵はヴナトールにそう言っていた。かなり高い位置にあるが、床が無い分低い外側でどうやって見ていたのだろうか。


「ああ、それか。」


 ヴィーラン子爵は少し気まずそうに、頬を指で掻きながら話し出す。


「私は馬車を表通りで降りた。そのままこちらに来ると衛兵がいた。聞けば、集合の合図があり、丁度来たところだと。」

「なるほど。それで一緒に。」

「しかし、ドアが開かないと言っていた。狩猟者ギルドだけあって頑丈なんだろう。押しても引いても、蹴り飛ばしても体当たりしてもダメだ。何とか開けようとしていたら、ドォンと室内から音が響いた。」


 戦鎚が床を撃ち抜いた音だろう。ドアが開かなかったということは、丁度固まっていた2人が動き出したときになる。


 聞き耳を立てていたチェーブは、魔法使いや魔法が見られていないことにホッとする。今でも緊張で口が回らないのに、あれ(魔法)を説明できる自身は無かった。


「君の部下は優秀だな。彼らは即座に肩に1人乗せて、天窓から中を覗き始めたんだ。それで、私も真似をしたのだ。貴族としては褒められた行動じゃないがな。」


 ヴィーラン子爵は少し照れながら言った。子供のような行動だったと今になって恥ずかしくなっているのだ。


「そのとき衛兵の1人に応援を頼むよう、そして護送用の馬車を手配するように命じた。あれだけの音が響けば野次馬が集まるからな。」

「おかげで手早く封鎖できました。ありがとうございます。」

「礼には及ばん。権限の範囲内で成さねばならない、当たり前のことをしただけだ。」


 スクッドシグは再び深く礼をした。街のことを思っての行動が嬉しかったのだ。ヴナトールが逃げた場合、集まった野次馬に被害が出たのは間違いない。


「しかし軽率な行動で護衛の肩を汚してしまってな。後で穴埋めしなければ。ただ、見たのは無駄ではなかった。それは自信をもって言える。君もそう思うだろう?」

「へぇ?!ええ、えぇはい。なんか盾が光って、すごかったです。」


 いきなり話を振られたチェーブがしどろもどろに言った。まるで子供のような答えだ。ヴィーラン子爵はまた笑顔になるが、スクッドシグは先ほどと違い、不思議そうに自分の円盾と左腕を見ていた。


「腕を怪我したのか?あれほどの一撃を流したのだ。すぐに見てもらったほうがいい。」

「いえ、腕よりも盾が気になりまして。」

「なにかあったのか?」

「ヴィーラン卿がお越しになる前、最初の相対で盾に一撃を受けました。そのとき上半分が凹んでいたと思ったのですが・・・。チェーブ、君は覚えているかい?」

「え?あー・・・いや、壁に叩きつけられたのは見ましたけど、盾はどうだったかなー・・・。」


 チェーブは円盾が直る瞬間を見ていたが、流石にあれ(魔法)は言えない。とぼけつつ、思い出すようなフリをして右上へと視線を逸らす。


「壁の凹みはそれか。よっぽどの威力だな。腐っても英雄ということか。」

「凄まじい衝撃でした。これでも盾の扱いには自信があったのですが、受け流しきれずに体ごと飛ばされて。そのとき確かに凹んでいたような・・・。」

「ふむ。頭に衝撃を受けると、景色が歪むことがあるという。それではないのかな?」

「そう・・・でしょうか。腕も折れているのを覚悟していたのですが、痛みが無くなっています。」


 スクッドシグは左手を握ったり開いたりと繰り返した後、手首を捻ってみたりと確認している。動きを見る限り問題は無いようだ。


 少し離れたところから車輪の音と馬のいななきが聞こえた。護送用の馬車が出発したようだ。ヴィーラン子爵は音がした入り口の方を見た後、スクッドシグへと向き直る。


「あとから痛むこともある。早めに診てもらうようにな。」

「ええ・・・わかりました。」

「盾についてだが、重い戦鎚とはいえ魔道具ではないのだ。魔力が十分の盾なら凹まないこともあるだろう。」

「そう、それも不思議なのです。私の魔力は弱い。あの戦鎚の威力で盾が持つなんて信じられない。しかもあんなに光るなんて・・・。それに、最後の二撃は体勢を崩すこともなかった。」

