昼の進捗報告
正午の鐘が鳴ってしばらく経ったあと、狩猟者ギルドの扉が開いて赤髪の少女が入ってきた。タータだ。
「よう、来たぜ。」
「おお、タータさん。来ねーのかと思ってたぜ。」
「そんな薄情なことしねぇよ。」
チェーブは挨拶代わりに片手を上げつつ、ホッとした表情になった。だがすぐに珍妙なものを目にしたかのように、訝しんだ顔に変わる。
「鎧代わりの丁度いいのが無くてな。探し回ってたら時間食っちまった。」
「おい、そりゃあ・・・またずいぶんと可愛らしいもんを・・・。」
タータは頑丈そうな革のエプロンをしていた。手甲足甲をしているとはいえ、子供が鍛冶屋の格好を真似ているようで、微笑ましく見えてしまう。
「うっせぇ。ホントは腰下だけの鍛冶用の前掛けなんだよ、コレ。」
「どう見てもエプロンにしか見えねーな。」
「やっぱそうだよなぁ・・・。まぁ、手製の急ごしらえだ。見た目はどうでもいいさ。」
どうやら腰下を保護する前掛けを加工したものるらしい。首元の切り欠き、腰紐周りの処理が雑なのは、職人ではなく本人がやったからなのだろう。幅を変えなかったのか背中まで周ってしまっているが、動きやすいように左右の前の方にスリットを深く入れてある。
「それにこう見えて、裏地は魔獣の革だぜ?」
「そりゃ結構な高級品じゃねーか。高かったろ?」
「命を預けるモノに出し惜しみなんてしねぇよ。狩猟者の鉄則さ。お前は大丈夫か?」
「手甲足甲もしてるけど、中にも着込んできた。どんぐらい効果があるか分かんねーけど。」
「鎖帷子か?」
「いや、薄手のだけど魔獣の革。カプレレだ。野山羊が元だから普通のより頑丈だぜ。」
「ほぅ、いいモン持ってんじゃねぇか。」
「出来ることはやっとかないとな。」
チェーブは少し不安そうな表情で言った。今回の相手は貴族だ。しかも常識外の行動を、躊躇なく取ることが分かっている。頑なに獲物に向かうだけの魔獣と違い、どう動くかまったく読めない。これほど厄介な相手はいない。
「人が居ねぇってのは気配である程度は分かっけど、一応はあっちで話すか。」
「あいよ。貴族が近付いてきたら教えてくれよ?俺にはそこまで分かねーから。」
「あぁ。」
タータが魔力を流して衝立の防音を起動させてから座る。チェーブはトレーに毛皮の代金の残りと、受け取りの書類を乗せて向かいの席に着く。
「話の前に渡しとくよ。小金貨6枚だ。」
「おぅ。じゃあサインな。」
タータはサインをして小金貨を受け取り、懐から出した財布代わりの革袋へ入れる。穴銭が入ってるものより小ぶりなのは、そう多くは持てない大金用なのだろう。チェーブは自分もサインをして書面を眺め、軽くうなずいた。これで買い取り手続きは終わりだ。タータは革袋を懐に戻しながら話を始める。
「首尾は?」
「朝イチで時間貰って衛兵んとこ行った。1人よこしてくれるって。」
「1人か・・・。ちょっと不安だな。」
「そうなんだよなー・・・。野郎は頭おかしいから、衛兵で止まるかどうか。」
普通であれば貴族が他領の街で問題行動を起こすのはあり得ない。ましてや衛兵がいるのであれば、誤魔化しも効かなくなる。出来る手立ては買収だろうが、男爵程度ではそれすら出来ないはずなだ。だが、今回はどう転ぶか分からない。
「ヴィーラン子爵の方は?」
「誰かよこすって言ってくれた。っつーかタータさん、あんた子爵様んとこで何したんだ?」
「何って・・・何がだ?」
「タータさんの弟子だっつーたら、館ん中に通されたんだよ。」
「中に?ってお前、どうやって貴族街に入ったんだよ。」
貴族街は堀と塀で囲まれていて、ただの平民は門で止められる。通れるのは商品を届ける商人、通いの下働き、修理の依頼を受けた職人など予め許可を得ている者に限られる。用があるからと言ってもそのまま通されるというのは考えられない。
「それがよ。貴族街の門番に言っただけなんだよ。俺はタータさんの弟子だけどヴィーラン子爵か、ご子息のドルミトール様に頼みたいことがある、って。」
「そんだけで、か?」
