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衛兵のスクッドシグ

 タータが感知した貴族の魔力は強くなかった。爵位も騎士爵も持たない衛兵だからだろう。こちらへ歩いて向かっているその手には、棒状の武器を握っているようだ。


「槍っぽいの持ってるな。衛兵で間違いねぇ。」

「やっぱ便利だな、それ。じゃあ出迎えますかね。1人ってのは不安だけど。」

「魔力はあまり強くねぇな。これならほとんど震えねぇで済むか。」


 タータは心の傷のせいで、魔力が強い貴族を察知すると体が竦んでしまう。並の魔力だとしても近づけば震えてしまう。そう聞いていたチェーブは、ほとんど震えない程度の魔力しか無い応援に、頼り無さを感じて少しガッカリしていた。貴族の強さは魔力の強さに直結しているからだ。


「うへ、弱いのか・・・。一応、近づかねーように頼んどくわ。貴族が苦手だって言っときゃいいだろ。」

「こりゃ例の貴族が暴走したらやべぇな。」

「普通なら衛兵が居るってだけで十分なんだけどなあ。」

「ん・・・ちょっと待て・・・。」


 タータが少し目を細め、感知範囲を広げる。行き交う平民にまぎれて、4人の貴族がいることが分かった。こちらへ来る衛兵よりも魔力が強いが、その場に留まっている。


「少し離れて4人控えてるのが居るな。すぐに駆けつけられる距離だ。こりゃ助かる。」

「おお!やっぱタータさんの名前出しててよかったぜ!」

「俺の名前のせいじゃねぇよ。貴族のプライドがそうさせてんのさ。」

「ま、そういうことにしとくよ。」


 チェーブは席を立ち、カウンターへと向かう。タータは衝立の魔道具を止めたあと、バッグから布切れと裁縫道具を取り出し、椅子に座り直して声をかけた。


「俺はここで繕い物やってっからよ。あんま近づけないようにしといてくれ。アレが来たら声かけっから。」

「あいよー。」


 チェーブの返事と入れ替わりに、ギルドの扉が開いた。兜を被り、片手に槍を持ち、腰に剣を下げた衛兵だ。街で見かける衛兵とは違い、厚手の生地のサーコートをまとっており、その隙間から見えるのは鎖帷子だ。ガントレットにグリーヴも付けて円盾も背負っている。ずいぶんと重武装だ。


「やあ、チェーブ。護衛に来たよ。」

「おお!シグさんじゃんか、来てくれたのか!」

「大事な飲み仲間だからね。」


 衛兵は左腕に槍を持ち替え、チェーブと握手をする。例の、飲み仲間になった貴族というのは彼なのだろう。年齢は20歳半ばぐらいだろうか。


「でもこの格好のときはちゃんと“スクッドシグ”って呼んで欲しいな。周りの目もあるしね。」

「そうだった。いや、そうでした。これからは気をつけますので。」

「君の敬語を聞くのも久しぶりだね。違和感がすごいよ。」

「そんな。私は良かれと思って敬語を使っているというのに。」


 チェーブは大げさに顔を覆い絶望にくれる・・・フリをした。それを見て、スクッドシグが笑う。


「ハハハ、まるで商人みたいだね。そういう人、たまに見るよ。」

「何分、元は商人の三男坊でして。」

「そうなのか。商人の敬語や反応はまた独特だから。」

「豪商ならもう少し柔らかくて自然になるんですがね。実家はしがない街商人でしたから。まあ、座ってください。」

「いや、遠慮しておこう。あの人はどう動くか分からない人だからね。念の為に立っているよ。」


 カウンターの向かいの席をチェーブが進めるが、スクッドシグは手を軽く挙げて断りを入れた。


「それじゃ私も立ってなきゃならなくなりますよ。」

「これは衛兵の務めなんだ。君は座ってて構わないよ。なんなら命令しようか?」

「うへっ、それはご勘弁を。」


 チェーブがおどけながらカウンターの中へと入っていく。スクッドシグは藤色の目でゆっくりとギルド内を見回し、衝立のあるテーブル席に座っているタータを見つけた。


「おや、お客さんがいたのかな?」

「どうも。」


 顔を上げたタータが軽く会釈をする。スクッドシグは爽やかな笑顔で手を振ると、タータは困った顔になってチェーブに視線を送る。助けろ、と言っているのだろう。


「ああ、あの子は違いますよ。俺の弟子なんです。」

「お弟子さんかい?それは初耳だ。」

「昨日弟子になったばかりなんですよ。」

「女性で狩猟者は大変だろう。親御さんは?」

「あー・・・もういないそうです。」

「そう、か・・・可哀想に。でもこの街なら孤児でも、他に仕事があるんじゃないのかい?」


 この街、テンプトタールは交易都市だ。様々な物だけでなく、様々な人も集まる。そのため、食事処や生地に服を扱う店も多い。人にとって必須の食事や衣服関係は女性が得意とする分野だ。親のいない少女でもなんとか働く場所はある。もっとも本人がそれを望んでいないのだが。


