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衛兵の矜持

 途中から明らかにタータ案件だと気付いていたチェーブは、最初は軽く茶化そうと思っていた。だが、スクッドシグの声色にその気が失せていた。この人もまた、タータを慕う人だと分かったのだ。


「ほんとあの人は・・・。」

「ふふ、いい人だよね。でも北の地で、どこかの誰かに殺されてしまった。この街の中ならそんなことはさせないのに、と思わずにはいられなかったよ。」


 スクッドシグは少しうつむき、握りしめた左手を見つめた。貴族らしく表情には出さないが、自分の力が及ばないことがとても悔しかったのだろう。


「調査隊が出たんだけど、領境近くで遠かったのもあって、ほぼ空振りでね。残ってたのは血溜まりの痕が2つだけ。遺品も無かった。近くの村人も何があったか分からないそうだよ。」

「ゲナプ村は遠いですからね。逃げるには十分時間があるから、仕方ないですよ。」

「そう・・・だね。それに、お弟子さんが生き残っただけでも良かったのかな。タータさんは弟子思いだったそうだから。」


 スクッドシグは優しい目でチェーブを見た。チェーブは自分が弟子だから仲良くしてもらえたのかと不安になる。身分の差はあっても友人だと思っていたからだ。こういうとき黙るのではなく、聞く方を選ぶのがチェーブの“らしさ”だった。


「その・・・もしかして、俺と仲良くしてくれたのも?」

「ああ、違う違う。それは君が話していて楽しいからさ。タータさんの弟子だって知ったのは後になってからだね。不思議な縁を感じて嬉しかったよ。」


 貴族にするにしては失礼な質問だが、明るく答えたスクッドシグの声は元のトーンに戻っていた。


「あー・・・すんません。変な、疑うようなこと聞いちまっ・・・ました。」

「気にしないさ。そういう人もいるだろうしね。タータさんの影響を受けた人は貴族にもいるから。」

「そうなんですか?あんまりお偉いさんと関わるような人じゃなかったんですが。」

「衛兵もかなり影響を受けたよ。なにしろ、私がさっきの言葉を広めたからね。」

「ハハハ、そりゃいいや。本人も喜んでるでしょう。」


 いたずらっ子のようにウィンクして笑うスクッドシグに、チェーブも笑顔で返した。横目で見ると、タータはもうどうにでもしてくれと開き直ったのか、真っ赤な顔を隠さないまま布を縫い進めていた。


 そのとき、午後の1の鐘が街に鳴り響いた。貴族街の門が開く時間だ。


「鐘が鳴ったか・・・。そうだ。君には言ってもいいかな。今日は少し離れたところに4人、控えてくれてる。」

「4人もですか、それはありがたいですが、こちらには来ないんで?」


 他に4人いることはタータから聞いて知っている。しかし、何故待機しているのかが分からない。


「どうしてもこちらの都合で、君の側には1人しか居れないんだ。ごめんよ。私の力が及ばなくて。」

「ああいえ、そういうアレじゃなくてですね。すんません、俺らの知らないルールがあるのかなって思いまして。」


 慌ててチェーブは謝った。非難するつもりはないのだ。


「ルールというか建前かな。たまたまギルドにいた衛兵が、たまたま近くにいた仲間に声をかけた。それなら、色々と言い訳できるからね。」

「なるほど。明らかに警戒してたりすると、後で面倒なこと言われたりするんですね。」

「そうだね。嫌味と揚げ足取りは貴族の定番だから、気をつけないと。」


 スクッドシグは苦笑しながらそう言った。チェーブは笑ったものか、うなずいたものか、それは失礼になるのかと悩み、思わず真顔になってしまう。その様子を見てスクッドシグが柔らかく微笑む。


「そうそう、実は4人とも、タータさんの言葉にすごく感銘を受けていてね。みんな志願してここに来たんだ。」

「志願なんですか!?衛兵の仕事は大丈夫なんです?」

「まあ、大変だろうけど大丈夫じゃないかな?」


 スクッドシグは微笑を崩さないが、お手上げのポーズだ。衛兵は戦争が始まってからいつも人手不足なのだから、残った者達は大わらわだろう。


「本当は10人以上志願したんだよ。上司のチェスラッツ男爵が頭を抱えてた。なんとか折り合いをつけて5人になった感じだね。」

「そりゃすげえや・・・。」

「私はここの担当なんだ。みんなやりたがってたけど、君とは知り合いだから、私が適任だからね。」

「ええっ?!ここが一番危ないんですよ。なんで・・・。」

「友人が困っていて、危険な目に合うかも知れないなら駆けつける。そんなの当然だろう?」


 まるで何でも無いことのようにスクッドシグは答えた。表情も変わらず、声色に強張りや諦めは感じられない。貴族だから本心は違うのかも知れないが、その真っ直ぐな言葉はチェーブの心に強く響いた。


「お、俺は・・・銅タグだけど平民ですよ?俺のためにそんな危ねーこと・・・。」

「装備だけは整えてきてるし何とかなるさ。」

「でも・・・。」

「それに実はこれ、貴族の犯罪者を取り押さえるための装備なんだ。相手が貴族なら、抵抗されると普段の装備じゃ厳しいから。もっとも、この領地で使われることはほぼないんだけどね。」

「相手は戦争の英雄なんですよ?メチャクチャ強いんですよ?」

「大丈夫。私の仕事は君を含め、街に住む人を守ること。戦って倒すことじゃないんだ。」

「でもっ・・・!」

「もしあの人が剣を抜いたとしても、君を守りながら外に出ればいいだけさ。残りの4人がすぐに駆けつけてくれる。」


 その声は諭すようではあったが、とても優しかった。自分の仕事に誇りと矜持を持ち、仲間を信頼している者に特有の気高さがあった。チェーブは涙目になりながら、本当の貴族とはこういう人なのかも知れないと思っていた。


「ぐぅ・・・ありがとう、スクッドシグさん・・・。」

「礼は次に会ったとき奢ってくれればいいさ。あ、贈賄になるからダメかな。」


 スクッドシグは場を和ませるように、とぼけ気味に冗談を言った。平民には少し笑いにくいネタだったため、チェーブは涙目のままぎこちない笑顔になってしまう。その様子に苦笑しながら、視線はタータへと向けられる。


「あの子もこの街では笑ってくれるといいんだけど。」

「グスッ、あの子は大丈夫です。なにしろ名前がいいですから。」

「そうなのかい?そういえば名前を聞いてなかったな。」

「聞いたら笑っちゃう名前ですよ。」


 目元を拭ったチェーブが笑顔に戻り、おどけながら言った。スクッドシグは少し眉をひそめて、ゆっくりと首を横に振る。


「そんな失礼なことはしないよ。誰だって名前で笑われたら気分が悪いだろう?」

「ああ、笑っちゃう名前じゃなくて、笑顔になる名前でした。そっちは耐えられないんじゃないですかねえ。」

「こう見えても貴族なんだよ。表情に出さないぐらいは出来るさ。」

「ほんじゃ言いますがね。あの子の名前・・・タータっていうんです。」

「なっ・・・ホントに?」


 スクッドシグは少し固まった後、チェーブの言ったとおり笑顔になっていた。嬉しいような懐かしいような、それでいて心から喜んでいるのが分かる、とても良い笑顔だった。


 一方のタータは聞こえないふりを決め込んで、目を合わせないように下を向いていた。しかし突如何かを感じたのか目を見開き、チェーブを見つめる。その身体は少し震えているようだった。


居るのに喋らない主人公ェ・・・

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