「ふむ・・・。」


 不思議な出来事にスクッドシグは少し不安気だ。表情には出さないが、心ここにあらずといった雰囲気がある。ヴィーラン子爵はその様子を見て、少し軽めに言った。


「昔聞いたことがある。戦場では突然、力に目覚めるときがあるそうだ。滅多に無いことらしいが、君もそうかもしれん。戦場に匹敵するほどの相手だったのだからな。」

「なるほど・・・そうかもしれません。確かに強かった。心がまともならば、本当の英雄になれたのでしょうに・・・。」

「あー、スクッドシグさん。こっちから話しかけるのは失礼だとは思うんですけど、これ、拾っておいたんで。ハイ。」


 平民から声をかけるのは無礼だと承知の上で、チェーブが持っていた槍を差し出す。あまり深く考えてもらうと面倒になりそうだと思ったのだ。いつまでも続きそうな会話にしびれを切らしたのもある。


「ああ、ありがとう。なに、失礼じゃないよ。君は私の大事な友人だ。」

「うえ?あ、えーっと、こちらこそ?」

「ほう、平民の友人とは珍しい。どういう馴れ初めか聞いてもいいかな?」

「ぃええ?!」


 話を終わらせたかったはずが、何故かこちらに質問が飛んできた。予想外の展開にまた言葉が怪しくなる。だがしびれを切らしたのはチェーブだけではなかったようだ。護衛の1人がヴィーラン子爵に話しかける。


「イゥビトール様。そろそろお戻りなる頃合いかと。」

「む、そうか。すまん、准男爵殿。私には時間がないようだ。今度、家へ招待しよう。そこで色々と聞かせてくれ。断ってくれるなよ?」

「誘っていただき身に余る光栄です。諸々が片付いたら、ぜひ。」

「うむ。ではまた会おう。」


 スクッドシグが深く礼をすると、チェーブも慌ててそれに習いヴィーラン子爵を見送る。部屋から出ていくまでその姿勢を維持し、ドアが閉まると姿勢を戻した。チェーブは伸びをしながら話しかける。


「いやー、大変でしたね。」

「本当にね。さて、私も戻るとするか。」

「今日はありがとうございました。おかげで死なずに済んだし、タータさんの仇も捕まりました。」

「こちらこそ、ありがとう。君のおかげで私もなんとか生き延びれたよ。インク壺の投擲が無ければ、あそこで終わっていた。」

「あー・・・、あれも弁償してもらえるんですかね?」


 チェーブが戯けながら聞く。師匠と同じく、面と向かって真剣に礼を言われるのは苦手なのだ。スクッドシグはそれを分かっているのか、微笑みながら答えた。


「うん。割ったのは彼だ。街ではインクをこぼすと、その人に代金を払ってもらうんだろう?それで行こう。」

「助かります。いやー、あのインクまみれの怒った顔、笑いそうになりましたよ。」

「言われてみればそうだね。今になって思い出すと面白い。ハハハッ。」


 2人で軽く笑い合う。ひとしきり笑った後、スクッドシグは盾を背に戻した。職務に戻るのだろう。魔法使いがなにかしたのだろうと察しつつも、チェーブは心配そうに尋ねた。


「身体は大丈夫です?すごい音がしてましたけど。」

「ああ、大丈夫だよ。念の為すぐに診てもらうさ。では退散するとしよう。」


 スクッドシグが兜を被り直す。そして何か言おうとして口ごもり下を向いた後、再びチェーブを見て口を開く。


「調書のために今日中に1人よこすから、協力してくれるかい?」

「わかりました。」

「あと、あの子にもよろしくと言っておいて。それと、ありがとう、とも。あの子の叫びで盾を出せたから。今は私は近づかない方がいいだろうし頼むよ。随分とくたびれているようだからね。」

「ええ。伝えておきます。起きたら、ですが。」


 タータは貴族だらけの状況に疲れ切ったのが、テーブルの上にグデっと突っ伏していた。両人とも起こさないようにか、声を抑えて笑う。


「それと・・・えーっとね・・・。」

「仕事があるんだろ?続きは今度聞かせてくれよ、シグさん。」


 察したチェーブが敬語をやめて気軽に語りかける。スクッドシグは隊長であること、準男爵であることを黙っていたのを謝罪したかったのだろう。そして今までの関係が崩れることを恐れいていた。出来れば今までどおりであって欲しいと願っていた。


 チェーブの態度と短い言葉はその不安を吹き飛ばし、願いに応えるには十分だった。スクッドシグはすぐに心から嬉しそうな笑顔になった。


「ああ!また飲みに行こう!」

「ああ、またな!」


 2人は拳を合わせて別れを告げる。その声の大きさにタータがビクッと起き上がった。 

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