「本人の希望ですよ。北の国から来たんですが、あちらで見習いも済んでるそうです。知識もすごいですよ。私より詳しいですから。」

「全銅のタグを持つ君より詳しいとはすごい。そういえば・・・北の国は実力主義で女性も戦うと聞いたっけ。ちょっと話をしても?」

「それがあっちで貴族の方に怖い目にあわされたそうでして。出来ればそっとしておいてもらえると・・・。」

「そうか・・・国は違うとはいえ、同じ貴族として悲しいな・・・。」


 スクッドシグが目を伏せる。自制出来ることが当たり前の貴族の中にも、平民に手を出すものはいる。大抵は泣き寝入りか、処分されるかだ。家族への金銭で黙らせることもある。もちろん犯罪なのだが、訴える者はまずいない。


「苦手なのは承知のうえで、伝えたいことがある。聞いてくれないかな。」


 スクッドシグがタータに体を向け、真っ直ぐに見つめながら言った。思わずタータも姿勢を正して体ごとそちらを向いてしまう。


「君がどこでどんな目にあったか私には分からない。でも、この街は笑顔になれる街だと思っているし、そうなるよう努力している。隣の人が犯罪者かどうか気にせず、笑いあえる。そんな街はとても素敵だと思うんだ。」

「・・・!」


 スクッドシグが一息入れると、タータが驚いた顔になった。何か思い当たることがあったのだろう。チェーブは目ざとくそれを見て、ニヤリと笑う。


「すぐには無理だと思う。でも、この街では安心して笑える場所だと覚えていて欲しい。そして楽しいとき、嬉しいときは我慢せずに笑ってくれないかな。」

「・・・分かった・・・ました。」


 タータは軽く頭を下げて体を戻し、繕い物を再開した。しかし耳まで真っ赤なのはカウンターからでも分かる。スクッドシグは苦笑しながらカウンターに向き直った。チェーブは慌ててニヤけた顔を戻す。


「あの子のためにも、これからのことをちゃんと収めなきゃね。」

「そうですね。でもいい言葉でしたよ。笑顔になれる街ってのは確かにそうだ。この街は閉塞感がなくて、みんな明るい。」

「そうだね。私達の仕事がそれに少しでも役立ってれば嬉しいよ。でもさっきのは、ほとんど私の言葉では無いんだけどね。」

「そうなんですか?」


 ほぼ誰の言葉なのか分かっているチェーブだが、興味津々といった様子で聞き返す。タータが鋭い目でヤメロと睨んでくるが、見えないように体制を変える。無視をするつもりだ。スクッドシグは懐かしそうに続ける。


「うん。昔ちょっと落ち込んでた時期があってね。そのときはどうしても貴族の中に居たくなくて、初めて平民の飲み屋に出向いたんだ。あんまり褒められたことじゃないけど。」

「へえ。やっぱり貴族でも悩みってのはあるんですね。」

「そりゃあるさ。当時は衛兵でいることが悩みでね。私は魔力が少なめだったから、騎士になれなかったんだ。それが辛かった。でも、飲み屋である人に愚痴を聞いてもらったら、言われたんだよ。」

「なんて言われたんです?」

「“こいつらを見ろ。みんな笑ってんだろ?あんたが街を守ってるから、俺らは安心して笑ってられるんだ。”ってね。」

「なるほど。敬語使ってないのはともかく、いいこと言う御人じゃないですか。」


 チラリと視線を向けると、先ほどと違いタータはそっぽを向いて膨れていた。また耳まで真っ赤になっている。


「私が平民のフリをしてたから敬語を使わなかったんだろうね。彼にはバレてたけど。“衛兵さん、落ち込んでるみたいだけどどうしたよ?”って小声で声をかけられたんだ。」

「まあ初めてなら分かっちゃいますよね。貴族の方も独特ですから。その人って他にも何か言ってたりします?」


 タータの反応が面白いため、チェーブはさらに聞き出そうとする。睨んでくる視線は当然のように無視だ。


「あとは“この街の中じゃみんな武器を持たねぇ。今だってそうだろ?みんな丸腰さ。隣のやつが斬りかかってくる、なんて考えなくていいんだ。だから笑いあえる。騎士は国を守ってんだろうが、あんたは笑顔を守ってるんだ。”ってそう言われたよ。」

「すごい、一言一句覚えてるんですか。」

「とても心に残る言葉だったからね。その時の周りの人は、たまたま笑顔だったのかもしれないけど。それでもあのとき私は、自分のやっていることの意味を初めて知ったんだよ。」


 そう言ったスクッドシグは少し恥ずかしそうで、でも誇らしげだった。よほど感銘を受けたのだろう。その表情が引き締まったものにかわると、声のトーンが落ちる。


「そう言ってくれた人は見上げるほどに大きく、頼もしい体をしていた。」

「まさかその人って・・・。」


 分かっていながらも確認するようにチェーブは訪ねる。タータは顔が見られないようになのか、恥ずかしさが限界を超えたのか、テーブルの上に突っ伏していた。


「うん。君の師匠の狩猟者、タータさんだよ。赤髪がとても印象的だった。」


 スクッドシグの声は感情が無いようでいて、その奥に明らかに怒りを感じさせるものだった。


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