「そんだけで、だ。言伝しようと思ったら、ちょっと待ってろって言われてよ。その後すぐに館にご案内ってな。」
「・・・ワケ分かんねぇな。」
タータが困った顔になる。ベテランの狩猟者とはいえ、弟子がそんなに簡単に通されるほど、貴族と交流があったわけではない。
「それ、俺が言いてーよ。なあ、子爵んとこで何してたんだ?」
「別にこれといって何もないはずなんだがなぁ。前に言ったとおり、ご子息と話をしてただけだぜ?」
「そんだけでそこまでの対応されるもんじゃねーって。」
「他なぁ・・・とくに無ぇんだが。」
「しかも館じゃ、ドルミトール様が直接迎えてくれたんだよ。平民をだぞ?」
「・・・元気そうだったか?」
「そっち聞くのかよ。」
タータが少し間をおいて、乗り出すように聞いた。何故館に通されたのかよりも、病弱だった話相手のほうが気になるようだ。
「ったく、タータさんらしいな。普通に歩いてたし、貴族らしい格好してたぜ。顔色も・・・まぁ色白だけど悪くなかったと思う。身長は俺よりちょっと低いぐらいだったかな。」
「そうか、モヤシっ子だったがちゃんと成長してるんだなぁ。」
「会ってすぐに、タータさんの弟子なんだね!話を聞かせてくれないか!って詰め寄ってきてよ。」
「あぁ、狩猟者の話が大好きだからなぁ。」
「ちげーよ。タータさんの話をせがまれたんだよ。ありゃファンだよ、間違いねえ。」
「そりゃねぇだろ。貴族だぞ。多少は気に入られてるかもしれねぇがな。」
馬鹿らしいとばかりに首を振るタータを、チェーブは思わず半目で見てしまう。あれはどう見ても気に入ってるのでなく、慕っているのだ。本人はどうやら分かっていないようだが。
「んだよ、その目は?」
「ハァ、なんでもねーよ。」
チェーブは降参とばかりに両手を上げた。どうせいつものように、本人にとっては当たり前の、受ける側にとっては嬉しい心配りをしたのだろう。
「ま、その辺は丁重にお断りしてな。ギルドに戻らなきゃなんねーから、用件だけにさせてもらったんだ。今日、タータさんを探してる貴族がギルドに来るかもしれねー、殺した犯人かもしれねーし何があるか分からねーから、誰かよこしてくれって。」
「それで承諾してくれたわけか。」
「ああ。世話になったタータさんの弟子なら私も一肌脱ごう、ってな。快諾してくれたぜ。鐘1つ鳴ったらよこすそうだ。」
「報酬払ってんだから世話も何もないだろうに、律儀だなぁ。」
慕われている本人はかなり軽く考えているようだ。チェーブは出そうになる溜息を飲み込む。
「それでも、どうしても聞きたいことがあるって食い下がられた。仕方ねーから答えといた。」
「何聞かれたんだ?」
「タータさんを殺した犯人として、怪しいのは誰か。」
「そりゃまた・・・何でそんなこと聞くんだろうな?」
爵位持ちの貴族が平民の死因をわざわざ探ることはない。それは爵位のない衛兵たちの仕事だ。タータはそういう認識だった。
「北で殺されて犯人不明としか聞いてなかったそうだ。詳しく知りたかったんじゃねーかな。」
「まぁ子爵様の部署は治安関係じゃねぇから、ほとんど情報は入ってこねぇか。」
「一応、嘘じゃねー範囲で答えといた。」
「やべぇこと言ってねぇだろうな?」
「そこら辺は分かってるって。怪しいのはタータさんを調べてる貴族で、そいつの名前はサフィーシング・ネブン・ヴナトール。そう伝えた。」
「ん・・・まぁそれなら大丈夫か。」
腕を組んだタータが少し考えた後に頷く。妙な情報を渡して興味を惹かれたら厄介だが、今の自分の情報が渡っていないのなら大丈夫だろうと判断した。
「あんまり驚いて無かったから、当たりは付いてたのかもな。」
「貴族の表情は鵜呑みにすんなよ。感情を出さないなんて連中の基本だからな。」
「その基本が出来てねーのが今日来るんだよなあ。面倒くさ。」
「全くだ。お、1人貴族が近付いてくる・・・衛兵だな。」
「おお、来たか!」
タータの気配感知の範囲に衛兵が引っかかったようだ。ヴナトールが来訪する前に出向いてくれたことに、チェーブはホッとしていた。




